6話 努力の成果を見せる時!
ローラーバランスの練習を始めてから約一か月。
この日、ロシェはリーチェスタン商会近くの大広場にいた。以前、バーテルの前で転んだところだ。
今日も商品の説明会があるので、もう少ししたらバーテルがここを通るはず。
「よいしょ、っと」
ロシェは持っていた板と大きな袋を置くと、さっそく準備。
袋の中から台と筒を取り出す。
まずは踏み台を設置。高さは80cmを超えている。
そこに金属製の筒を置くと、上に木の板をそっと乗せた。
それから少し離れて、見え方を確認。
「もう少しこっちのほうがいいかも」
ロシェは戻ると、置いた道具を動かす。
バーテルが来る方向はわかっているので、来たバーテルによく見てもらえるようにしたいのだ。
そうしていると、
「――おっ、なんかやるみてえだ」
「ほんとだ!」
と近くにいた人たちが集まってくる。
道具からして、大道芸をするであろうことは誰でも予想がつく。
自分も彼らの立場だったら、ちょっと見ていこうと足を止めていた。
だから、数人の観客は想定内だ。
「――道具からするとローラーバランスをやるようじゃな」
「見ていきましょうか」
「――ママ、あのお姉ちゃん何やってるの?」
「これから芸を披露してくれるみたいね。見させてもらおうか?」
「うん!」
準備を続けていると、一組、二組とさらに人が近寄ってきて、
(えっ、こ、こんなに?)
気付けば観客の数は三十を超えていた。
この数はさすがに想定外。
緊張が強まり、心臓がバクバクと音を立てる。
失敗したらどうしようと、弱気まで顔を見せてきた。
でも、ここで引くわけにはいかない。
今日のために、精一杯努力してきたのだから。
(大丈夫っ! 大丈夫だ!)
ロシェは自分にそう言い聞かせ、深呼吸する。
そしてめいっぱい口角を上げると、観客たちに向き直って深く礼をした。
まだバーテルの姿は見えないが、それでいい。
今から始めれば、ちょうどクライマックスのところでバーテルが来るはず。
多少遅れてもパフォーマンスを引き伸ばせばいいだけだ。
「今から芸やります! まだまだ始めたばかりですが、よければ見ていってください!」
ロシェは踏み台に乗ると、先ほどセットした板の上に右足を乗せる。
それを見る観客たちの顔は心配そう。
幼い女の子なんかは母親の服の裾をぎゅっと握っている。
「ほっ!」
続いて、左足も乗せた。
瞬間、筒が左右にゆらゆら動き、観客たちから小さな悲鳴が上がる。
だが、今のロシェにはこの程度余裕だ。
身体の軸を意識して、広げた両手でバランスを取ると、すぐに安定した。
観客たちの悲鳴は「おー」と歓声に変わり、拍手を送られた。
「すっごーい!」
とは女の子の言葉だ。
楽しそうに目をキラキラと輝かせている姿は、ロシェが女性パフォーマーのジャグリングを見ていた時と同じだった。
ロシェは嬉しくなって女の子に微笑む。
そして「ふん!」と気合いを入れると、ゆっくりと右足に体重を乗せていき――
「はっ!」
左足を上げた。
右足だけでの一本立ちだ。
「おー!」
またしても観客たちから歓声が上がる。
先ほどよりもずっと大きな声だ。
ロシェはしばらくその姿勢をキープすると、次は足を入れ替えて左足での一本立ち。
そうして三度の歓声を浴びていたところで、ロシェははっとする。
(来たっ!)
バーテルが広場に姿を現した。
こちらに向かってくるが、それは通り道なので当然のこと。
今からロシェはじっくりとパフォーマンスを見てもらうため、バーテルの足を止めねばならない。
(やるぞ!)
今こそ努力の成果を見せる時!
ロシェは両足に力を込める。
そしてバーテルがすぐ近くまで来たところで、ためた力を解き放ってジャンプ!
右足と左足を同時に着地させなければ、筒が転がり、ただちに転倒してしまう。
非常に危険で高難度な技だが、ロシェは見事に着地に成功。
すぐにバランスを取って身体を安定させた。
「やべえ!」
「すっご!」
「怖いもの知らずかよ!」
観客の反応も上々だ。
(よし!)
肝心のバーテルも足を止めてくれた。
観客たちのように笑みや驚きはなく、いつもと変わらずの真顔だが、それでもいい。
クライマックスはここからだ。
ロシェはズボンのポケットから玉を三つ取り出した。
「いきます!」
そして板の上でバランスを取りながらお手玉。
玉のキャッチと身体のバランス、どちらにも注意を払わなければならず、超がつくほど難しい。
見ていてそれがわかったのだろう。
「「「おーー!!」」」
観客たちから今日一の歓声があがった。
ロシェは手応えを感じながら、お手玉を続ける。
バーテルの反応が気になったが、玉から目を離すわけにはいかなかった。
「――よっと」
しばらくして、ロシェは踏み台に戻る。
落下して大きな音を鳴らさないよう、すかさず板と筒を回収すると、そばに置いてから観客の前へ。
「ありがとうございましたー!」
ミスひとつなく、パフォーマンスを終えることができた。
完璧な出来に、我ながら誇らしく思う。
最後に深々と頭を下げると、大きな拍手を送ってもらえた。
それに感激しながらロシェは顔を上げ、ちらりとバーテルを見る。
どんな反応をしているか、気になって仕方なかった。
(わっ!)
なんと、バーテルも拍手してくれていた。
ロシェはぱぁっと顔を明るくする。
(あれ?)
しかし、すぐに首を傾げた。
拍手こそしてくれているが、表情は来た時のまま真顔だったのだ。
漫画でヒーローが『おもしれー女』と言う時は、決まって微笑んでいたというのに。
というか、とてもおもしれー女と思っていそうな雰囲気ではない。
「あっ……」
パフォーマンスが終わったからか、バーテルは去っていってしまう。
それを見て、ロシェはがくりと首を首を垂れる。
(また失敗かぁ……)
ローラーバランス自体は大成功に終わったが、芸はあくまで手段。
目的はバーテルにおもしれー女と思ってもらうことなのだ。
ロシェは大きな溜め息を吐く。
今日のために一か月もの時間をかけ、それでも目的を果たせなかったのだから当然だ。
しかし、ロシェはすぐに首を横に振った。
(次頑張ろう!)
失敗しても諦めず、すぐに前を向くのがロシェの長所であった。
胸の前で両手を握り、ふんす! と決意を新たにしていると、二人組の観客がずいっと近づいてくる。
「見事だったぜ、嬢ちゃん!」
「金はどこに入れりゃいいんだ?」
「えっ?」
ロシェは目を瞬く。
少しして、以前広場で見た女性パフォーマーのことを思い出した。
(そうだ、お金入れてもらう用の箱!)
ロシェは持ってきた荷物を見る。
台や筒を入れていた大きな袋があった。
お金をもらえるほどのパフォーマンスを見せられた自信はないが、一応袋の口を広げて地面に置く。
「こ、ここにお願いします!」
すると、おひねりについて言ってくれた男性以外にも多くの人がお金を入れてくれた。
その中には、小さな女の子の姿もあり、笑顔で「楽しかった!」と嬉しい言葉もかけてもらった。
この芸はバーテルにおもしれー女と思ってもらうために身につけたもの。
でも、こんなにも多くの人が喜んでくれるのなら、これからも時々パフォーマンスをしてみよっかな。
ロシェは観客たちを見ながら、そんなことを思うのだった。




