労働の話⑮
まだ明るいうちに母屋に戻った。いつも昼寝の後は日が沈むまで工房にこもるから、こんな時間にこっちにいるのは変な感じだった。まるで平日に学校をさぼって昼間に家にいるような気分、だろうか。
「味の保証はできんが……」
コトリ、とカップが置かれた。ダヴィがいれてくれたお茶だった。カップになみなみとつがれている。今にもこぼれそうだ。というか、少しこぼれている。湯気が濃い。かなり熱そうだ。
「ありがとうございます」
飲んでみると、やはり熱かった。
「それで……、ええと、お話というのは……?」
「うちのリズと結婚するつもりはないか?」
僕は口に含んでいたお茶をすべて吹き出した。
「なっ、なにをいってるんですか!?」
「そうか、嫌か」
「いっ、いえ、嫌ってわけじゃないですけど……。歳が違うし、僕には婚約者がいますし、そもそもリズさんが嫌なのでは……」
「気にするな、冗談だ。少し空気をほぐそうと思ってな」
「……はあ」
なんだ、冗談か……。
ほぐしすぎて空気がぐちゃぐちゃになってしまったような気もするが……。
「ハンマーを作ってみろ」
「はい」
僕は仮想物体のハンマーを生成して渡した。
「どうぞ」
「早くなったな」
「毎日作っていますからね」
「よくできた、いいハンマーだ」
「親方のハンマーには及びませんが」
「当たり前だ」
ダヴィはハンマーをテーブルに置いた。
「約束を覚えているか?」
「約束?」
「俺を納得させるハンマーを作ったら首輪を外す、という約束だ」
ダヴィはそういって、ポケットから小さな鍵を取り出した。そして、僕の隣に立った。
「あ……」
「忘れていたのか。少し前まで、あれだけしつこく帰りたいと言っていたのにな。首を出せ」
「はい」
「これでお前の修練過程を、終える」
ダヴィは僕の首輪に鍵を差し入れて、ガチリと回した。首輪がパキリと割れて、外れる。ダヴィは首輪を回収して、また正面に座った。
「おめでとう」
「……? いま、修練過程って言いましたか?」
「言ったな」
「どういう意味ですか?」
「俺から教えることはもうない。ラグランの頼みは完了した」
「……ラグラン?」
僕はいきなりあいつの名前が出てきて混乱した。
僕を騙してここに連れてきた奴の名前なんて今さら聞きたくなかった。
「どうしてあいつの話になるんですか? そりゃ、最初に連れてきたのはラグランでしたけど、頼みって……。むしろ頼みを聞いたのは、ラグランじゃないんですか? 人手が足りないからって誰か連れてこいって、ダヴィさんの頼みを聞いて僕を……」
「まだそんなこと信じてたのか」
ダヴィは呆れた目で僕をみた。片手でカップを持ち、お茶をすする。
「お前は頭はいいが、肝心なところで馬鹿だな」
「へ? え? どういう意味ですか?」
「案外職人むきかもしれん」
「え、そうですか、ははは……」
「いや、逆か」
「どっちなんですか?」
「ラグランは……」
ダヴィはカップを置き、座り直し、姿勢を正した。
「ラグランは、お前を裏切ってなど、いない。最初からな」
「裏切ってない? それは、どういう……」
「お前が来る少し前……、二か月ほど前だったか。あいつから手紙が届いたんだ。子供を一人教えているが、才能があり、成長速度がめざましいが、自分の下で教えていたらいずれ限界がきてしまうから、俺に指導を引き継ぎたい……、そういう内容だった」
初耳だった。そんなこと、知らない。ラグランはいつも自信満々……ということもなかったが、少なくとも僕に「限界」というものを感じさせるようなことはなかった。ラグランは僕にとって、ただ尊敬できる先生だった。
そんな悩みを持っていたなんて、想像すらしなかった。
僕が絶句しているのを見て、ダヴィは続けた。
「ラグランには昔、リズのように手伝いをさせたことがある。あいつ、その時のことを思い出したんだろうな。俺のおかげで成長できたとよく言っていたが……、今回のことでようやく世辞じゃなかったとわかった」
「ラグランは、僕のために……?」
「先生」
ダヴィは僕をみて言った。
「ラグラン先生だ。あいつは、お前の先生だろう?」
「……はい」
僕はしばらく泣いた。
ダヴィは僕が泣き止むまで、黙って待っていた。
もっとも、お茶を入れ直すために一度席を立っていたが。
「なにか他に聞きたいことはあるか?」
僕が落ち着いたのを見計らって、ダヴィが尋ねた。
「あの……、ものすごく失礼なことですけど、聞いてもいいですか?」
「言ってみな」
「それじゃあ……」
「本当に失礼だったらぶん殴るけどな」
「えっ? ……ええっと、僕が学びたかったのは剣術と魔術なんですが、ここで学んだことは、その……」
「ハンマー作りと魔剣づくりだけだって?」
「その……、はい。その通りです」
「そうだなあ……」
ダヴィは視線を窓の外へ向けた。そのまま遠い目をして、ひげをなでている。相変わらず、この人は何を考えているのかわからない。
「うーむ……」
「あ、あの……?」
「よし」
ダヴィは立ち上がった。
「ついてこい、グリム」
「僕、グリムじゃないです。クリムです」
「ああ、そうだったな。だが、呼びなれちまった。悪いがグリムでいいか? どっちみち、もう……、帰るんだろ?」
「はい」
「そうだろうな」
ダヴィは僕に背を向けたままつぶやいた。
「少し、寂しくなるな」




