薔薇の肖像⑦
僕はビスキュイ殿下に自分のアイデアを話して相談した。殿下はいくつか条件を出したものの、最後には首を縦に振った。
「それでいいだろう」
僕とショコラは、殿下の部屋を出た。僕は今日の仕事はこれでお終いだ。そう言われた。この後は、自室に戻って、少し本を読んで寝ようと思った。ショコラはまだ仕事があるらしい。彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で、ついてきてくれている。まだ僕が屋敷の中で迷子になるからだ。
玄関ロビーを通りかかった。なんとなく、階段の上の肖像画に目がいく。ブラズ殿下が描いたものだとしても、まあ、いい絵だと思う。
と、階段の上に誰かがいた。
男だ。立派な礼服を着ている。
ゆっくりとこちらを振り向いたその男は、ブラズ殿下だった。
隣で、ショコラが息を飲んだ。
「貴様は……」
ブラズ殿下は僕をみて目を細めた。
「誰だ? アレの執事か何かか?」
「ええと……」
僕が答えるより先に、ショコラが代わりに答えた。
「はい。この者は、ビスキュイ様の執事見習いです」
「ふん……。愚鈍そうなやつだ。あの愚か者には似合いの執事だな」
ブラズ殿下は言うだけ言うと、さっさと歩き去っていった。
僕とショコラは、ブラズ殿下の足音が聞こえなくなるまで、しばらくじっとしていた。
「いらしたんですね」
「もちろんです。このお屋敷は殿下のお住まいでもありますから」
ショコラは歩き出した。僕はついていった。
「でも、昨日まで気配すらなかった」
「お住まいですが、毎日お帰りになるわけではないのです」
「いつもは、どこへ?」
「知りません」
その声色はどこか怯えのようなものを含んでいるようにも聞こえて、少し驚いた。帰らないというから、てっきり愛人の屋敷にでも通っているのだろうと思った。しかし、それなら軽蔑がにじむはずだ。なのに、怯えている。
なぜ、怯えているんだ?
「何を知っているんですか?」
「……いいですか」
ショコラは立ち止まり、振りむいた。僕の胸に指を突きつけ、声をひそめて言う。
「よく聞きなさい、執事見習い。この屋敷で、その話は、厳禁です。死ぬよりも恐ろしい目に遭いたくなければ、その口を閉ざしなさい」
「死ぬよりも恐ろしい……?」
「そうです」
「それは……比喩か何かですか?」
「いいえ」
「それが何か、あなたは知っているんですか?」
「知っています」
「教えてください」
「答えられません」
「なぜ?」
「答えられません」
「答えないよう命じたのは、誰ですか?」
「答えられません」
「では……」
しかし、僕がさらに質問をする前に、ショコラは僕のみぞおちを鋭く殴った。
「うぇっ……」
「口を閉じろと言っているのです、この命知らず。私の忠告を聞きなさい」
「忠告……?」
「そうです」
「ただの暴力じゃ……」
「そうです。まだ足りませんか?」
「いえ、もう十分です……」




