夢⑤
困った。どちらも聞いておきたい。僕と、ベルさん、どちらの命令について聞くのが、正解だろうか……?
「誰が猶予を与えると言った? 私を待たせるな。三秒で決めろ」
「えっ? じゃ、じゃあ、」
仕方ないか……。
「ベルさんにかけた命令を教えてください」
「お前のはいいのか?」
殿下は煙を吐いた。
「構いません。察しはつきます」
「そうか」
殿下はさも可笑しそうに笑った。
「そうかそうか、くっくっくっ……。察しはつくか、ふふふ……」
「……」
「ふふふ……そうむくれるな。あのメイドにかけた命令、だったな。答えよう」
「全部、ですよ」
「ほう……?」
「僕がベルさんを助けたとき、すでに様子がおかしかった。殿下が魔剣で命令していたんでしょう?」
「いいだろう。全て答えてやろう」
殿下はうなずいた。
「第一に、そう、私たちが姉上たちと遭遇した時のことだ。魔剣工房の近くでな」
僕はそれを聞きながら、やっぱりと思った。シャルロット様とベルさんはミント伯の魔剣工房へ足を運んだ、と聞いた。シャルロット様が言っていた。だけど、そこでビスキュイ殿下と鉢合わせしたのだ。シャルロット様とベルさんは混乱したのか、ビスキュイ殿下に魔剣で命令を与えられる隙をみせてしまった。
……しかし、それなら、シャルロット様が捕まったのは、ミント伯のせいじゃないんじゃないのか?
さっき殿下はミント伯を責めていたけど、殿下は最初から全て知っていたんじゃないのか……?
「フリとはいえ、私が悪だくみに一枚かんでいることが公にされると困る。だからメイドを刺した。姉上は黙っていてくれるが、あいつのことはよく知らんからな」
「ベルさんは、シャルロット様の命令が無ければ漏らしたりしませんよ」
「そうか」
殿下はまるで興味なさそうに相槌を打った。
「あいつにかけた命令は、姉上に受けた指示に反しろ、というものだ。だからあいつは隠れるのをやめて魔剣工房へ突っ込んでいった。呆然とする姉上の表情はなかなか笑えたよ」
「ベルさんは手練れです。どうやって攻撃したんですか?」
「別に何も特別なことはしていない。メイドは私を警戒していたが、近づいても武器すら構えなかった。私に気を取られて、後ろからショコラが近づいていても気づかなかった」
「ショコラさんがベルさんの動きを止めて、殿下が正面から刺したんですか?」
殿下はにやっと笑った。
「そうだ」
「そのとき、シャルロット様は刺さなかったんですね?」
「その質問はルール違反だが……ただの確認だから、まあいいか。そうだ。姉上には何もしていない」
「そのとき、二人に何があったか聞いてもいいですか?」
「さあな。私たちはそこでその場を離れたからな。詳しくは知らん」
「暴走するベルさんを追って、シャルロット様が工房に行って、自分の身分を明かしてベルさんの保護を懇願した、というところでしょうか?」
「知らん」
「では、二回目にかけた命令……つまり僕たちが脱出してきた時にかけた命令は、なんですか?」
「前回かけた命令の破棄と、姉上にかけたのと同じ、忘却だ」
「では、屋敷でベルさんがシャルロット様を襲うなどはありえないわけですね?」
「ああ。ありえない」
「ありがとうございます」
「お前、よく感謝できるな。さっきミント伯を殴ったお前からすれば、私も殴りたいのではないか?」
「……」
殿下は微笑んでいる。僕はちょっとむっとした。
「そういう感情も、たしかに無いわけではありません」
「では、私が王族だから殴らないのか?」
「それもあります」
「やはり、私が姉上の弟だから、殴れないのかな?」
「おおよそは、そうです」
「どれくらいだ?」
「あわせて九割くらい、でしょうか」
殿下は煙管の交換をしていたが、僕の言葉を聞いてその手を少し止めた。
「残りの一割は何だ?」
「わかりません。殿下の……無邪気さのようなものです」
「無邪気!」
殿下は大声で繰り返した。実に楽しそうな声だった。
「これは面白い! 聞いたか、ショコラ! こいつ、無邪気なんて言ったぞ、私のことを! 目に穴でも空いてるんじゃないのか!?」
「……」
「ショコラ、何とか言ってやれ」
「……はぁ」
ショコラはため息をついた。
「殿下、クリム殿の言うことは、もっともだと、私も思います」
「なに?」
「同じであることについては不本意ですが。実に、不本意ですが、同じです」
「そんなに強調して言う必要、あります……?」
「あなたと発想が同じという時点で吐き気を覚えます」
「ひどすぎません?」
「ひどいのは、お前たちの頭だ。まったく……」
殿下は交換を終えた煙管を吸って、盛大に煙を吐いた。
「ああもう、いい。興ざめだ。出ていけ」
「わかりました。では」
ショコラはぺこりと礼をすると、出ていった。殿下は残った僕をじろりとみた。
「あ、ええと、その、僕も出ていきますね……」
「待て」
殿下は回れ右をした僕を呼び止めた。
「お前にやるものがある」
「え」
「そこの棚の、上から三段目、右から二十四冊目の本を取れ」
「え? え?」
「さっさとしろ」
「は、はい」
僕は殿下に言われた本を抜き出した。パッと見、見たことのない文字で書かれていた。
「この本は……?」
「……」
「殿下?」
「私が子供だった頃、一度だけ、先代の巫女に会ったことがある」
「え?」
「そいつがその本を、私に渡したんだ」
「ええと……殿下を無邪気といったやつに渡せ、とか言われたってことですか?」
「……」
殿下は答えず、ますます不機嫌そうな顔になった。
「あ、すみません。忘れてください」
「ああ」
「それで、その、なぜ僕に……?」
「言う、つもりは、ない。出ていけ」
「あ。はい」




