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はじめての迷宮の話①

 そろそろ迷宮ダンジョンに行ってみてもいいのではないだろうか。

 ある日、ふとそう思った。


 ……なんてことはなく、一か月くらいずっと考えていたことだ。

 ダヴィのところで魔剣鍛冶師クラフター見習いとして修行して帰ってから、三年間。僕はみっちり剣術と、魔術と、勉学に励んできた。自分で言うのもなんだけど、スポンジのような吸収力で知識を蓄え、能力が形成されていくのがわかった。


 ラグラン先生に教わった剣術の型を毎日繰り返した。素振りの具合で自分の調子がわかるくらいには身体の扱いが板についてきた。

 家にあった魔導書の魔術は、ほとんど使えるようになった。まだ使えないものもあるけれど、だいたいが魔力不足で使えない魔術だ。残念ながら、僕の魔力量は思ったほど増えなかった。

 勉強は、ラグラン先生がいないのでちょっと難航していたけれど、ようやく調子を取り戻しつつある。ラグラン先生の大局的な視点と、ダヴィのところで会得したバランス感覚で、前より物事が立体的に見えるようになった。





 あとは、パソコンを作った。

 パソコンというのは……つまり、計算してくれる機械(コンピューター)のことだ。パソコンが必要だと、ずっと思っていた。ダヴィのところに修行に行く前から、魔導書を読んでいて、考えていたことだ。


 魔術を使うには必要な計算が多すぎる。


 その最たる例が転移魔術だろう。発動するだけで、かなり高度なアルゴリズムと圧倒的な計算量が必要になる。それ以外でも、たとえば火球ファイアボールを百発同時に撃つとかになれば実に大変だ。僕は一つの複雑な計算はできるけれど、並列計算は個々がどれだけ簡単でも難しい。

 それを、体内の魔力循環を回しながら行わなければならない。

 しかも戦闘中にだ。

 効率が悪い。手に余る。

 それが、僕がパソコンを作ろうと思ったきっかけの一つだった。


 作ったパソコンには【支援妖精アルテミス】という名前をつけた。今はまだ簡単な魔術の補助しかできないが、いずれは高度な魔術の補助もさせるつもりだ。

 そういうわけで、ちょっとした性能テストをしてみたいと思ったのだ。


 だから、迷宮に潜ることにした。

 工作用の遺物レリックも、欲しかったし。





 ***





 ギルドに登録していない狩人ハンター以外が迷宮ダンジョンに入って、遺物レリックを発掘・採取する行為は、密猟とよばれている。密猟は国の管理する財産を盗む行いであり、つかまれば、厳罰に処される……。


「よし。じゃ、サクッと密猟しますか」


 ソルティ地方のはずれにある迷宮【赤い黎明】。僕はその入り口から堂々と中に入った。

 すでに廃棄された迷宮である。


 迷宮は密猟禁止だが、ほとんどの迷宮に見張りはいない。まして、廃棄された迷宮となればなおさらだ。

 とはいえ、後ろ暗いことには変わりないので、ちょっとドキドキしながら迷宮に入った。

 いい遺物があるといいな。


 迷宮における遺物レリックの産出は、なかなかに危険かつ重労働だ。要するに猛獣が出没する鉱山で採掘をすると考えればいい。想像するだけで嫌になる悪夢のような労働環境だが、そのぶんリターンは大きい。遺物の価値はピンキリだが、高品質なものがとれればまさに一攫千金。たった一度の探索で巨万の富を得た狩人の噂を聞くこともしばしばだ。

 国は、流通量を管理するために厳罰で対処しているが、それでも密猟が後をたたないのは、その一発逆転の夢を忘れることができないからだろう。


 ちなみに僕が【赤い黎明】を選んだ理由は、

 ・廃棄されていること

 ・低レベルであること

 ・ゲームではいい遺物が採れたこと

 の三つ。


 さすがに、はじめての密猟で人の多い迷宮に潜るような度胸は無かった。ここなら人目を気にしたり、こそこそ隠れるようなマネをせずに採掘に専念できる。うってつけだ。

 ちなみに廃棄された迷宮でももちろん密猟だ。当然だが。


 もちろん実家には密猟するなんてことは言っていない。「見聞を広めるため」とかもっともらしいことを言って、旅行に行くと出てきた。ダヴィのところで修業して以来、かなり自由にしてくれるようになったから、それだけで外出の許可は下りた。自由で嬉しい反面、あまり心配されなくて寂しい。


「こっちの方かな……?」


 魔物を倒しながら奥へ進む。【支援妖精アルテミス】に組み込んだ魔力による【空間把握スペーシャル】の視界確保は正しく機能している。魔力が濃いせいで若干の誤差はあるし、視界も短いが、これなら暗闇でも動けそうだ。ソロで潜っているが、後ろを取られることもない。密猟者としてはそこそこ有効な能力だと思う。


「あ、このへんにありそうだな。あった」


 魔力の探知をつづけながら進むおかげで、遺物も見つかりやすい。これは本当に密猟と相性のいい魔術かもしれない。


「ふんふんふーん」


 鼻歌を歌いながら背負っていたツルハシを岩壁にたたきつける。遺物を壊さないように気をつけて掘っていく。しばらくすると、濡れ手に粟とばかりに手ごろな遺物がいくつも採取できた。


「へっへっへ~、大漁大漁~」

「へえ、よかったな。調子が良さそうで」

「ええまあ、そちらはいかがで……。えっ?」


 僕は肝がつぶれるほどびっくりした。すぐ近くの暗闇の中から声が聞こえたからだ。もちろん空間把握の範囲内である。というか、空間把握は精度の高い範囲が限られるだけで、「いるかいないか」はけっこう遠くまでわかる。だから、こんなふうに気づかないなんてことはあり得ない。

 よくよく気をつけて【視】れば、ごく弱い気配がある。魔力の気配が小さい、というよりは薄い、という感じだ。

 もちろん、こんなパターンは見たことがない。


 まさか初めて迷宮に入った日に、透明人間に会うとは思わなかった。

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