卵とシナリオの話
目を覚ますと、スクエラと目があった。
「おはよう、気分はどう?」
「おはよう、悪くないよ」
僕は膝枕されていたらしい。ゆっくりと体を起こす。スクエラは気恥ずかしそうにもじもじしている。
「ありがとう」
なんというべきか悩んで、そう言った。
「おかげで寝覚めがよかった」
「シャルロット様じゃなくて残念だろうけどね」
「トゲがあるね。そんなこと思ってないよ」
「そうね。シャルロット様の膝枕なんてされたら、死んじゃうものね」
……エスパーだろうか。それとも心を読める魔術が使えるのか?
きょろきょろとあたりを見渡した。
ここはまだ温泉旅館らしい。というか、さっきマッサージしようとした個室だ。シャルロット様とキャリオ様がどこかに行って、スクエラが代わりに来てくれたのか。
「シャルロット様なら、ベルさんと一緒にレオンハルト様と【ピンポン】してるわ」
「キャリオ様は?」
「さあ。それを見てるんじゃない?」
「ふうん」
たしかに天使の視線は感じない。スクエラの予想通りのようだ。少なくとも僕のことは見ていない。
こちらからは壁でさえぎられていて、彼らが【ピンポン】している様子は全く見えない。
……と、叫び声が聞こえてきた。レオンハルト様の声だ。
それと同時に、ボッという音ともにロビーが一瞬明るくなったような気がした。
明らかに火の魔術の使われている。
なんだ? 誰か攻めてきたのか? 邪教徒?
「大丈夫よ」
僕が立ち上がりかけると、スクエラが僕の肩をつかんで座らせた。
「ほら」
スクエラは耳を澄ませる仕草をした。たしかに歓声らしきものが聞こえてくる。
「シャルロット様が【ピンポン】してるだけだから」
「【ピンポン】してるだけであんなことになるの!?」
「そりゃなるわよ。【ピンポン】なんだから。でもあそこまでになるのは、シャルロット様だからね」
僕は【ピンポン】を「ピンポンっぽいゲーム」としか認識していなかったが、どうも全然違うようだ。帰ったらシャルロット様かベル嬢に確認してみよう……。
「クリムも起きたことだし、私は戻って参戦してくるわ。クリムはどうする?」
「僕は……」
答えようとしたとき、隣の半個室に三人のお客さんが入ってきたのが話し声でわかった。
「クリム?」
「ああ、うん。ごめん。ええと、僕は残るよ。もう少し休みたい」
「そう? じゃ、あとで」
「うん」
僕は手を振ってスクエラを見送った。
一人になってからしばらくして、隣から声が聞こえてきた。
「フロイー、もう一回お風呂行こうよ。今なら泳げるかもしれないし」
「え……。やだ。っていうか、ユン、泳ぐの?」
「いーじゃん。フロイはちょっと冷たすぎ! 温泉であったまって、ホットな女になろうよ!」
「意味わかんないよ。あ、あああ……」
フロイの声が少しずつ移動していく。どうやらユンに引きずられているようだ。
「行こうよ行こうよ、フーローイー」
「もう、わかったから、放して。行けばいいんでしょ……」
「さっすが! 話がわかるぅ!」
「ユン、フロイ」
少し低い男の声がした。
「ここには勇者たちやベルさんも来てるから、あまり大声で騒がないように」
「あっ、はい!」「はい」
「サングラスもすること」
「はい!」「はい」
二人がサングラスをかける間があった。
「ここでは名前も、ユニとフロルだ。いいな?」
「「はい、イニチェ様!」」
「私のことはチェインと呼ぶんだ」
「「はい、チェイン様!」」
「『様』は無しだ」
イニチェはくっくっとのどを鳴らして笑った。
「行っておいで」
「わーい、行くよー、フロ……フロル!」
「待ってよ、ユニ!」
二人が走り去ってしばらくして、イニチェが言った。
「久しぶりだな」
「ああ」
お互いの姿は見えない。半個室の薄い仕切りごしに話しているからだ。
「いつぶりだろう」
僕は言った。
「一か月ぶりくらい?」
「いや、半年以上たつだろ」
「そうだっけ。ああ、会うのはそうかもね」
「これを会う、と言うならな」
イニチェの低い笑い声がきこえた。
「顔もあわせてない」
「声は聞こえる。……会うことを『見える』っていうだろ? だからさあ、ほら……」
「『聞こえる』でも会ったことになるって? そう言いたいのか?」
「ダメかなあ」
「くだらないな」
「あの封卵、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
