火都のある日常の話①
「温泉。温泉よ」
「どうしたのよ、キャル」
火都アルデンの領主代理になってからしばらくのこと。ある程度は政務も落ち着いてきて、週末になれば半日くらいは休めるようになった。
そんな休息の中で、シャルロット様と一緒に紅茶とお菓子を楽しんでいたキャリオ様はいきなり立ち上がって宣言したのだ。
「私たちに何が足りないのか。わかったわ。温泉よ」
「落ち着いて、キャル。とりあえず座って。そうね……、忙し過ぎたのね、ごめんね。明日からはあなたの担当分を少し私に回していいから……」
「頭がおかしくなったみたいに言わないでくれる?」
「なってないの?」
「なってないわよ」
「でも、なった人はみんなそう言うって、聞くけど?」
「誰に聞いたのよ、そんなの……」
「小説」
「破り捨てなさい、そんな本!」
「面白いのに」
キャリオ様は咳払いをした。
「こほん。そんなことはどうでもいいのよ。温泉よ、温泉。せっかくアルデンに来たのに。入りたくないの?」
「うーん、あんまり興味ないわね。要はお湯に入るってことでしょ」
「ええ、そうよ」
「別に興味ないわねえ……。身体はちゃんと洗ってるし。お風呂が少し豪華になってくらいなら、私は―――」
「ベル」
キャリオ様はシャルロット様の話を最後まで聞かずに、ベル嬢に声をかけた。
「あなたはどう思う? シャルは温泉に行くべき―――」
「行くべきですね」
ベル嬢はキャリオ様の質問を最後まで聞かずに返答した。
「シャルロット様はたしかにお綺麗ですが、もっとご自身に手をかけてよろしいかと。いえ、それ以前にそもそもお二人は働きすぎです。温泉でゆっくり疲れを取られた方がよろしいかと」
「ほらあ!」
キャリオ様は勝ち誇ったようなにんまり笑顔を口元に浮かべた。
「ベルもこう言ってるじゃない。行きましょうよ」
「そんなに行きたいなら、一人で行っ―――」
「最後まで言わないで! 泣いちゃうから!」
「……。クリムは? クリムはどうなの?」
シャルロット様は最後の助け舟を求めるように、僕を振りかえった。
「クリムも、温泉に行くべきだって思うのかしら?」
「そうですね……」
来た。ベル嬢に話が振られた時点で、僕の順番が来るかもとは思っていたが、来た。そつなく、無難な返事をしなければ……。シャルロット様が温泉に入る姿を拝めるチャンスだ。あ、いや、決して、よこしまな気持ちではなく……。
うっ、気絶しそうだ……。とりあえず【冷静】をかけよう……。
ふう。そう、決してよこしまな気持ちではない。純粋に、シャルロット様のあらゆる姿を脳裏に焼き付けたいだけだ。うん。全然よこしまじゃないな!
「行くべきです。是非。是が非でも」
「……なんか、やらしい気配がするんだけど」
「気のせいです! この忠臣をつかまえて何をおっしゃいますか! 温泉に入られるシャルロット様は僕が守りますから!」
「なに当然のようについて来ようとしているのですか。あなたはここに留守番です、クリム・ホワイト」
ベル嬢は負け犬を見下すような目で僕をみた。
「あなたはシャルロット様の全裸でも想像しながら、ここで待ってなさい」
「なんで全裸指定なの、ベル?」
シャルロット様はベル嬢の肩をつかんだ。
「時々、あなたおかしくない? 前は私の……服を見せるとかどうとかって言ってたし」
「パンツの件ですか?」
「パンツ言わないで」
「パンツの話はいいのよ」
キャリオ様は強引に割りこんでパンツの話を終わらせた。
「執事さんに頼みたいことがあるんだけど」
「高いわよ?」とシャルロット様。
「払うとしてもシャルには払わないわよ」
「クリムは私のだから、私を通してもらわないと困るわね」
「執事さん、お暇かしら?」
キャリオ様は、シャルロット様を無視して微笑んだ。
「よければその……、一緒に温泉に行ってくれないかしら……?」
……なんだって?
馬鹿な。こんなことが現実にあるものか。こんな、まさか、ヒロインであるキャリオ様が、主役をさしおいて、僕を温泉に誘うなんて、あるはずがない……。
っていうか、温泉に誘うってことは、え、それは……、それってまさか……!?
一緒に入るってことか? 混浴?
そんなわけないか。
……わけないのか、本当に!?
だったら、わざわざ誘わないのでは?
いやいや! ありえないだろ!
そんな、いきなり距離を縮め過ぎだ! ありえない!
そうだな。ありえないな。
天然の権化のようなキャリオ様のことだ。きっと「一緒に温泉にはいった感想を話しましょ」とかそういう感じの……。
「温泉上がりにマッサージしてくれないかしら!」
キャリオ様は満面の笑みで言った。
……。
…………。
……………………。
……なるほど。悪くない。
「行きます」
「わぁい!」
キャリオ様は、ぱちんと一度手を叩いた。
「決まりね!」
そういうわけで、僕とキャリオ様の温泉行き(出張マッサージ)が決まった。




