薔薇の肖像①
結局、そのままビスキュイ殿下もショコラという人も戻ってこなかった。僕がトアン殺害を企てていたのかどうか、ビスキュイ殿下がどう判断したのかわからないままだった。もしかしたら、次にその扉が開くとき、僕は殿下たちに殺されるかもしれない。あるいは、裁判にかけられるかも。時間的なスパンが違うだけで結果は同じ。僕は死ぬだろう。
脱出することを考えるべきだろうか。
いや、ここで逃げたらおそらく容疑は確定する。そうなれば、命は繋げたとしても、お尋ね者になる。きっとシャルロット様のために動くのは、ほとんど不可能になるだろう。シャルロット様に近づくためには、最も厳重な警備をかいくぐる必要があるからだ。
だから、僕は逃げる選択肢を完全に捨てて、残ることにした。殺されるかもしれない、と思うととても眠れないだろうと思ったが、意外とあっさり眠りに落ちた。
***
衝撃で目が覚めた。
「起きなさい」
目を開けると、ショコラが相変わらずの無機質な表情で立っていた。片足を少し浮かせている。どうやら彼は僕を蹴り起こしたらしい。目があった後も、彼はしばらくの間そのままの姿勢だったが、ゆっくりと足を下ろした。
……まさか、もう一度蹴るかどうか悩んでいたのか?
「今から鎖を解除します。くれぐれも、私を攻撃など、しないように」
「しませんよ」
僕はそういったが、ショコラは返事をしなかった。無言で鎖に触れた。なんらかの魔術を使ったのだろう。鎖はじゃらじゃらと、掃除機のコンセントコードのように巻き取られていった。
「何をしたんですか?」
どんな魔術をつかえば鎖が解除できたのか知りたくて質問すると、心底うざったそうな視線をむけられた。
「黙って、ついてきなさい」
吐き捨てるようにそういうと、さっさと部屋を出ていってしまった。僕は痺れている足で、どうにか「彼」についていった。
二人で無言で廊下を歩いていく。二十メートルおきくらいに扉がある。それらを通りすぎていく。僕はショコラの後ろをついて、目の前でひらひらと揺れている燕尾服の尻尾を見ながら歩いた。そして、どうしても確認したくなった。
「一つ、聞いていいですか?」
「……」
「あの……ショコラさんって、その……」
「黙って、と言いましたが?」
「男性、なんですか?」
「……」
ショコラはぴたりと足を止め、半身を僕にむけた。そして僕を横目でにらみながら、白い手袋をはめた手をぎりぎりと握りしめた。
「私は、女です」
「あっ……ごめんなさ――。うっ!?」
腹部に衝撃を感じた。息がつまる。
殴られたのか。
黒い視界の中を小さな星が飛び交っている。
パタパタと音が聞こえた。ショコラが手を振っているらしい。ひょっとして、痛めたのだろうか。
「あまり馬鹿なことを聞かないでください」
「す、すみません」
「次は素手ではありませんよ」
「えっ?」
「わかったら、黙ってついてきなさい」
ずきずきと痛む脇腹をかばいながら、今度こそ黙ってついていった。




