火都のある日常の話③
私は疑っている。
シャルロットの執事さんが、あの日私を邪教徒の魔の手から救ってくれた人なのではないかと。あの……、えーと、なんとかという仮面の人じゃないかと。たしか、グリムってスクエラさんが言っていた気がする。
そういえば、心なしか名前も似ているように思える。
私は以前、執事さんにマッサージをしてもらったことがある。その時の記憶は、なぜかほとんどないが、かすかに執事さんの手の感触は覚えている。ほんの一瞬だが、強烈な体験だったからだ。
その感触が、先日の救出劇でグリムさんに抱えられた時と似ていた……ような気がするのだ。
だから、確かめたい。まずは、マッサージをしてもらって、感触を正確に思い出し、お姫様抱っこされたときの感触と比較したいのだ。
そのためだ。純粋にそのためだけ。
あくまでも事務的で、打算的な、目論見の上だけ。
温泉に入ってリフレッシュした後に、あのマッサージを受けたら、どれほどの快感を得られるのだろうか、などといった不純な興味は一切ない。一切。ないといったらない。
しかし、純粋な計算に気を取られて失念していたのだが、
温泉に入った後、異性にマッサージをしてもらうのって……、
なんだかちょっとエロくないだろうか?
そりゃ、プロにマッサージされるときにそんなこと思うのは失礼だとは思う。しかし、執事さんは……プロ並みだけどプロじゃないし。いや別にあれか、執事さんもいやらしい気持ちでマッサージを受けてくれたわけではないだろうし。
エロくないか。うん。別にエロくない。
……いやもうなんだか、そもそもマッサージがエロいような気がしてきた……。
「どうしよう、エル? どうしたらいいかな……」
「どうかなさいましたか、キャリオ様?」
「ひゃっ!?」
頭の上に乗っている小鳥に話しかけたら、すぐ後ろから返事が返ってきた。
執事さんだ。
温泉は宿屋の中の施設になっていて、チェックインしたお客だけが入ることができる。執事さんはその手続きを済ませてきてくれた。私はその間、ロビーで待っていたのだ。
「すみません、キャリオ様。急に声をかけてしまって」
「い、いえ、私こそ、すみません。気を抜いていました」
「構いませんよ。こちら、浴衣着など、貸出の衣類です」
「あ、はい、どうも……」
「じゃあ、行きましょうか」
「は、はい」
私たちは黙って温泉への通路を進んだ。子供がはしゃぎながら走っていく。恋人らしき男女がこちらへ来る。老夫婦が歩いている……。
「平和ですね」
執事さんが言ったので、私もうなずいた。
「そうですね。ひどいことも起こりましたけど、こうしてみなさんが楽しく暮らせていて安心しました」
「キャリオ様が頑張られたおかげですね」
「シャルもだけど、みなさんが……、仲間がみんな精一杯を尽くしてくれたからです。私はあのとき、何もできませんでしたから」
「僕も何もできませんでした。気絶していたら全部終わってて、驚きました。知らない間に事件が起きてて終わってたんですから」
「……」
執事さんの声には不自然な感じはしない。声に震えがない。
もし執事さん=グリムさんだったら、今の発言は嘘になる。人はここまで冷静に嘘をつけるものだろうか?
「キャリオ様?」
「はい!? なんでしょう!?」
「いえ、急に黙られたので、なにか気になることでもありましたか?」
「それは、ええと……」
まさか、あなたの正体が気になっています、とは聞けない。
「ど、どんな温泉なのかなあって……」
「えっ? あっ、ああ、そうですね。温泉に来たんですからね」
ああ……、ダメだ。
温泉にしか考えが行ってない女だと思われたに違いない。
温泉に入りたい。
今日の失敗すべて、温泉に溶かしてしまいたい。




