迷路④
『この扉の奥にメイドがいるんだな?』
詰め所から三十分ほど歩いて、ベルさんが捕まっているという牢屋の前まで来た。シャルロット様は気づいていないようだが、ここはむしろ元の牢屋に近い。時間をかけて詰め所までわざわざ行って、戻ってきた、ということだ。シャルロット様が方向音痴で助かった。責められずに済む。
「ねえ、ここって、元の場所の近くじゃないの?」
『……』
「ねえ、ちょっと?」
『んんっ、ごほん!』
僕は、プレッシャーに耐えかねて咳払いした。洗脳した男をみた。彼は口からよだれを垂らしていた。
『……この扉の奥にメイドがいるんだな?』
男はうなずいた。シャルロット様が僕をにらんでいる。
「さっきもそう言ってたわよね?」
『細かいことはいいじゃないか。さあ、入ろう』
「まったく」
シャルロット様は不満げだったが、僕がドアノブに手をかけると、そんな気配はひっこんだ。
扉をゆっくりと開いた。暗かったが、すぐ正面に鉄格子があるのがわかった。暗闇の中に、ベルさんらしき人影が立っている。
なんだか妙だと思ったが、扉をくぐった。空間把握には何も引っかからなかった。ベルさん以外、この部屋の中には誰もいない。
「ベル! 無事だった!?」
シャルロット様が鉄格子にかけよる。部屋が暗い。僕は明かりをつけた。
「……ベル?」
ベルさんは牢屋の中に立っていた。目を開いている。見慣れた無表情で立っている。ただし、その表情を僕ではなく、シャルロット様に向けているのは、初めて見た。
両手を後ろに回している。
「シャルロット様……」
「ベル、どうしたの、何か変よ?」
「こちらへ……」
シャルロット様の手が鉄格子に触れた途端、ベルさんははじかれたように手を前に突き出した。その手にはナイフが握られていた。
そのナイフがシャルロット様の腹部へと吸い込まれていく。
「あっ……!」
シャルロット様は呆然と、自分の腹に刺さったナイフを見つめた。ベルさんは目を血走らせ、手をひっこめた。ナイフを握っていなかった。シャルロット様は僕を振りかえった。
「あなたの仕業?」
ふりむいたシャルロット様の腹にナイフは刺さっていない。
血もついていない。
当然だ。
『ああ』
僕はベルさんから取り上げたナイフを見せた。
転移魔術で開けた穴から奪いとったものだ。
「ナイフじゃなくて、洗脳のことよ」
シャルロット様はベルさんをみて言った。ベルさんは敵意のこもったまなざしを主人にむけている。シャルロット様は目をそらした。
『そっちは俺じゃない。命の恩人に言うことじゃないだろ』
「自作自演かと思ったわ」
『失敬な』
「他に洗脳がつかえる人っているの?」
『さあな。だが、相当難しい魔術だ。そうそういないはずだ。いたとすれば、まごうことなき天才だな』
「自画自賛かしら」
『違うね。俺のはズルだから』
「どういう意味?」
『メイドの動きを止められるか?』
「なにするの?」
『中に入る』
「だから、なにをするつもり?」
『決まってる。洗脳を解くんだよ』




