薔薇の肖像②
五つ目か六つ目くらいの扉の前で、ショコラは立ち止まった。ちょこちょこと身だしなみを軽く整え、扉をノックした。僕には聞こえなかったが、返事があったのだろう。彼女はドアノブに手をかけた。僕は十メートルくらい、遅れていた。
僕が来ていないことに気づいて彼女は明らかに舌打ちをした。そして、パッと僕の隣にくると、僕の腕をつかんでぐいぐいと引っ張った。やめてくれ、と言ってももちろんやめてくれなかった。そのまま、中に放り込まれるようにして部屋の中に入った。
すぐ目の前にテーブルがあった。僕はよろけて、そのテーブルに手をついた。
「……何をしていたんだ?」
テーブルは長かった。
顔をあげると、そのテーブルの反対側に、ビスキュイ殿下が頬杖をついて座っていた。かなり大きな椅子に腰かけている。さらに、左足は空いている椅子の上に置いているのが見えた。裸足だった。杖がテーブルに立てかけられている。
僕をみていない。
さっきの質問はどうやら、ショコラにむけたものらしかった。
「私が男か、と尋ねたので殴りました」
「ああ、そう」
ビスキュイ殿下はその返答をきいて興味をなくしたようだった。視線を僕に戻す。
「目覚めはどうかな?」
「最高ですね」
「ははは、そうか。そりゃあいい」
「僕は、無実です。暗殺なんて……」
「ん? ああ、そうだね。知ってるよ」
実にあっさりと殿下は言って、けらけらと笑った。
「ははははは……。いいね、いい顔だ。その顔が見たかったんだ。ふっふっふ……」
「……」
「まあ、座りたまえよ」
僕が椅子を引き寄せて座ると、ぼっと音がした。驚いて顔を上げると、殿下が煙管に火を落としていた。たしか、殿下は僕と同い年の、十四歳のはずだ。
「なんだ? お前の許可なんか、取らないぞ?」
「い、いえ。殿下、お吸いになるんですね」
「意外か?」
「はい」
「ふん……」
殿下は、はぁーっと煙を息を吐いた。とても十四歳とは思えないような顔で笑う。
「お前……トアンのこと調べてたのか?」
「はい」
「調べてどうするつもりだった?」
「まだ決めていませんでした」
「トアンが姉上とまた婚約しようとしていたら?」
「……」
「答えなよ。両の目が呪われていたって、日の光はあびたいだろ?」
「脅しですか?」
「いや、ただの選択だ。さあ、選ぶがいい」
「阻止するつもりでした」
「どうやって?」
「そこまでは、決めていませんでした」
「ふうん……。しかし、そんなこと、王族に言ってもいいのかなあ。もしかしたら、そのせいで将来、国が滅んだりするかもしれない」
「ありえないですよ」
「ゼロじゃないだろ」
「……」
「ショコラ、こいつ、どう思う?」
殿下は出し抜けに、隣の執事に質問した。「彼女」は少し頭を下げて言った。
「クズです」
「そう、怒るなよ。お前がそんな格好なのが悪いんだ」
「私を執事にしたのは殿下です」
「髪を短くしろ、と命じた覚えはない」
「その男、役に立つとは思えませんね」
ショコラは肩をすくめた。
「簡単に後ろを取られすぎです」
「なるほど。お前はどう思う、役立たず?」
「ベルさんみたいなことを言いますね。正面なら、人並みにやれますよ」
「ふうん」
「たぶん」
「たぶん? まあいいか。ちょっと使ってみよう。姉上の目利きがどんなものか、確かめたいしな」
「使う? それってどういう意味ですか?」
僕が尋ねると、殿下はにやっと歯を見せた。
「お前、姉上のために働いてるんだよな?」
「はい」
「姉上のためなら、罪を犯せるか?」
「はい」
「誰かが大切にしているものを奪えるか?」
「はい」
「人を殺せるか?」
「相手によります」
「悪人なら?」
「殺せます」
「善人なら?」
「そいつを殺さなければ、シャルロット様が死ぬのなら、殺せます」
「姉上のために死ねるか?」
「死ねます」
「いいだろう」
殿下は満足そうに灰を落とした。にやにやと笑いながら、ショコラの前に煙管をさしだし、ショコラは火皿に葉をつめた。
「お前に、トアンの調査を手伝ってもらおう」
「えっ?」
「驚くことか? なにも、トアンを疑っていたのはお前だけじゃない。私にとっても、あれは厄介な存在なんだ。……会ったことは?」
「ありません」
「過ぎた幸運は身をほろぼす。ちょうどいいから、ここらで運を捨てておけ」
「はあ」




