夢④
殿下が部屋を出てすぐに僕もその部屋を出た。ショコラもさっさと部屋を出ていってしまったし、すでに死人のような表情のミント伯と二人きりになんてなりたくなかった。
「なんだ、もう少し話していてもよかったんだぞ」
ビスキュイ殿下は笑っている。
「あいつから知れることなど、もう大してありはしないがな」
「殿下にお聞きしたいことがありますので」
「ほう?」
「シャルロット様をふくめ、僕たちにあの剣を使ったのですよね? どんな命令を出したんですか?」
「あの剣の名前を当てられたら答えてやろう」
「七大魔剣のうちの一本。心を操る剣。黄心剣、フルムーン」
僕の答えを聞いて、ビスキュイ殿下は振りむいた。珍しく、笑っていない驚きの表情を見せていた。
「図星ですね」
「どこで知った? この剣の知識は第一級の禁忌だ。王族でも聖教会でも、ほとんど知るものはない。過去にどこぞの馬鹿が七大魔剣に加えたせいで、黄月剣という偽名まで作られたというのに……。辺境貴族に得られる知識ではない。どこで知った?」
「秘密です」
「貴様……邪教徒と通じているな?」
「殿下がそうなのですか?」
「認めるのか?」
「その剣で刺したのなら、命令して確かめてはどうですか?」
「……」
ビスキュイ殿下はじっと僕の目をにらんでいたが、ふいっと踵を返して歩き出した。
「ついて来い」
殿下に案内された部屋は、書斎だった。壁際に本をぎっしりとつめたキャビネットがずらりと並んでいる。殿下は部屋の奥の机に腰かけた。この部屋には他に椅子はない。僕とショコラは机の正面に立った。
「なぜ確認しないのか、と聞いたな」
殿下は煙管に火をつけた。
「なぜだと思う?」
「フルムーンには条件があるのですね」
「そうだ」
「……刺したときに相手が言った誓いによって、効果が変わるとかですか?」
ビスキュイ殿下は口の端を曲げて笑った。
「そうだ」
「なぜ僕にそれを教えてくださるのですか?」
「お前が敵ではないからだ」
殿下は横をむいて煙を吐いた。徐々に部屋が煙たくなっていく。
「姉上を軽んじたミント伯を、お前は殴った。お前は敵じゃない」
「殿下はシスコンですか?」
「シス……なんだと? どういう意味の言葉だ、それは」
「忘れてください」
「どんな命令を出したのか、聞きたいんだったか」
「ええ」
「命令は、三人それぞれ異なるものだ。誰から聞きたい?」
「シャルロット様です」
「姉上に出した命令は最も簡単だ。ただの忘却。我々にとって都合の悪いことを忘れてもらった」
「それは嘘です」
「ほう?」
「今朝、僕の呪いが解けているのを見てもシャルロット様は無反応でした。他になんらかの命令を出したのでは?」
「ああ、命令の副作用だ、それは。命令を出すと、その人間の意識がぼんやりしてあいまいになる。特に魔剣を使った直後はよくおきる」
「なぜ僕が来ることがわかったのですか? なぜ、目隠しを取り上げたんです?」
ビスキュイ殿下は肩をすくめた。
「余興だ」
「余興……?」
「そうだ。それでお前が血相変えてここに来るのを待っていた。なかなか気分がよかったぞ。まるで予想通りだったからな」
「……」
「そんな顔をするな」
ビスキュイ殿下は煙管を持ってにやにやと笑った。
「私は満足した」
「僕は不服です」
「ふ。次は誰の命令を聞きたい?」
「次は……」
「おっと、全員答えるのは少しつまらないな。あと一人だけにしよう」
「え?」
「つまり、お前か、メイドかのどちらかだ。どちらにかけた命令について聞くか、選べ」
「……。殿下、取引するつもりは――」
「ない。これも余興だ。まあ、付き合え」




