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火都のある日常の話⑥

 僕は仰天した。レオンハルト様がいきなり僕に敵意をむき出しにしたからだ。


「なんでですか!?」

「声を落とせ。聞かれるだろ」


 そう言いながら、仮想物体イマジナリーの剣で斬りかかってきた。僕も仮想物体でナイフを作って応じた。感触的に、刃は無いようだ。当たっても致命傷にはならないということか。僕はナイフを作り直した。


「お前にキャリオ様の裸体をみせるわけにはいかん」

「裸体!? でも緊急事態なんでしょう?」

「ああ。たしかに由々しき事態ではある」

 レオンハルト様はおごそかに言う。

「太古の昔から脈々と受け継がれてきたおとこのロマンだ。何人も侵すべからざる重要な仕事だ。だからこそ、俺は、俺一人で完遂したいのだ」

「はあ……?」


 僕はレオンハルト様の言っていることがよくわからなくなってきた。

 ロマン? 何の話だ?


「あの、レオンハルト様、いったい何をしようとしているのですか?」

「なっ、クリム、君っ、君ってやつは……、無粋だぞ! そんなこと聞くもんじゃない!」

「いえ、無粋じゃなくて、純粋にわからんだけです」


 レオンハルト様はふたたび斬りかかってきた。


「この分からず屋がぁっ!」

「こっちのセリフです!」

「うおお! 俺は、女湯をのぞいてみせる! 絶対に!」


 レオンハルト様は声高に叫んだ。

 ……え、のぞき?

 これだけ真剣だから、てっきり敵の襲撃かと思っていたが、のぞき?

 僕は振り下ろされる剣をぎりぎりで受け止めた。刃が滑って火花が散る。


「絶対に、この仕事を! 使命を! 完遂する! フォルトゥーナの神に誓ってもいい!」

「そんなもん、誓うなあ!」


 要するに……「レオンハルト様はのぞき魔」ってことじゃないか!

 とんでもない!

 僕だって、温泉上がりのキャリオ様へのマッサージを想像して鼻の下のばしてたけど、それとこれでは話が違う。一応僕は了承済みだし……いやそんなことはどうでもいい。

 のぞきなんて、そんなうらやましい……じゃない! そんな卑劣な行為を許してたまるか!

 絶対に止めてみせる!





 ……それであわよくば、止めようとした勢いでうっかりのぞいちゃいたい!

 レオンハルト様を止めようとして仕方なく……というスタンスを取りたい!!


「うおおおおおおお!」

 僕は、「レオンハルト様に見せていい剣術」のレベルを少し引き上げることにした。そのリスクがリターンに見合っていると判断した。

 ついでに魔術も使うことにした。

「【霜花コールドバインド】!」


 氷結魔術で足元を凍らせた。もしもレオンハルト様がじっとしていれば、足首まで凍らせて動きを止められたが、案の定ジャンプして後ろに下がった。


「うわっ、危ないだろ!」

「レオンハルト様なら、平気でしょ!」

「なんか、君の方がやる気だしてないか!?」

「ぜぇったいに、レオンハルト様を止めてみせます!」

「鼻息荒いぞ! 落ち着け!」

「む……」


 僕はちょっと攻める手を止めた。たしかに冷静さを欠いていた。このままでは、目論見が上手くいったとしても、魂胆を見透かされてしまうかもしれない。

 僕は自分に【冷静カーム】をかけた。

 レオンハルト様は心配そうに僕をにらんだ。


「……落ち着いたか?」

「ええ。……絶対にあなたを止めてみせます!」

「本当に落ち着いたのか!?」


 言われるまでもない。完全に落ち着いている。冷静になり過ぎて、もう終局までの道筋は見えていた。

 現在のレオンハルト様の身体的・精神的な状態、僕の状態から……、最善手の連鎖をはじき出す。剣術と魔術、あわせて十三手でフィニッシュだ。

 レオンハルト様も最善手を打ってくれるという想定の元で、の話だが。


「信じていますよ、レオンハルト様」

「なんの話だ?」


 その後の十三の攻防は、まるで心と心で会話するようだった。僕たちの想いはのぞきへの執着を軸として混ざり合った。レオンハルト様は僕の願いに気づいて、反発し、それならと僕はすべてをおじゃんにすると脅し……最後には彼の妥協を引き出し、やがて計算づくの奇跡を生んだ。


