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はじめての迷宮の話⑯

「よう、見違えたな」

「遅いよ」


 数日後、近くの町の喫茶店で僕とユン、フロイがお茶を飲んでいると、イニチェが声をかけてきた。


「「イニチェ様!」」


 ユンとフロイはパッと席をたって、イニチェに駆け寄った。イニチェは笑って二人の頭をなでている。

 僕は少しむっとした。

 この数日、二人の世話を散々焼いたのは僕なのに、そこまで喜んでくれたことはない。うらやましい。


「そう、ムッとするなよ」

 イニチェはにやにやしながら空いている席に座り、飲み物を注文した。

「いや、本当に助かった。大変だったろう」

「大変なんてものじゃなかったよ」


 実際、あれからけっこう大変だった。

 脱出した裏口近くの村は寄ることすらできなかった。運が悪いというべきか当然というべきか、騎士たちが拠点代わりにしていたからだ。

 だから、夜通しで二つむこうの町まで歩いていき、人目を盗んで城門を乗り越え、誰もいない家に忍び込んで夜を明かした。ついでに服も失敬した。長い牢獄生活と斥候との戦闘で、ボロボロな上に血がついていたからだ。

 お金は……いつの間にかユンとフロイが持っていた。迷宮を出るときに持っていたはずがないと思うのだが……、あえて考えないようにしている。


 それと、天使に見つからないように偽装する魔術を使うのが地味にしんどかった。天使は遠距離でも、【空間把握スペーシャル】によく似た魔術で誰が何をしているかを把握することができる。邪教徒たちはそれをよく知っていて、その認識を阻害する【偽装ステルス】の魔術を身につけているのだ。ユンとフロイも例外じゃない。

 教本に書かれていたから練習していたとはいえ、慣れない魔術を常にかけたままにしておくのは大変だった。


「本当に大変だった……」

「お疲れ様」

「そっちはどうだった?」

「なにが?」

「その、どれくらい、逃げられたのかな……」

「……」


 イニチェは黙ってコーヒーカップに目を落とし、一口飲んだ。

 ユンとフロイも固唾をのんで、イニチェの返答を待っている。二人はずっと村の皆がどうなったのか……無事に逃げられたのかを気にしていた。

 イニチェはにっこりと微笑んだ。


「みんな、逃げられたよ」

 イニチェは言った。

「全員とはいかなかったけれどね」

「ホント!? みんなは!? 院長先生は!?」

「無事だよ」

 イニチェは微笑んだ。

「ただ、今は会えないんだ。目立てないからね。見つかったら、今度こそ助からないだろう。だから……、しばらくは会えない。みんなバラバラでいないといけないんだ」

「そうなんだ、よかった!」


 ユンは笑って大声で言った。

 フロイもホッとした様子でホットミルクを飲んでいる。

「……」

 イニチェも笑ってコーヒーを飲んだ。


 僕は、【冷静カーム】を自分にかけてから、笑ってコーヒーを飲んだ。

 今までに飲んだどんなコーヒーより、苦いと思った。

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