はじめての迷宮の話⑪
警鐘が聞こえてから、すぐにどたどたと足音が近づいてきた。ユンとフロイは「ひっ」と小さく悲鳴をあげて、地下牢の奥の方へ逃げて行った。
やってきた足音は僕の鉄格子をつかんだ。
「お前の仕業か!?」
例の血の気の多い方の看守だ。唾を飛ばしながらまくし立てている。
「なにをした! どうやったんだ!?」
「……なんの話ですか?」
全く心当たりがなかったので、彼の飛ばす唾が届かない位置までさがった。
本当に、何の話だろうか。僕がユンとフロイとしゃべっていたから飛んできた、というわけではないらしいが……。
あの警鐘は僕とは関係ないのか?
でも、僕のところへ来たということは、魔物とかでもないだろう。つまり、来たのは人間だ。
さらに、この慌てようからすると……。
「……聖教会騎士団でも来たんですか?」
「なぜわかった!? やはり、貴様の仕業だな!? 殺しておくべきだったんだ! いま殺してやる! こっちへ来い!」
「違いますよ」
僕はその場で両手を上げた。
「あなた達の敵と言えば、聖教会。攻め込んできたとなれば、聖教会騎士団でしょう。難しい話ではないと思いますけど」
「馬鹿にしてるのか!」
「馬鹿に教えてるだけです」
「殺してやる!」
「落ち着いてくれ。看守殿」
入口から、新しい足音が近づいてきた。
「イ、イニチェ様……。しかし、」
「よしよし、まだいるね。よかった」
「? イニチェ様、それはどういう……」
「悪いけど、下がってくれるかな。彼と話がある」
「え、ええと、しかし、危険では……」
「……」
イニチェはしばらく、看守を無言で見つめた後、後ろを振り返った。
もう一人の看守は、たぶんいなかったのだろうと思う。
次の瞬間、イニチェは看守の額を指でトンと叩いた。看守は声を発する間もなく、膝から崩れ落ちた。
「……何をしたんだ?」
「君は知ってるんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「教本がなくなったけど、大騒ぎにはならなかったろ? 誰のおかげかなあ?」
「……」
「逃げなかったんだな」
その声の調子から、ユンとフロイのことを言っているのだと、わかった。「二人を人質にして逃げる」よう誘導しているという想像は正しかったらしい。
「どういうつもりだったんだ?」
「想像通りだよ」
「罠だったのか?」
「ああ……。いや、そこまでじゃない。俺は君に帰って欲しかった」
「どうして? あなたに得なんてないですよね?」
「俺たちは君の処遇について毎日もめていた。そのせいで対立まで生じ始めていた。バカバカしいと思うだろ? たかが子供が入りこんだくらいで」
「まあ、そうですね」
「ま。君が教本を盗んだって俺は思ってるから、少々複雑な気分だけど。それでも、君を使って外と交渉しよう、なんてこと言い出す奴に比べたら、マシさ。そうだろ?」
「それは、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえどういたしまして。でも、恩には着てもらおうかな」
「え?」
「二人とも、出ておいで。いるんだろ?」
イニチェは地下牢の奥に声をかけた。
ユンとフロイは暗闇の中から、手をつないで不安そうにでてきた。
イニチェは外を指さした。
「聖教会騎士団が迷宮に入ってきた。二人と逃げてくれ」
「どうして僕に頼むんだ?」
「邪教徒じゃないのは君だけだ。生き残れるとしたら、君が一番可能性がありそうだろ?」
「どうしてこの二人なんだ?」
「才能があるから」
「話の通じる相手なのか?」
「期待しない方がいい。基本的に、彼らは問答をしない。答えてくれ。やるのか、やらないのか」
イニチェは僕の目をみている。
「答えてくれ」
「わかった」
「やるのか?」
「ああ、やる」
僕はうなずいた。
「二人を連れて、迷宮の外まで無事に連れていくよ」