「いいだろう、君の勝ちだ! クリム!」

 レオンハルト様が僕にむかって突進した。

 僕の背後には、女湯と男湯を隔てる壁。

 レオンハルト様は、僕ごと壁を粉々に吹き飛ばした。

 僕は板の切れ端と一緒に飛ばされながら、得も言われぬ幸福を感じていた。

 完璧だ。素晴らしい。

 これで全ては正しい結末へ収束する。





 ……はずだった。


「きゃ、きゃー……」

 温泉にはたしかにキャリオ様が入っていた。しかし、予想に反して悲鳴はあまりにも棒読みで、なにより彼女は服を着ていた。湯浴み着、というやつか。


「「あ、あれ……?」」


 僕とレオンハルト様は折り重なって倒れたまま、呆然と声を漏らした。

 キャリオ様は、たしかにえっちではある。それは疑いようもない。キャリオ様の白雪のような肩が露になっている。とてもとてもえっちである。眼福といっていい。


 しかし……、僕とレオンハルト様が期待していたものとは違う。

 期待していたのは一糸まとわぬキャリオ様だったのだ。

 胸が見えていなくてもいい。

 お湯や湯気でみえないとか、なんなら手で完全に隠されていたって、まあ構わない。


 見えるかもしれない、という可能性にこそロマンがあるのだ。

 可能性がゼロではないことに意味がある。

 パンチラがえっちなのではない。

 見えることがえっちなんじゃない。

 見えるかもしれない……。

 見えそうで見えないことにより、想像される架空であり理想のパンチラ、その究極的なイメージこそがえっちの源なのだ。

 なのに、なのに……、服を着ているだなんて……。

 これでは理想など思い描くことは到底できない。

 あまりにもむごたらしい仕打ちではないか。


 絶望の度合いは、期待と現実の落差によって決定されるのだと、僕は悟った。


 絶望はしかし、それで終わりではなかった。





「今の二人のリアクションを見たわね?」


 聞きなれた声がしたのでそちらを見ると、シャルロット様とスクエラ、ベル嬢が立っていた。もちろん全員服を着ている。こちらは湯浴み着ですらない、普段着だ。

 ここは浴場なのに。

 なるほど僕かレオンハルト様がのぞきを働くと予想して、服を着たままここにきたのだろう。それはわかる。


 しかし。ならばしかし、湯浴み着を着るものではないだろうか。浴場では湯浴み着を着る。

 それがマナーではないだろうか?

 そうだ。間違いない。

 僕は間違っていないはずだ。

 普段着で温泉なんて、えっちでもなんでもない。


 ……と、三人が両手に旗を持っていることに気づいた。

 片手に一つずつ。白と黒の旗を持っている。


「じゃあ、判定を。せーの……」

 シャルロット様の合図で、三人は一斉に黒旗をあげた。

「「「アウト」」」


 シャルロット様はその結果を確認すると、満面の笑みを浮かべた。

「うんうん、そうよねそうよね。どう見たってそうよね、アウトよね」

「シャルロット様、その、違うのです。僕はレオンハルト様を止めようと……」

「うんうん」

「み、見苦しいぞ、クリム! 君だって本当はのぞこうとしていたんじゃないのか!?」

「僕はそんなこと言ってません。言いましたか? 証拠でもあるんですか? レオンハルト様が言ったのなら、僕は覚えてますが」

「ふむふむ」

「ぐっ……、言って、ない! しょ、証拠なんかないだろ!?」

「僕、音と声を保存する魔術が使えるんです。再現してみましょうか、レオンハルト様の叫びを」

「い、いや、その、それはちょっと……」

「しなくていいですよ」


 キャリオ様が静かに言った。気恥ずかしそうに湯船のへりに移動して鼻から上だけ出してこちらの様子をうかがっている。たぶん、女性陣の中で一人だけ肌を出しているのが恥ずかしいのだろう。


「レオンハルトの叫びは私の耳に届いてましたから」

「……だそうです、レオンハルト様」

「そんな、バカな、ことが……」

 レオンハルト様は膝から崩れ落ち、うなだれた。

 まるで殺人犯が、犯した罪を正当化する心と認める心の狭間で苦しんでいるような姿だった。

「俺は、俺は、なんのために……」

「ロマンを求める気持ちはわかりますが、罪は罪です。つぐなわないといけないんですよ」

「クリム……!」


 レオンハルト様は僕の手を取った。

 がっしりと。

 いや、がっちりと。


「お前も同罪だろうが! お前も一緒に怒られろ!」

「いやですよ。だって僕、そんなに悪くないですし」

「腐ってるぞ、お前! 性根が!」

「性欲がフルオープンなレオンハルト様には言われたくありません」

「なんだと!」

「……二人とも、いいかしら?」


 シャルロット様のひんやりとした声がした。

 僕とレオンハルト様はハッとして、恐る恐る振り返った。

 シャルロット様は笑顔だった。

 ただし、いつもとはどこかが、なにかが違う笑顔だ。


「これ以上みにくい言い争いをするのはやめなさい」

「はい」「はい」

「評決は下っています。二人ともアウト。潔く罪を認めなさい」

「で、でも、どうして僕まで……? レオンハルト様が思いっきりアウトだったのはわかるんですが」

「それはね、クリム」

 シャルロット様はなにかを言いかけたレオンハルト様を手で制すると、微笑んだ。

「女の勘です。それも三人分。満場一致であなたもアウトです」

「そ、そんな曖昧な……」

「じゃあ、キャルが服を着ていると気づいた瞬間のあなたの顔が絶望に満ちていたから、と言えば満足かしら?」


 あっ。


「……なにか弁解は?」

「……」


 僕は深呼吸した。自分に【冷静カーム】をかけ直し、打開策を探す。

 しかし、打開策はみつからなかった。


「……ありません」

「よろしい。じゃあ……」


 シャルロット様は「地獄におちろ」というジェスチャーをした


「アンタたち、いっぺん、死になさい」


 次の瞬間、僕とレオンハルト様の頭上に巨大な岩のカタマリが生成された。

 あっという間もなく、僕とレオンハルト様はそろってその岩に押しつぶされた。


 ……本当に死ぬかと思った。

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