労働の話⑩
さあ、ダヴィのハンマーを真似ようと意気込んだ矢先だった。
「ちくしょう! ちくしょおおおおおお!」
突然、リズが叫びながら工房を出ていってしまった。置いていかれた僕とダヴィはお互いの顔を見合わせた。
「リ、リズさんはどうしてしまったんでしょうか」
「放っておけ」
ダヴィはリズが出ていった入口をみつめながら、腰を下ろし、作業に戻った。
「お前に追いつかれたのがショックだったんだろう」
「よくわかりません」
「わからないことは職人としては望ましい性質だが、人間としては……、どうだろうな。万人受けはせんだろう」
「あの、僕、リズさんのおかげでここまで来れたんです」
ダヴィはけげんな顔で僕を振りかえった。
「ですから、リズさんが作ったハンマーが立派だったから、成長できたってフォローすれば、きっと……」
「やめろ」
ダヴィはくるりと背を向けた。
「そんなこと、リズには言うな」
「どうしてですか? あ……、これも無神経ってやつなんでしょうか」
「……どうだろうな。俺もそのあたりの機微、というやつはよくわからん。あいつは繊細過ぎるところがある。俺にはない面だ」
「……? あの、でしたら、どうして止めるんですか?」
「人の心、というやつは俺にはわからんが、職人としての心構えなら、わかる。お前のふぉろーというやつは、要は褒めて機嫌を直してやろう、ということだろう?」
「えー……と、まあ、そうなります……ね」
「俺たちは、孤独なんだ」
ダヴィはハンマーを振るって作業を始めた。
「より良いものを作りたいと願っている。願って物を作る。それはきっと古今東西、全ての職人に共通している」
「そうとも、限らないのでは……」
「……そう願わない奴など、俺は職人とは認めん」
すごい暴論が出てきた。
「より良いものを作るうえでは、わからないことの連続だ。どうすれば直面している問題が解決するのか……、いや、そんなのはまだいい方だ。そもそも何が問題なのかさえわからない。そんなのばっかだ」
ダヴィはふっと、口元に笑みを浮かべた。
「答えを教えてくれる者はいない。知っている者もない。そもそも俺と同じ疑問を持っているものさえ……、どこかにいるのか、いたのか、いつか現れるのか……、なにもわからない。言葉で伝達できるような問いや答えではないのかもしれん。だから俺たちは一人で孤独に耐えねばならない。問いも答えも、自分で解決しなければならない。報われることなど、無い。
それでいいんだ。好きでやってんだからな」
「だから……、リズさんにも一人で、孤独に耐えろと?」
「そういうことだな。自分自身の心もコントロールできなくて、一人前になど、なれるものじゃない」
「それは厳し過ぎませんか? 彼女はまだ子供じゃないですか」
「お前、鏡見たことあるか?」
ダヴィは呆れたような目で僕をみた。
「あいつは、子供だが、職人を目指すものだ。だから、手を貸すな」
「……」
僕は口をへの字に曲げた。
「ひょっとして、ダヴィさんが逃げてるだけなんじゃないんですか?」
「あ?」
そのとき、魔剣を打つ音が少し外れたような気がした。ダヴィは魔剣をみて思い切り顔をしかめた後、振りかえって僕をにらんだ。
「す、すみません……」
「俺が逃げてる、だと?」
ダヴィの声は相変わらず、低くドスが利いていたが、伊達に一か月も一緒にくらしていない。それが純粋な疑問だと、僕にはギリギリわかった。
「どういう意味だ?」
「ダヴィさんが、どうリズさんを励ませばいいかわからないから、そんな孤独がどうとか理屈をこねて、逃げてるんじゃないか、って言ってるんです」
「なんだと、俺は……」
ダヴィは反論しようと口を開いたが、そのままゆっくりと閉じた。振り返り、ハンマーを作業台に置いて、真っ赤に燃える遺物を水につけた。
「えっ」
僕は驚いた。遺物はジューッと音を立てている。ものすごい勢いで水が沸騰し、湯気が立つ。ある程度、冷めたところで、ダヴィは遺物を取り出して金床に置いた。
「お前、なかなかやるな」
ダヴィはのっそりと、工房の外へむかった。
「俺の心まで砕くなんてな……」
「ええ?」
「集中できん。一人で考える。今日の仕事は休みだ」
「ええ……」
「お前は続けててもいい。火は使うなよ」
ダヴィは工房の外から、指だけ指して僕に指示した。
僕はゆっくりと、腰を下ろした。
「はい……」
僕は誰もいなくなった工房で、一人もくもくとハンマーを作り続けた。




