労働の話⑫
ダヴィのハンマーの模倣が僕の仕事になった。僕はリズのときと同じように、来る日も来る日もダヴィのハンマーを観察し、同じものを作ろうと仮想物体をひねり出し続けた。
……のだが。
一週間ほどして、違和感を感じるようになった。このハンマーから感じる違和感。リズのハンマーにはない、不可解さである。
リズのハンマーは雄弁だった。「ハンマーは均質であるべきなんだ!」と、全力で叫んでいるようなある種の強さというか、頑固さのようなものがあった。
一方でダヴィのハンマーは静かだ。こちらは何も語らない。驚いたことに、ダヴィのハンマーは均質ではなかった。全体でゆるやかに性質が変化している。まるで波のようだ。そこらに生えている木のような自然さというか、連続性というか、とりとめのなさなのだ。
リズのハンマーが木の合板で作られているとすれば、ダヴィのハンマーは、鎚の形をした木をそのまま利用している感じか。
……などと言ってみたものの、どうも本質とは違う気がする。仕方ない。まだ僕にはこういう解釈しかできない。
僕の理解できている世界に、ダヴィの理屈は存在していないということだ。
その深さを見通せない。
おそらく、このハンマーを模倣するのは木そのものを真似るようなものだ。仮に真似ることができたとしても、それは本当にただの真似にしかならないだろう。ここがなぜこうなっているのか、といった理屈は一切わからない。
理解しようとしたとして、どれだけの知識と発見が必要なのか、見当もつかない。途方もない時間がかかる。それこそ年単位の時間だ。
話が違う。
僕は作業しているダヴィの後ろに無言で立った。
「……おい、気が散るだろうが」
五分ほど経ってから、ダヴィはゆっくりと振りかえった。
「なにしてる?」
「抗議しています」
「ほう」
「約束が違いますよ。なんですか、あれ。真似するのにどれくらいかかるんですか」
「ほお、一週間でそれがわかったのか」
ダヴィは背を向けて作業に戻った。
「やるじゃないか」
「やるじゃないか、じゃないですよ! 僕はすぐにでも帰りたいって知ってるでしょ! 何年ここにいさせるつもりですか」
「あわよくば弟子にしてやろうと思ったんだがな」
「弟子ならリズさんがいるでしょ」
「お前みたいなのが二番弟子になったら、リズの尻に火がつくだろ?」
「セクハラですよ」
「……せくはら?」
「とにかく、僕はこんな時間のかかることはしませんから。もう、首輪の鍵を開けてください。元々そういう約束だったでしょう」
「前にも言っただろう。まだ一か月も経っていない」
「いや……、もうすぐ二か月ですけど」
「まだまだお前は伸びるはずだ。なのに、芽も出ていない状態で、帰すわけにはいかん」
「そんなのはいいですから、首輪を―――」
「ダメだ、ダメだ、ダメだ!」
ダヴィはぶんぶんと首とハンマーを振った。こういうところをリズは真似たんだろうな。
「いいか。お前は忘れているかもしれんが、首輪の鍵をもっているのは俺だ。雇い主も俺。お前は俺の言うことを聞かなきゃあ、帰ることもできないんだ」
「どうしろと」
「いいハンマーを作れ。それだけだ」
ダヴィはくるりと背を向けた。
「見本はやった。後は自分でどうにかしろ」
「……」
僕は顔をしかめた。
今のまま、ダヴィのハンマーを闇雲に調べるのは、どうにも効率が悪い。雲をつかむような話だ。なんというか……、藁の山にまぎれた針を探すような話だと思う。
もっとなにか、手掛かりになるようなものが……。
「じゃあ、魔剣を作らせてください」
「はあ!?」
僕の提案に、ダヴィは振りむいた。珍しく目を丸くしている。
「なぜ、そうなる?」
「あなたのハンマーにこめられている意味を読み解くためです。車の構造を肌で理解したければ、実際に車を運転してみるべきでしょう? ハンマーだって使わないと、わからない」
「くるま? なんだそれは?」
「お願いします」
僕が頭をさげると、ダヴィは困惑したように、しばらくなにも言わなかった。
ダヴィは迷っている、というよりは、どう断ったものかと思っているようだった。言葉が出なかったのだと思う。あまりに予想外過ぎて頭が真っ白になっていたのではないだろうか。
そうして、ダヴィが面食らっている間に、ばーんとリズの作業部屋の扉がひらく音がした。
「グリムに魔剣を作らせるだって!?」
リズがドスドスと足音荒く素早く近づいてきた。
「本当かよ、親父!」
「親方」
