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深紅の瞳に囚われて  作者: Marron
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第七話:羽の影


療養期間も、残りわずかとなった。

柚祈は目に見えて、ソファに体を預けてリラックスする時間が増えていた。

けれど、何もしないのも落ち着かないようで、時折ストレッチや軽い筋トレをしている。

そんな日の午後だった。


「柚祈、スマホ持ってソファに来て」

悠人が、並んで座るように促した。


言われるまま、柚祈は悠人の隣に腰を下ろす。

悠人は柚祈のスマートフォンを借りると、手慣れた手つきでアプリを入れ、設定を済ませていく。


「はい。どうぞ」

「……? 知らないアプリ」

「開いてごらん」


そこには、お掃除ロボット、洗濯機、リビングのライト、寝室のライト……。

いくつもの項目が、整理されて並んでいた。

悠人が試しに、画面上のお掃除ロボットをタップする。


途端に、リビングの隅の基地で待機していたロボットが動き出した。

「……わっ」

柚祈が、驚いて肩を揺らす。


「アプリで動かせるようにしておいたよ。ライトも、好きな色にできるよ」

「……」

「それで、これからは、お掃除と洗濯、柚祈の担当にしてもいいかな?」

それを聞いた瞬間、柚祈の顔がぱあっと明るくなった。

ただ居るだけではない。

役に立てる役割があることが、柚祈には何より嬉しかった。

「……うん。やる!」

柚祈は夢中になって、ライトの色を調整したり、ロボットの動きを追いかけたりし始めた。

その姿を見て、悠人は心の底から、家電を整えて良かったと感じていた。


数日後。

訓練に復帰した柚祈は、昼戦を想定したシミュレーションに没頭していた。

その様子を見守っていた悠人のもとに、軍の監督官が近づく。

「悠人君。面会希望者が来ているよ」


柚祈は単独訓練の最中だ。

「終わったらすぐ呼んでください」と監督官に伝え、悠人は面会場へ向かった。


心当たりはない。

一抹の不安を抱えながらドアを開けると、そこに立っていたのは、二十歳近く歳の離れた実兄だった。


悠人の表情が、わずかに強張る。

「久しぶりだな、悠人」

「お久しぶりです、お兄様。……今日は、どのようなご用件で」

「特に用はない。出来損ないの弟が元気か、見に来ただけだ」

「そうですか。では、失礼します。この後、予定がありますので」


切り上げようとする悠人の背中に、兄の冷ややかな声が突き刺さる。

「そういえば。父様から聞いたぞ。急に金が必要になったそうだな」

悠人の足が、止まる。

「父様も不思議がっていたよ。今まで一度も欲しがらなかったお前が、急に電話を寄越すから。」


兄が、ゆっくりと悠人に近づき、耳元で囁く。

「あの深紅の眼。いいよなぁ。色は、まぁ、ありきたりだが、あそこまできれいに澄んでいるのは珍しい。……私が買い取ろうかな」

一瞬。

悠人の内側で、何かが煮えたぎった。

すぐさま振り向き、実兄を射抜くような鋭い視線を無意識に放つ。


それを見た兄は、答え合わせができたと言わんばかりに下劣な笑みを浮かべた。

「はは、いい顔だ。……じゃあ、“また”な」

兄が去ったあとの静寂。


悠人は初めて、「奪われる」という恐怖に、生々しい現実味を感じていた。

あの羽を、守らなければならない。


訓練場に戻れば、そこには病み上がりとは思えない動きで舞う、柚祈の姿があった。

背中には、鮮やかな羽。

囲い込みたい。けれど、自由にさせたい。

その矛盾が、悠人の胸を激しく締め付ける。


訓練が終わり二人で家へと帰る。

玄関を抜けると、中は完璧な静寂に包まれていた。

柚祈は靴を脱ぐと、すぐにリビングの隅にしゃがみ込む。

お掃除ロボットの、仕事の成果を確認して、満足そうに頷いた。

そのまま立ち上がり、壁のスイッチに触れる。

リビングの照明が、柔らかく、暖かい色に変わった。

「……うん」

独り言のような、小さな満足の声。


外で張りつめていたものが、ゆっくりとほどけていく。


その後2人は向かい合って夕食を食べた。

今日、悠人が誰と会ったのかを、柚祈は知らない。

箸を持つ悠人の手に、無意識に力がこもる。

——その羽を、折られる可能性があることを

悠人はもう知ってしまった。

それでも、この部屋には、

その未来を入れるつもりはなかった。


視線に気づき、柚祈が顔を上げる。

「……?」

「……ううん。元気になって良かったなって」

悠人は視線を外し、思考を奥底に沈めた。

この静けさを、誰にも奪わせるつもりはない。

それだけを、自分の心に深く、無色透明に塗り固めて。


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