はじめての迷宮の話⑭
猶予はない。
ものの一分もしないうちに、彼の明かりで僕たちは照らし出されるだろう。
道は狭い。隠れられるような影は、こちら側には無い。斥候のむこうには、裏口への細く狭い道があるのがわかるが、それ以外に、脇道はない。
後退すれば、見つからないかもしれないが、門からここまで一本道だった。二人は無事に村に戻れるかもしれないが、騎士団に攻められて無事で済むとは限らない。だからこそイニチェは二人を僕に託したのだろう。
やはり、「斥候を排除して、裏口へ進む」だろうか。排除する、には色々ある。一番簡単なのは、殺すことだろう。気絶させたり、説得したり、となると難しくなっていく。確実性も低くなる。
僕は邪教徒ではない。
聖教会騎士団と争う理由はまったくと言っていいほど、無い。いや、今まさにこの局面になって理由が生まれたわけだけど……。すくなくとも僕自身の動機としては、ない。彼らと敵対したいとは思わない。
交渉したい。
その方が絶対にいい。話し合うことができれば、殺し合う以外の妥協点があるはずだ。
話し合うことができれば……。話し合える相手だと、信じることができれば、どれだけよかったか……。
僕は二人の手を放した。二人はすがるように僕の手をつかもうとしたが、僕は軽くそれを払った。二人はその場で立ち尽くした。もしかしたら、僕が裏切ると考えているかもしれない。
それでもいい。どのみち、終わるまで動かないでくれるだろう。
僕は仮想物体のナイフを作った。
ランプの火が止まった。
しまった。そうか。ナイフが明かりを反射したのか。
斥候はランプを僕めがけて投げてきた。攻撃と索敵をかねている。
手練れか?
僕は放物線をえがいて近づいてくるランプを氷の弾丸で撃ち落とした。ランプのガラスと氷がくだけて欠片が飛び散る。中の炎がくるくると回転しながら地面に落下し、光は暗闇に消えた。
あいつはどこだ?
音がしない。
【空間把握】を使用した。
斥候は、想像よりずっと近く……、すぐ目の前にいた。
僕に刃を振りおろしている。
「っ!」
僕は右足を浮かせて半歩下がりながら、持っていたナイフで攻撃を受けた。
ナイフががりがりと削れる音がして、パキンと折れた。
まずい。相手が持っているのは本物の魔剣だ。それも相当に強力なやつ。僕の手持ちに、匹敵するレベルの魔剣は無い。
「……」
斥候は無言で、一歩ずつ距離をつめてくる。
僕は【反転重力:浮遊】を行使した。
斥候のいる場所の重力を上書きする。
「っ!?」
斥候が無重力に驚いて身を固くした瞬間、僕はインベントリから取り出した試作魔剣で斬り上げた。氷結効果がついた魔剣だ。斬撃とともに冷たい空気が頬をなでた。
しかし、暗闇の中で、無重力という未知に違いない状況にもかかわらず、斥候は僕の攻撃をきっちりとガードしていた。【防壁】ではない。剣でガードされた。
僕は背筋が寒くなる思いがした。僕は剣術にも多少の自信を持っていた。
さっきの攻撃は、もしも自分だったら決して受けられない、攻撃だった。
体勢は悪くなかった。速度も、力も十分だった。その上、不意打ちに近い有利さまであった。
それでも防がれた。
僕とこの敵の間には、どうしようもない実力差が広がっている。
不意打ちを続けているから戦いが成り立っているだけだ。まともにやりあえば、勝ち目はないのだと、僕はようやく悟った。
天井近くで「ざりっ」という音がした。言うまでもなく、斥候がたてた音だ。彼は、無重力状態で斬り上げられて、天井までたどり着いた。そこで、天井をおもいきり蹴ったのだ。その反動で、僕へ斬りかかるつもりなのだ。
【過剰重力】と【反転重力】を瞬時に切り替えて使用した。
相手の呼吸をずらし、かつ威力は強めないよう、効果範囲を指定した。つまり、相手の落下は早めるが、僕に斬りかかる直前に上向きの重力に切り替えた。
さらに、僕が振る剣の軌道、相手の剣の軌道に合わせて重力の方向を切り替える。
慣れたところでパターンを反転させる。
さらにパターンをずらす。
領域をまだらに配置する。
無重力にして「地面」を取り上げる。
これ以上ないほど、僕に有利だ。
攻撃の主導権をにぎっているのは、常に僕。
相手はなすすべもない。ただ僕の攻撃を耐えているばかりだ。
……なぜ、まだ耐えている?
なんなんだ、こいつは。
「【過剰重力:雨】……!」
僕は全ての魔力を振り絞って、重力魔術を使用した。
動きを止めるためではない。
二十倍以上の重力を局所的に方向を変えて生じさせる魔術であり、紛れもなく殺意をこめた攻撃だった。
体重50キロの人間が二十倍の重力下におかれれば、1000キロの負荷を受ける。生身で耐えられる力ではない。
重力のかかる時間も、場所も、方向も、奴にとってはでたらめだ。部位によって重力が違うから、引き裂くような力が全身にかかっているはず。
無事で済むわけがないのだ。
それなのに。
なぜ、お前は立っていられる?
なぜ、歩いて近づいてくるんだ?
なぜ、攻撃できる?
僕の剣を受けられる道理がどこにある!?
魔力が切れた。
重力魔術が使用できなくなった。
全力で振り下ろされた斥候の剣が、僕の魔剣を叩き折った。
蹴り倒され、首に刃を突きつけられる。
お互いの呼吸の音だけが聞こえる。
おそらく、僕が生かされているのは尋問のためだろう。
こうなっては、もう勝ち目はない。
抗っても魔術を使用する暇もなく、トドメを刺されるだろう。
いや、トドメを刺す必要すらないのかもしれない。
……ユンとフロイは、逃げてくれただろうか。
賢い子たちだから大丈夫か。
「……お前、何者だ」
斥候が口を開いた。思ったよりずっと若い声だった。十代くらいではないだろうか。
「ただの密猟者です」
「お前……、子供か? 小さい奴だとは思っていたが……」
相手は明らかに困惑していた。僕はおもわず笑ってしまった。
「あなただって子供でしょ?」
「俺は十五だから、もう大人だ」
「そういうの、子供っぽいですよ」
「お前はやけに大人びているな」
「よく言われますね」
「お前、邪教徒なのか?」
「違います。ただの密猟者です。見逃してくれますか?」
「……」
僕の首に突きつけられた刃は、微動だにしなかった。
ダメか……。
ほんの少し、ちょっとだけ、期待したんだけどな……。
シャルロット様、救えなくてごめんなさい。
スクエラも……、ダメな婚約者でごめん……。
「「せーの……」」
小さく息を合わせる声が聞こえた。
「「宵待!」」
全くの想定外だった。
僕は何がなんだかわからないまま、ただ強烈な罪悪感とともに眠りに落ちていった。




