夢①
朝日がまぶしくて目が覚めた。起き上がると、そこは幽霊屋敷の屋根裏部屋だった。
僕の部屋だ。
一瞬、夢かと思った。なにもかも、夢だったのではないか。シャルロット様とケンカ別れしたことも、ビスキュイ殿下の暫定的な執事になったことも、ミント伯の魔剣工房で強制労働に従事していたことも……。
あと、なんだっけ。なにかとても重要なことがあったような気がするんだけど……。
「起きなさい、クリム・ホワイト」
「いでっ!?」
不意に、脳天に衝撃を受けた。顔を上げると、ベルさんがむすっとした表情で腰に手を当てて立っていた。
「正気に戻ったんですね、ベルさん」
「何を言っているのですか、あなたは」
ベルさんはそっぽをむいて、さっさと二階へと戻っていった。
「シャルロット様が待っています。早く顔を洗ってきなさい」
「は、はい!」
僕はあわてて身支度して、二階へおりた。はしごも一段とばして下りて、急いで顔を洗いに走った。
洗面所で顔を洗い、鏡を見て戦慄した。
目隠しをしていなかった。
呪いが解けている。
仮面は外れている。
左手を見ると、腕輪をはめていた。ショコラにもらった腕輪だ。
パニックになりかけた。夢でも見ているのかと思った。
いつ、僕は仮面を外したのか。
なぜ、腕輪をしているのか。
なぜ、ベルさんは平然としていたのか。
なにかがあったはずだが、なにも思い出せなかった。
「クリム・ホワイト! 早く来なさい!」
リビングルームから、ベルさんの声が飛んできた。僕はとりあえず、目隠しだけはしようと思って、インベントリの中を探った。予備があるはずだった。
何も無かった。
目隠しどころか、支援妖精も、いくつもあったはずの魔剣も、紫電剣もない。
僕は呆然と立ち尽くし、鏡の中の自分の表情をみた。青白く、血の気が失せていた。
「クリム・ホワイト!」
ベルさんの叫び声が耳元で轟いた。振りむくと、彼女はけげんそうな表情をうかべた。
「どうしたのですか? ひどい顔ですね」
「それが……ええと……」
しかし、ベルさんは質問したくせに、僕の返事を待ったりはしなかった。ため息をついて、僕の耳をつまんでひっぱる。
「後にしなさい。シャルロット様がお待ちです」
「痛い痛い! 痛いです、ベルさん!」
「知っています」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「待ちません」
ベルさんはぐいぐいとリビングへ僕をひっぱって、放り込んだ。顔を上げると、シャルロット様が微笑んでいた。
「おはよう、クリム」
僕はとっさに顔を覆った。
「お、おはようございます、シャルロット様……」
「どうして顔を隠すの?」
「それは、その、ええと……」
そういえば、どうしてだっけ? ああ、そうか。シャルロット様を直接見たら発狂してしまうからだ。あとは、そう、僕が沈黙の密猟者であり、僕だってことがバレてしまうから。
「怖い夢でも見たのかしらね」
シャルロット様はくすくすと笑った。
「大丈夫よ、それは夢だから。隠さなくても大丈夫」
「は、はい……」
僕は言われた通り、恐る恐る手をどけた。
「それでいいわ」
シャルロット様は首をすこしかたむけて微笑んだ。
僕は発狂もしなかったし、シャルロット様は僕が僕だと気づいた様子も見せなかった。
「早く座りなさい」
ベルさんが言った。
「スープが冷めてしまいますよ」
「美味しいうちにあなたに食べてほしいんだって」
シャルロット様が笑う。
「そんなことは言ってません、シャルロット様!」
「ほら、食べましょう、クリム」
僕は上の空で席に着いた。シャルロット様とベルさんがなにかしゃべっているのをながめながら、パンをかじり、スープを飲んだ。
これは夢なのだろうか、と思いながら……。




