迷路⑤
「はあ……」
シャルロット様はため息をついた。
「命令口調が気に入らないけれど、ベルの洗脳が解けるなら、とやかくは言わないわ。気に入らないけれど」
『頼んだ』
シャルロット様は返事をするかわりに鼻を鳴らし、次に指を鳴らした。途端、大量の水があらわれてベルさんの身体をつつみこんだ。彼女はしばらくジタバタと暴れていたが、やがて大人しくなった。水の粘性が増して身動きが取れなくなった、という感じだ。やがて、水が引いて、直立不動で手足を縄上の仮想物体で拘束されたベルさんが出てきた。
「どーぞ」
シャルロット様はおざなりに手を差し出した。
『どうも』
僕は鉄格子をへし曲げて、中に入った。
『洗脳はかなり複雑な魔術だ。そのかわりに、精神という金庫をこじあけることができれば相手を意のままに操ることができる』
「悪趣味ね」
『覚えてみたらどうだ? 似合うんじゃないか?』
「だから教えてよ。あと、最初の被験者はあなただから」
『おお、怖い』
僕はベルさんの頭に触れた。彼女は獣のように歯を剥きだしてうなっていた。彼女を洗脳した奴は一体どんな命令を与えたのだろうか?
『金庫と言ったが、精神というのは頑丈なわけでも複雑なカギの機構があるわけでもない。ただ、繊細ではある。意外と思うかもしれないが、洗脳の出力をどれほど上げたところで、相手の精神を破壊するようなことはできない』
「そうなの?」
『ああ。だいたい、利点が無いだろ。そんなことするなら、直接ぶん殴った方が早い』
「ベルの頭に触りながら、物騒なこと言わないで」
『洗脳を成功させる方法は大きく分けて三つだ。
一つめは、相手が洗脳することを認める場合。まあ、まず無いケースだな。二つめは、相手の精神の弱点というか鍵をみつけること。三つめは、相手の防御をはがすこと。……こんな風に』
そのとき、ベルさんを拘束していた仮想物体が崩壊した。瞬間、ベルさんは魔術でナイフを生成し、僕を刺した。背後でシャルロット様が息を飲む声が聞こえた。
僕はベルさんの頭に触れていた。
『よし、上手くいった。攻撃する瞬間はガードが甘くなる』
視界の端にシャルロット様がみえた。檻の中に入ってきている。目をむけると、信じられないとでも言いたげな目で僕をみていた。
「わざと私の拘束魔術を解いたの?」
『ああ』
「さっきみたいに転移魔術で、攻撃をそらしたの?」
『そうだ』
「なんで、先に言っといてくれなかったの? めちゃくちゃびっくりしたんだけど」
僕は肩をすくめた。
『サプライズが好きなんだ』
「じゃあ、今度やったげるわ。死ぬほどびっくりするやつ。言葉通り、死ぬほど」
『楽しみにしてるよ』
「フン……。ベルは元に戻ったの?」
ベルさんはもう歯をむき出しにしてはいない。スリープ状態のロボットのように、目を閉じて立っている。
シャルロット様はベルさんの髪をなでた。
「是が非でも戻してもらうけど」
『今やってる。しばらくすれば元に戻るさ』
「しばらくって、どれくらい?」
『二時間……いや、一時間』
「その間、誰も来ないと思う?」
『……なんとかならないか?』
「私に聞かれてもねえ」
シャルロット様は肩をすくめてみせた。
「どれくらいの数が来るか次第だわ」