僕がいうと、イニチェは黙った。
「危うく死にかけたんだけど。レベル6なんて想定外だ」
「生きてるじゃないか」
「死にかけたのは、僕じゃない。僕の仲間だ」
「怒るなよ」
「怒ってない」
「声が怒ってる」
「真面目に言っているんだ。天使に突き出してやるぞ」
「お前も無事じゃすまないだろ。落ち着けよ。悪かったよ。封卵の強さを見誤ったんだ。そんなに強いとは思わなかった」
「……」
僕は【冷静】をかける気分にならなかった。
「で、何の用?」
「お前が天使の監視が解けたっていうから、様子を見に来たんだ。調子はどうだ?」
「……」
「機嫌をなおしてくれよ」
「ふん……。まあ、いいよ。僕だって、君の協力はありがたいと思ってる」
「ああ、持ちつ持たれつでいこうぜ」
「……」
「おいおい、どんだけご機嫌とればいいんだよ。怒った時のフロイより厄介じゃないか」
僕はため息をついた。
僕はイニチェと、協力関係にある。
邪教徒と、ではない。あくまでもイニチェ個人とだ。
そんな線引きに意味がないことは百も承知だが、それでも協力したい理由が僕にはあった。
「ブラズ殿下は接触してきたか?」
「おい、声を落とせ」
イニチェは声を低くして言った。
「誰かに聞かれたらどうする」
「声を打ち消す魔術を使ってる。そうじゃなきゃ、こんな所で話せるわけないだろ」
「なるほどね……。お前、どんどん器用になるな?」
「答えは?」
「来ていない。そう何度も来ない」
ブラズ殿下は邪教徒と通じている。
ゲーム終盤で、邪教徒との関係が皇帝にばれたブラズは、やぶれかぶれで邪教徒たちとともにクーデターを起こした。そのとき、勇者の前にシャルロット様が立ちはだかり、戦うことになる。
革命が発生するのは、もっとずっと後の話だが、ブラズの動向はできるだけつかんでおいた方がいい。
そこで例の事件―――邪教徒の村につかまり、イニチェと協力して騎士団の手からユンとフロイを逃がしたとき―――以来、ときおり連絡を取っていたイニチェに打診したのだ……。
いや、嘘だ。
最初からほとんど全て計算していた。
僕があの時イニチェと会ったのはたしかに偶然だが、いずれ会うことは僕の中では必然だった。
大導師の息子として、将来が約束されているイニチェが抱いている葛藤は、ゲームでもいくつかのサブイベントで語られていた。イニチェは大導師の方針に反発し、ブラズに協力せず、独立するルートがあった。
だから、邪教徒がいそうな迷宮には片っ端から入る予定だった。
誤算は二つ。
一つは、最初に潜った迷宮で遭遇してしまったこと。まさか、一発目でアタリを引くなんて、夢にも思わなかった。
もう一つは、聖教会騎士団が攻め込んできたことだ。僕にとって、それほど害があったわけではない。むしろ有益であったとさえいえるが……、連中のせいで良い思い出ではなくなってしまったのも確かだ。
「まあでも、お前があの男のことを気にかけてたからな。一応、噂くらいは教えてやるよ」
「噂?」
「ああ。なんでも、奴は最近頻繁に王都のトアン伯爵の家に通っているそうだ」
「トアン伯爵……」
どこかで聞いた名前だな。
しかし、耳なじみは無い。たぶん、ゲームで聞いた名前なのだろう。心がわずかにささくれるような不快感がある。この感じは、悪役か……、あるいはシャルロット様の敵だろう。
ブラズ殿下がよく会っているというのなら、符合する。
そんな僕の気配を読んだのか、イニチェは眉をひそめた。
「伯爵を知らないのか? 姫様の執事なのに?」
「……どういう意味?」
「伯爵の跡取り息子は、姫様に婚約を破棄されたって有名なボンクラじゃないか」
「あー……」
そうだ。思い出した。トアン伯爵。
シャルロット様の元婚約者にして、シャルロット様が幽霊屋敷に住むことになった事件の原因。
あー……。いたなあ、そんなやつ。
「なるほど、殿下が伯爵の家に出入りしてると。ははあ……」
「へえ、なんか知ってるのか?」
「ん? いや、そうじゃないよ……」
僕はため息をついた。
こんな展開は知らなかった。
僕の記憶はこれ以上ないほどにあやふやだが、それはわかる。
この展開はゲーム上、存在しない。
「厄介そうな話だと思っただけさ」
こんな展開を仕組んだのは、一体全体どこのどいつだ?
この章はここまでです。次章までしばらくお休みします。




