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はじめての迷宮の話③

 驚くべき強運である。

 運がよいのか、悪いのかは、この際置いておく。

 はじめて密猟に入った迷宮ダンジョンが、邪教徒たちが棲んでいる根城で、彼らの一人と鉢合わせした……。

 いや、どう考えても運悪いな、これ。良い要素なんてどこにもない。

 さっき採った遺物レリックが一攫千金の品質だったら、話が変わってくるけれど……。


「おい、どうしたんだよ」

 頬を軽くたたかれて、僕は目を覚ました。

「すみません、ぼーっとしてました」

「そっか。気をつけないと危ないぜ。まあ、もう着いたけどな」

「……着いた?」

「ああ。ほら、村だ」


 そう言われて、目を凝らしてようやくシーザー教徒たちがすむ村に来ていたことに気づいた。

 ここは……、最深部か。たしかに最深部は、迷宮内で一番広いから、村を作るにはうってつけだ。定期的に迷宮主ボスの座をねらう魔物を討伐しなければならないだろうが……。


 それにしても、邪教徒にでくわしたショックでぼんやりとついてきてしまったらしい。

 なんの覚悟もなく、虎穴に入ってしまった。

 なんてこった。


「お前、やっぱり子供だったんだな」


 さっき会った邪教徒の彼はにやっと笑った。

 最深部……、いや、村か。村はある程度明るかった。魔力の濃い領域特有の燐光のせいだ。

 顔をみられた。まずいかもしれない。


「なあ、お前の家に連れてってくれよ。なにか力になれるかもしれないぜ」

 まずい。いよいよもってまずい。

「ど、どうして、そんなに親身になってくれるんですか……。ひょ、ひょっとして、騙そうとしてるんじゃ……」

「なっ、違う違う、なに言ってるんだ!」

 彼は手を振って否定した。慌ててはいるが、怒っている様子はない。失礼なことを言って怒らせようとしたのだけど、失敗か。

「そんなに怪しそうに見えるのか、俺……」


 彼はがっくりと肩を落とした。

 そのとき、僕にとって助けになる声が飛んできた。


「イニチェ様! こんなところにいた!」

「げっ! 見つかった! じゃあな! もし困ったことがあったら……、俺を探せ! どこかにいるから!」

「あっ、イニチェ様! 待ってください! 逃げるな!」


 イニチェと呼ばれた青年は脱兎のごとき勢いで逃げて行った。

 彼を追いかけてきたお付きっぽい人は、僕に会釈だけしてイニチェを追いかけて行った。


 一人になった。

 どうしようか。正直、遺物レリックの採取は、個人的な目標ノルマには達していなかったのだが、帰った方がいいだろうか。

 いや。邪教徒たちの村に忍び込めるなんて機会、めったにあるものではない。というか、ゲームの中では一度もなかった。主人公が勇者レオンハルトということもあって、隠密行動なんて人格的にも性格的にもやらないからだ。

 ゲームでの彼は基本的に「邪教徒は悪だ。殺すべし」という考えで、「敵には真っ向から勝負すべし」という戦い方の人物だ。

 まだ実物(レオンハルト)には会ったことはないが、サブイベントに一つも邪教徒潜入ミッションがなかったあたり、筋金入りだと思われる。邪教徒と見ると女子供でも見境なく殺すような羅刹かもしれない。

 きっと友達にはなれない人種だ。気をつけよう。


 話が逸れた。

 たしかに滅多にない機会ではあるが、危険性も高い。ここが迷宮だから、ではなく、邪教徒の村だからだ。邪教徒は世間一般に、密猟者の比ではなく嫌われている。というか目の敵にされている。

