5話 ローラーバランス
翌日。
今日は店休日。
ロシェは幼馴染で親友のマリーと遊ぶ約束をしていた。
「ふふふーん!」
昨日は失敗してしまい、まだ次の案もまだ浮かんでいないが、それはそれ。
ロシェはこの日をとても楽しみにしており、上機嫌に支度をする。
「よし!」
準備完了。出発!
マリーの家はロシェの家兼店舗の三軒隣にある。
家を出て十秒ほどでマリーの家の前に着き、ドアノッカーを鳴らそうと手に取った瞬間、
「あっ、ロシェ!」
赤髪の少女が家から出てきた。
「やっほ! お久しー!」
「久しぶりー……って一週間前も遊んだじゃん」
マリーがじとーっとした目でロシェを見る。
それを受けて、ロシェはわたわたと手を振った。
「いやいや、一週間も経ってるんだよ! 十分お久しじゃん!」
「はいはい、そうですねそうですね。お久しお久しー」
「もー!」
「あはは。じゃ、行こっか!」
「うん!」
ロシェとマリーは広場へとやってきた。
ロシェが転ぶ練習をしていた、自宅から近いほうの広場だ。
「ん? なんだろ、あれ」
広場の中央に人だかりがあった。
「見に行ってみよっか」
マリーの提案にロシェが「うん!」と頷き、二人は人だかりのほうへ。
すみません、すみませんと人をかきわけていき、やがてスポッと最前列に出る。
人の輪の中央で、若い女性が細長いピンをお手玉していた。そう、ジャグリングである。
ロシェとマリーはぱっと表情を明るくして、顔を見合わせる。
「「大道芸だ!」」
ロシェは女性に視線を戻すと、芸を鑑賞する。
女性が扱っているのは、色がついたピン。大きさはエールの瓶くらいか。
それが五本。左右の手で交互に受け渡すようにピンを投げては、キャッチを繰り返している。
「すごーい!」
投げられたピンは吸い付くように手に収まっていく。
非常に安定感があり、五本も操っているというのに落とす気配がまったくない。
自分だったら二本でもできないだろう。
いや、繰り返していたら、一本でもミスしてしまうかもしれない。
まさに神業であり、ロシェは一挙手一投足に目を奪われていた。
その後もさまざまな技を披露していた女性は、高々とピンを放り上げた。
その場でクルッと一回転し、一歩前に出ると、背中に回した手でキャッチする。
「おおっ!」
「すげー!」
大技に観客たちはドッと湧き、拍手が起きた。
「わぁー!!」
もちろんロシェも。その場にいる誰よりも大きな拍手を送る。
そんな中で、女性は深々とお辞儀した。
「お楽しみいただけたでしょうかー! よければご支援お願いしまーす!」
女性が前に箱を置く。
それを見て、ロシェは一目散に飛び出すと、箱に銅貨を二枚入れた。
決して多くはないが、ロシェにとってはそれはもう貴重なお小遣い。
楽しませてもらったお礼の気持ちだった。
「ありがとうございます!」
女性がニコリと笑う。
とても素敵な笑顔で、つられるようにロシェも頬を緩める。
「こちらこそです! これからも頑張ってください!」
そう返して、ロシェはその場を後にした。
「――いいもの見れたねー!」
隣を歩くマリーが言う。
「うん、面白かった! ……っ!」
自分の言葉に、ロシェははっとする。
女性のパフォーマンスは見ていてとても面白かった。
そんな面白い芸ができる女性――それすなわち『おもしれー女』なのではないか。
ならば自分もあのようなパフォーマンスができたなら――。
ロシェはグッと拳を握る。
次にやるべきことが決まった。
「どうしたの?」
マリーが不思議そうに首を傾げる。
「ううん、なんでも。あっ、見て! あれ美味しそう!」
「ほんとだ! でもめっちゃ並んでるね。どうする?」
「並ぼう! あんなに並ぶってことは、それだけ美味しいって証拠だし!」
「確かに。りょーかい!」
その日の晩。
自室でロシェは机に向かっていた。
広げたノートには、『ジャグリング』『綱渡り』『アクロバット』『バランス取るやつ』などと書かれている。
ロシェはいつものように、腕を組んでうーんと唸る。
そう、どの芸に挑戦するかを考えているのだ。
「うん、決めた! バランス取るやつにしよう」
考えた末、ロシェは転がる筒に板を乗せ、その上でバランスを取るパフォーマンス――ローラーバランスを選んだ。
道具を揃えるのが簡単で、スペースを取らないため物置とかで練習できそう。
そして何より、バランス感覚にはちょっと自信があった。
「じゃ、さっそく!」
『思いついたらすぐ実行』がロシェのモットーである。
部屋を出るとリビングに向かう。
「お父さーん! まあるい筒とおっきめの板なーい?」
「はぁ? なんだ突然」
「今日、マリーと大道芸を見てね、わたしも何かやってみたいなーって思って!」
「うーん……。筒と板か。ってことは、あれか? 上に乗ってバランス取るやつでもやるのか?」
「そう、それ!」
「となると、金属製の筒と分厚い板だな。それなら倉庫にあるかもしれん。見てみるか」
「ありがと、お父さん!」
およそ三十分後。
ロシェは物置で気合いを入れていた。
目の前には、寝かせた筒に板を乗せたものがある。
筒は金属製で、長さ約50cm、直径20cmほど。
元は油の保管容器で、蓋と底を父がくり抜いてくれたおかげで、こうして綺麗な筒状になった。
木板は、長さ70cm、幅30cmで厚さは3cm。
角がちょっと丸みを帯びている。
前に母が使っていたローテーブルの天板だ。
ロシェは棚に手をかけながら、筒の上に乗せた板の上に右足を乗せる。
「わっ、とと」
体重をかけるとそれだけで筒が左右にぐらぐら動く。
改めて不安定さを実感した。
「よ、よーし」
深呼吸してから、えいや! っと左足を浮かす。
瞬間、つるっと板が滑った。
「っぶなー……」
棚に手をかけていなければそのまま身体も持っていかれ、転倒してしまっていただろう。
ロシェはふぅと息を吐くと、筒と板をセットし直す。
「今度はもう少しゆっくり」
そして再び挑む。
この日、ロシェの練習は日付が変わるまで行われた。




