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はじめての迷宮の話⑩

 僕はその日、アルテミスに新しい機能を追加しようとしていたときだった。音声出力ができれば、作業中でも音楽を聴けるかもしれないと思ったからだ。悠長な話だけど、こんな味気のない牢屋の中ならなおさら必要だ。……必要なんだ。


 なんだか外が騒がしいな、と思った。看守がなにやら話している。看守同士の会話ではないようだ。トーンが違う。遠くて内容は聞き取れない。

 そうだ。遠くの音声もひろえるようにアルテミスを改良するのも面白いかもしれないな……。


「なにしてんだ?」

「うわっ!?」


 いきなり声をかけられて驚いた。小さい子供が鉄格子のむこうに座っていた。あの日、物置小屋の中で干し肉をかじりまくっていた少女だ。たしか、ユンだっけ。


「? なにその道具」

 ユンの後ろから、もう一人も顔をのぞかせた。こっちはフロイだったか。あの日は、本を読んでた気がする。

「見たことない」

「え、ああ、これ? これはね……」


 僕はちょっとあせった。フロイが質問した道具というのは、キーボードだったからだ。タイプしてプログラミングしていたのだけれど、それをそのまま伝えるわけにもいかない。というか、見られるとまずい。

 僕はにこっと笑って、片手から魔術の炎を出した。

 二人はびくっと少し目を丸くした。

 僕はその隙にキーボードをインベントリに収納した。


 そうして、

「……道具って、なんのことかな?」

 完全に白を切ることにした。

 だってキーボードなんて、もう、見られちゃあどうしようもない。誤魔化すしかなかった。

 看守さんの気配には気をつけてたのになあ。


「びっくりしたあ!? なんで火ぃだしたの!?」

「そ、それより、さっきの、道具、は……?」

 フロイはちょっと驚かせすぎてしまったようだ。すっかりユンの後ろに隠れてしまった。でも、よほど道具のことが気になるらしい。質問だけはしっかり忘れなかった。

 僕は笑って首をかしげた。

「道具? そんなの使ってないよ。見間違いじゃないかな」

「なあ、そんなことよりさあ、」

「待って、ユン! 話を流さないで! 私さっきの道具が気になってるんだから!」

「見間違いじゃないの? 暗くてよくみえなかったし。道具なんて、私、興味ないしなあ……」

「今聞かないと、はぐらかされるじゃない!」

「それで、聞きたかったことなんだけど、」

「聞いてよ!」


 フロイはユンをぽかぽか叩いたが、ユンは構わず続けた。


「あのとき、天井に張りついた魔術! あれなんだ!? ずっとそれが気になってたんだ!」

「……」

 フロイはあきらめたのか、ふてくされて僕をみた。彼女は彼女で、重力魔術も気になっているらしい。

「あー、あれね。あの魔術ね。あれはね……」


 どうしようかな。こっちについても、あまり言わない方がいいだろう。重力魔術は外の世界でも使える人がほとんどいないらしい。この状況だと、教えるように強要されるかもしれない。教えるだけならまあいい。本を買えば得られる知識だからだ。

 けど、「使えるように教えろ」と言われたら、困る。それができないから、外で使える人がいないんだから。


「浮遊の魔術だよ」


 無重力だけに限定することにした。重力を固定値のゼロにするだけの魔術なら、教えることになってもまだマシだろう。

 そう答えたところで、ふと気になった。そういえば、この手の質問はまだ誰にもされていなかった。二人の父親が黙っていてくれた、ということか?

「ええと、君たちのお父さんは何か言ってた?」

「あの人はお父さんじゃないよ。いんちょう先生」

「院長?」

「ユンとフロイは、こじいんに住んでるの」

「ああ、そう……」

「先生はなんにも言ってなかったよ。魔術とか、興味ないから」

「ああ、そうなんだ」


 孤児院の話が終わってほっとした。なんて言っていいのか、わからなかったから。

 院長先生が魔術に興味がなくて、助かった。


「ねえ! ふゆう、の魔術ってどうやるの? 教えてよ!」

「それはいいけど……、君たち、看守の人に話はしてきたの? 君たちが来るって、聞いてなかったんだけど」

「あ。えーっと、それは……」

「黙ってきた」

 ユンの後ろでフロイが答えた。ユンが愛想笑いする。

「あはは、違うの。そうじゃなくて、ええと……」

「黙って来たよ」

「もう! フロイ! いつもは私が言ったら怒るのに、こういうときはどうしてフロイが言うの!」

「秘密はユンが言うもの。調子が狂うから、フロイが言った」

「意味わかんないよ!」

 本当にわからないな……。

「ええと、とにかく、二人は無断で来たわけだ」

「あ、でも、イニチェ様には言ってきたよ」

「へえ、よく捕ま……、止められなかったね」

「うん。面白いから協力してやるって言われた」

「え?」

「足止めしてくれてるよ」


 ユンが入口を指さした。そう言えば看守は遠くにいったきり戻ってこない。イニチェの差し金だったのか。

 ……どういうつもりだ?

 まるで僕に二人を人質にとって逃げろと言わんばかりじゃないか。

 考えすぎか?

 そんなこと思いつきもしないのか?

 お坊ちゃんだから?

 そうなのか……?


「……イニチェは他に何か言ってた?」

「え? ……うーん、なんて言われたっけ、フロイ?」

「あなたによろしくって」

「……ああそう」


 全然参考にならないな。

 どうしよう。二人を人質にして逃げるように誘導しているのは、合っていると思う。

 あいつ、天真爛漫って感じじゃなかったし。

 問題なのは、罠かどうかってところか。

 つまり、逃げようとしたところで、逆に捕まえて、殺す口実を作ろうとしているのではないかという……。


 いや、待てよ。その考えを進めるなら、今、この瞬間に二人が僕の牢のすぐ外にいるという、この状況そのものが非常に危険なんじゃ……。


 そのとき、外から、村の中心から、胸をざわつかせるような激しい鐘の音が聞こえてきた。警鐘が鳴っている。


 ……マジか。情状酌量の余地は、あるかな?

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