 ほぼ「国家転覆をもくろむ狂信的なテロリスト集団」という扱いだ。それはゲームでもこの世界でも同じ。父上たちの話を聞く限りでは同じだった。

 つまり、彼らはそれほどに危険なのだ。捕まればどうなるかわかったものではない。

 村の人口はかなり少ない。百人もいまい。村人は全員顔見知りに違いない。つまり、人とすれ違うだけで不審者認定されかねない。

 イニチェに怪しまれなかったのは、彼が特権階級の人間だから、全員の顔を把握していなかっただけだろう。


 やはり危険だ。

 このまま帰った方がいいだろう……。


「誰だ、おめえ?」

 振り返ると、腰の曲がったおばあさんがそこにいた。ほとんど目が見えないほど細められている。

「ああ~? 鍛冶屋ァんとこの孫か?」

「はっ、はいそうです」

「まァた、サボりか。けっ」

「あっ、いえ、これから戻るところで……」

「そぉか。しっかり精進せェよ」

「は、はい……」

 老婆はじっと僕の顔をみつめている。

 ……僕の顔に何かついているだろうか。


「はよう、行け!」

「は、はいっ!」


 僕は適当に見当をつけて歩き出した。


「おい!」

 後ろから怒鳴られた。

「はい!? ななななんでしょう!?」

「おめえ、寝ぼけてンのか。おめえん家はそっちじゃなかろうが!」

 老婆はびしっと指を指した。あ、鍛冶屋はそっちなのか。

「は、ははは……。すみません、寝ぼけてました。ははは……」

「しっかりせェよ」

「はい……」


 僕は頭をかきながら歩き出した。

 今度こそ、呼び止められなかった。

 ……なかったのはいいが、まだ見られている気がする。どれだけ信用ないんだ鍛冶屋のお孫さん。

 老婆の示した方を目指して角を曲がる。その瞬間に服のフードを下ろした。

 まずい。人気こそないが、どんどん中心の方へ進んでしまっている。というか、出入口にいくとさっきの老婆にまた鉢合わせそうだ。

 帰りたかったのにな。


 ……っていうか、ちょっと待てよ。問題は老婆じゃない。そもそも村に入るとき、門番みたいな人が立ってなかったか? あまりにぼーっとしていたからうろ覚えだけど、すれ違ったような気がする。やばい。たぶんイニチェが一緒だったから、客人か誰かの見間違いと思われて入れたんだろうけど、帰りはそうもいかない。

 ど、どどどどどうしよう。

 ……いったん落ち着こう。落ち着ける場所で、ひとまず考えたい。どこか人気のなさそうな場所を見つけて……。

 いや、そんな場所、都合よく見つかるわけ……。


 あった。

 ちょっと扉が開いている小屋がある。暗い。誰も居なさそうだ。

 人がいないことを【空間把握】で確認し、さっと中に入った。イニチェの例があったから自信はないけど、たぶんいないはず……。


 そこは物置のようだった。外から持ち込まれたのであろう穀物と、干し肉が大量に置かれている。ずいぶん不用心だが、それはつまり門番への信頼と、盗人への罰が重いことを示しているだろう。小腹がすいたくらいで手は出さない方がいい……。


 ……なんか、物音が聞こえる。ねずみが食べ物をかじるような音が。誰かいたのか。


「ユン、もっとしずかに食べてよ。だれか来ちゃう」

「うろいもおんあおんなっまおんめまいめなねなま?」

「なんて?」

「フロイもそんな本ばっか読んでないで食べたら?」

「やだ。おしりたたかれたくないもん」

「それはユンもやだ」

「じゃあ、食べなきゃいいのに」

「ほんのーが食べろと言ってるの! 逆らえないの!」

「ごうが深いね……」


 やばい。先客がいた。ここはダメだ。見つかったらまずい……。

 しかし、一歩下がったところで外から声が聞こえた。入口近くでは、見られてしまうだろう。怪しまれるかもしれない。

 いっそ出るか。

 それとも見えないくらい奥まで入るか。

 どちらが安全だ……?

 迷った末、奥へ進むことにした。奥にいる子供は食べ物をこっそり食べているらしいし、無闇に叫んだりはしないだろう。きっと。


「うぇっ、だれ!?」

「? わっ!?」

「しー……。怪しいものじゃないよ」

 二人は思いっきりびっくりしたようだった。そりゃそうか。子供二人で悪いことをしていたら、知らない怪しいお兄ちゃんが来たんだから。

「うそだ! だって、あやしい―――! もがっ!」

「静かに」

 僕は干し肉をかじっていた少女の口をふさいだ。

「静かにしてくれたら、干し肉食べてたこと黙っててあげるから」

「うっ……」


 干し肉の少女は少し大人しくなった。視線は相変わらず疑いを含んでいるが。奥の本を読んでいた少女は怯えているようだ。今すぐ逃げ出すようなことはなさそうだが、刺激しない方がいいだろう。予想外の行動に出るかもしれない。


 僕は外から聞こえる声が遠ざかるのを待って、少女の口からゆっくりと手をはなした。そして、手近にあった干し肉から肉を少し削ぎ取った。二人が目を丸くしているのを見つつ、その肉を口に入れた。


「これで共犯だね」


 二人は困惑した様子だったが、少しだけ肩の力を抜くのがわかった。

 僕も少しほっとした。

 どうやら急場はしのいだらしい。

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