「親方! ずるいじゃないか!」
「俺はまだ何も言っていない」
ダヴィはため息まじりに「そんなの、ダメに決まっているだろう……」とか言いかけた、というか言っていたと思う。
ただ、リズが同時に大声で話しはじめたものだから完全に負けてしまっていた。
「おれもやりたい! なあ、いいだろ、親方!」
「いや、だから……」
「グリムばっかずるいぞ! おれだって、グリムと同じレベルでハンマーは作れるじゃないか!」
「おい、リズ、聞けよ……」
「だいたい、親父は―――」
「ああもう! わかった! わかったから、耳元で叫ぶんじゃねえ!」
「ホントか、親父!?」
リズはパァッと明るい笑顔をうかべた。普段のちょっと斜にかまえたような非対称な笑顔とは全然違った。
「愛してるぜ、親父ィイ!」
「こら、ひっつくな!」
ダヴィは抱きついてきたリズをひっぺがして、放り投げた。しかし、リズは受け身をとってすぐにまたダヴィに抱きついた。
「親父ィイイイイ!」
「……」
ダヴィはすべてをあきらめた表情になって、僕をみた。
「魔剣、打ってもいいぞ」
「……なんか、すみません」
「ああ……」
ダヴィは、リズに頭をぐりぐりされて少しのけぞっている。まるで大型犬か山羊でも相手にしているような印象を受けた。
「気にするな。いい機会だった……。そう思うことにする」
「親父ィ!」
「ああもう、いい加減にしろ!」
「ぎゃあー!」
ついにダヴィはリズをぽいっと投げ飛ばした。リズは受け身をとったものの、けっこう痛かったようだ。頭をさすっていた。
「いたい」
「いつまでもしつこいお前が悪い」
ダヴィはふん、と鼻を鳴らすと、僕に向き直った。
「しかし、炉はどうするか……」
「一緒に使えないんですか?」
「自由に使いたいんだよ。俺がな」
まあまあ身勝手な理由だなあ……。
「はあ、そうですか」
「じゃあ、作ればいいじゃんか。その炉だって、親父が作ったやつだろ。おれとグリムで作るからさあ。親父、指示してくれよ」
「えっ、僕も?」
いきなり作業者に加えられていて焦った。なんだかハンマーからドンドン離れていっている気がする。
リズが子供のようにバタバタしている。
「なあ~、いいだろ~、親父ぃ」
「……親方」
「いいでしょう、親方ァ!」
「……」
ダヴィは遠い目をして、作業に戻った。
「好きにしろ」
「やったぜ! グリム、炉だけどさ、どこに作る?」
「ええと……」
「こっちがいいか!? いや、こっちか! うん、こっちだな! ここにしよう! どうだ!?」
「……いいんじゃないですかね」
「決まりだな!」
リズは嬉々として、巨大な四角い仮想物体を生成している。そんなにでかいカタマリを作って、どうするつもりなんだろう。まさかくり抜くのか。まさかな。
気づけば、ダヴィがハンマーを振る音が止んでいた。リズのことを見ているのかと思ったら違った。僕をみていた。「お前、これから大変だぞ」とばかりにうすーく笑っている。
「グリム! ちょっと来てくれ!」
「なんですか」
「ここのさあ、このへん、どうなってると思う?」
「どこですか?」
「ここだよ!」
「ダヴィさんに聞いたらいいんじゃないですか?」
「馬鹿! おんなじもの作るんだったら面白くないだろ! せっかくなんだから、好き勝手なもん、作ろうぜ」
「いいんですか、それで。遺物を加工するんですよね」
「いいんだよ、どうせ親父の懐が痛むだけだし」
「言い忘れていたが、遺物を無駄にしたら小遣いを減らすからな!」
遠くからダヴィの声がきこえた。効果はてきめんだった。
「ちゃんとした炉を作ろう」
リズはすっかり神妙な面持ちになって言った。
「やっぱり、好き勝手は、よくないな。なんたって商売なんだし」
「そうかなあ。遊び心は大事だと思いますが」
「馬鹿! そんな生意気は達人になってから言いやがれ!」
「さっきと同じ人とは思えないですね」
「おれは常に変化と進化を続けているからな」
「はいはい」
「ハイは一回だろ!」
「はい!」
「よろしい」
そんな風にしてわいわい作った炉は、やっぱり好き勝手な出来になった。なったのだが、なんだかんだダヴィも口うるさくチェックしてくれたおかげで、どうにか「ま、これくらいならいいんじゃねえの」と認められる程度の品質にどうにか落ち着いた。
僕とリズはハイタッチして喜んだ。
これで魔剣が作れる。
なんだか少しずつわき道にそれているような気はするけれど……。




