夢③
僕たちに気づいて、ミント伯が暴れはじめた。縛られた手足を必死で動かし、首を曲げてこちらを振りかえろうとしている。猿ぐつわと、目隠しをしていた。
「~っ! ~~~~っ!!」
「喚くな、豚が」
ビスキュイ殿下はミント伯の前に回りこんだ。そこで足を止め、杖で一度殴った。
「んぎっ!!」
「耳障りだ。口を閉じていろ」
「……」
ミント伯は静かになった。
部屋にはもう一つ椅子があった。つまり、ミント伯の正面にもう一つ。ビスキュイ殿下はそのもう一方の、比べものにならないほど立派な椅子に腰をおろした。
「来い」
殿下は僕に手招きした。ショコラはすでに殿下の隣にいる。近づきつつよく見ると、ミント伯はひどい有様だった。顔と体がぼろぼろだった。よってたかって袋叩きにでもされたのだろうか。
「一体、何があったんですか?」
「こいつ、姉上をはめようとしたんだ」
「本当ですか?」
「直接聞いてみろ」
殿下が言うや否や、ショコラがミント伯の猿ぐつわをはずした。僕は少しかがんでミント伯にたずねた。
「シャルロット様を、罠にかけたのですか?」
「し、仕方がなかったんだ! 私は――」
続きは聞こえなかった。気づけば、僕は彼を殴っていたからだ。
「殺すなよ」
殿下が言った。にやにやと笑っているような声だった。
「まだ利用価値があるんだ」
「殺してもいいですか?」
「ダメだと言ったぞ」
殿下は、今までになく優しい声でいった。
「まあ、落ち着け。しばらくそこに立っていろ」
「なぜ僕をここへ?」
殿下は僕の問いを無視し、ミント伯を杖で殴った。
「いっ!」
「ミント伯、今度こそ私に協力するか?」
「は、はい……。殿下に忠誠を誓います……」
「いいだろう」
殿下は立ち上がり、懐からナイフを取り出して、ミント伯を刺した。ミント伯は目を大きく見開いて、殿下を見た。殿下は微笑んでいた。
「な、なぜですか、殿下……!? わ、私はあなたにちゅ、忠誠を誓うと……」
「おお、自分で言ってくれたか。手間が省けた」
「は? て、手間?」
「案ずるな。死にはしない」
殿下はナイフを引き抜いて、刃を見せた。刃には一滴も血がついていなかった。殿下はにっこりと微笑んだ。
「これは特別な魔剣だ」
「ま、魔剣……?」
「そうだ。もっとも、お前が作っていたような、粗悪な密造品とは格が違う」
「それは、いったい……」
「……」
殿下は椅子にすわり、微笑んだが、返事をしなかった。代わりに僕をみて、手を上げた。
「お前にも礼を言う。お前が脅してくれたおかげですんなりと事が運んだ」
「……いま、何をしたんですか?」
「……」
殿下は答えない。
「さて、では改めて。質問するぞ、ミント伯。嘘偽りなく、答えろ」
「は、はい」
「なぜ姉上をかどわかした?」
「主には、殿下への人質とするためです」
「他の理由は?」
「あの方は美しいですから。機会があれば、慰み者にしたいと思っておりました」
「ほほう……?」
ビスキュイ殿下は笑った。ミント伯は、あわてて自分の口をふさいだ。まるで、うっかり口でも滑らせたかのように。
ビスキュイ殿下は、僕をじろりとにらんだ。
「おい、殺すなよ」
「いつまで」
「私がいいというまでだ」
ビスキュイ殿下はゆっくりと、椅子にもたれた。
「それまで殺すことは許さん」
「……」
「そういえば、この男の屋敷には子供がいたなあ。父親が死んだらさぞや悲しむだろう」
「……」
「……こいつを殺したら、姉上にそのことをバラすぞ」
「わかりましたよ」
僕は両手を上げた。
「警戒しすぎです。ちょっと考えてただけじゃないですか」
「目が怖いんだよ」
「殿下に言われたくありません」
「なんだと?」
「シャルロット様にも、その剣を使ったのですか?」
「さあ、どうかな」
ビスキュイ殿下はにやりと笑った。その顔と声のトーンからは、真偽は判別できなかった。
「さて、続きといこう」
「あ、あの、殿下! わ、私は先ほどのような考えなど、決して……! その、ぶ、無礼なことを言ってはならないと思い、つい、思ってもないことを、この口が……。そ、その、そう! 混乱してしまって……」
「まだわからないのか、ミント伯?」
「は……。なにが、でしょうか、殿下」
「これは魔剣だ、と言ったぞ、私は。聞いていたか?」
「その……」
「効果は何だと思う?」
「ええと……」
「お前は?」
殿下は僕をみた。
「察しはついているのだろう?」
「刺した相手に強制的な命令を出すことができる、とかですよね」
「だいたい、そんなところだ」
殿下は表情を変えずにうなずいた。
「だからな、ミント伯……。貴殿は思っても無いことを口走ったのではない。思っていたことを言ってしまったのだ。違うか?」
「ひ……」
「貴殿は、姉上を愚弄した」
「し、しかし、まだ、私は、皇女殿下に危害は、まだ……」
「関係ない」
ビスキュイ殿下は冷たく言った。
「関係ないのだ、ミント伯よ。貴殿は姉上を軽んじた。危害を加えようとした。それが問題なのだ。十分にな」
「で、殿下……」
「命令する。一か月後に死ね。それまで死ぬことは許さん。誰かにこのことを伝えてはならない。いかなる手段でもだ」
「殿下、殿下、お願いします。何でもします、殿下、どうか……」
「私のために働け。とりあえずは、そうだな……。トアン卿に手紙を書くのだ」
「て、手紙ですね! わかりました! な、なんと書けば……」
「耳障りだ。大声を出すな」
「も、申し訳ありません」
「そうだな、パーティーを開け。そこへトアン卿を呼ぶんだ。ゆっくり話したい、卿が来ても怪しまれないようパーティーを開く、とでも書けば来るだろう」
「ど、どうでしょう……」
「弱いか? なら、脅せ。卿の性格であれば、無視するより、貴殿を脅し返しに来るだろう」
「しかし、それでは……」
「あと腐れがあるか? 心配する必要などないではないか」
「……えっ?」
ミント伯は伏せていた顔を上げた。ビスキュイ殿下は笑っている。ミント伯の血の気が引いた。
「それは、どういう……」
「じきに死ぬ貴殿には、関係の無いことだ」
「殿下、殿下、殿下、お願いします、殿下! わ、私には娘たちがいるのです、お願いします、お願いします、殿下! 殿下!」
「ああもう、うるさい奴だな」
ビスキュイ殿下は首を振りながら立ち上がり、部屋の出口へとむかった。
「殿下! 殿下、お願いします、殿下!」
「おかしな気をおこすなよ、ミント伯。仕事はしろ。そして、死ね。あと腐れなくな」
「殿下……本当に、本当に助けて下さらないのですか……?」
「ははは。今のはなかなか面白い冗談だ。なあ、ショコラ? お前もこれくらい言えるようになってくれると、私も張りあいがあるのだがな」
「私には難しゅうございます、殿下」
「殿下ああああああ!」
「うるさいぞ。ああ、そうだ、ミント伯。貴殿が死ぬときは、ぜひ私を呼んでくれないか?」
「は……? な、なぜですか?」
「なぜ、か……。そうだな。趣味、かな」
「……」
「ではな、ミント伯。死ぬときにまた会おう」
ビスキュイ殿下は部屋を出ていった。いつも通り、杖の音を響かせながら。




