3話 おもしれー女への第一歩
翌朝。
ロシェは自室の机に向かって、うんうんと唸っていた。
バーテルにおもしれー女と思わせるにはどうすればいいのか、その方法を考えているのだ。
昨日、自分なりの方法でおもしれー女を目指すと息巻いていたものの、結果はこの通り。
いい案がまったく思い浮かばない。
「おい、まだ寝てんのかー?」
下から父の声が聞こえ、ロシェははっとする。
時計を見ると、そろそろお店を開ける時間。
早く行って開店準備を手伝わなければ。
「すぐ行くー!」
ロシェは大声で答えると、急いで階段を駆け下りていく。
「よいしょっと」
店の入り口すぐのところに野菜を入れたカゴを置く。
これで商品の陳列は完了。
自分の仕事を見て満足そうに「ふぃー」と声を漏らすと、袖で額の汗を拭った。
「――きゃっ」
聞こえてきた声に、「ん?」と顔を向ける。
すぐ近くに若い男女がおり、男性が寄りかかる女性を支えていた。
「びっくりしたー」
女性が体勢を立て直しながら言う。
「びっくりしたのはこっちだよ。何もないところでこけるとか。ドジっ子か」
「うるさいなー!」
女性がぽかぽかと男性を叩く。
といっても見るからに力が入っていないので、ただじゃれているだけのようだ。
「ははは、ほんと面白いな、お前は」
男性は優しく微笑み、愛おしそうに女性の頭を撫でる。
それを受け、女性は「もー」と言いながら、男性の腕を胸に抱きついた。
そして二人は幸せオーラ全開で歩いていく。
仲睦まじいカップルを見るロシェの目は、キラキラと輝いていた。
(これだ!)
ロシェにはよくわからないけれど、女性が転ぶと男性は面白いらしい。
ということは、自分もバーテルの前で転んで見せれば――
「よし!」
これからやることが決まった。
店の営業終了後。
ロシェは両親に「ちょっとマリーと会ってくる」と嘘をついて、家を出た。
マリーは幼馴染で親友の女の子だ。
そして向かった先は近くの広場。
広場を囲うように円状に店が並んでいる。
もう夜だからか、ほとんどの店が閉まっている。
ロシェはそのうちの一軒の前に立った。
店の大きなガラスに反射して、まるで鏡のように自分の姿や背景が映っている。
(うん、しっかり映ってる)
自分を見ながら、一歩、二歩とゆっくり歩き出す。
そして五歩目。
ロシェは前に出そうとする足をもう片方の足に引っ掛けた。
上手く足が出せずにバランスを崩してしまう。
「っとと」
急いで足を出したことで転倒は避けられた。
だというのに、ロシェは浮かない顔。
(めちゃめちゃわざとらしかった……。こんなんじゃダメだ)
近いうちにロシェはバーテルの前でわざと転ぶ。
その際に、わざと転んだことを見透かされたら目も当てられない。
だから自然に転んだように見せる技術が必要であり、その技術が自分にあるか確認したのだ。
結果は全然ダメ。
自分でも『そうはならんだろ』と思うような不自然な足運びだった。
「よし、もう一回!」
ロシェはガラスを見ながら、もう一度ゆっくり歩みを進める。
今度は前に出した足をあえて滑らせてみる。
すってーんと尻餅をついた。
「いてて……」
うぅ、とロシェはお尻をさする。
さっきよりは上手くできたが、これはちょっと危ない。
それに派手すぎておもしれーと思われるか不安だった。
「なんか、こう……もっとちょうどいい感じにしたいよね」
ロシェは目を閉じて考える。
やがて「うん、これだ」と頷くと、再び歩き出した。
それから一週間が経った。
「――完璧!」
あれから毎晩転ぶ練習を繰り返していただけあって、ずいぶんと上手に転べるようになった。
ポイントは何かを踏むこと。
小石でも段差でも、とにかく何かを踏んでそこに体重をかければ、簡単に身体の重心がズレる。
その際にバランスを取り戻せなければ転ぶのだ。
この気付きのおかげで、もうわざとらしさは皆無。
転び検定があったなら、一級を取れるほどの腕前だ。
だが、ロシェは自分を過信しない。
自然だと思っているのは自分だけで、他の人から見たらまだまだ不自然かもしれない。
「試してみよう」
ふんすと気合いを入れると、リビングへ。
父は新聞を読んでおり、母はみかんを食べていた。
ロシェは足元を素早く見渡し、
(これだ)
扉の下のわずかな段差に目をつけると、いざ挑戦。
右足で盛り上がっている部分を踏み、そこに全体重をかける。
すると、身体が自然と前に倒れていく。
そこから0.4秒ほど。
まさに床に倒れ込む寸前に急いで左足を出す。
「おっとと」
勢いで数歩進み、止まる。
これが一連の流れだ。
ロシェはばっと両親を見た。
二人も自分を見ており、母が一言。
「大丈夫?」
「あ、うん。つまずいちゃった」
「気をつけろよ」
そう言って父は新聞に目を落とす。
笑いは取れなかったが、それは自分がかわいい娘だから心配が勝ったのだろう。
ロシェはそう分析した。
ともあれ、わざと転んだと突っ込まれることはなかった。
つまり自然に転べている――完璧だということだ。
(イケる!)
小さくガッツポーズすると、父に「はーい」と答えて自室に戻った。
「むふふ」
扉を閉めるなり、ロシェは笑った。
転んだ自分を見て、『おもしろいな、君は』と微笑みかけてくるバーテル。
そこから恋に発展し、やがて結婚。
二人の子に恵まれ、幸せな食卓を囲んでいる。
――そんな光景を妄想していた。
「これでバーテル様の心を射止めるぞー!」
ロシェは「おー!」と拳を天に突き上げた。




