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深紅の瞳に囚われて  作者: Marron
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第六話:静かなる変容


倒れてから三日が経った。

柚祈の熱は、ようやく平熱まで下がった。


寝室に来た悠人に、柚祈は上体を起こして告げる。

「……明日から、訓練に戻れると思う」

「まだ顔色が悪いよ?無理してない?」

「でも、こんなので倒れるなんて……価値がないと思われるの嫌」

「そんなことないよ。それに、さっき軍から連絡が来たんだ」

悠人が差し出した端末には、ある指令が並んでいた。


『今回の体調不良は想定外である。

長期運用を見据え、十日間の完全休養を命ずる。』

そこには、柚祈を人間として労わる温度は一切なかった。


「……え、十日も?」

「そう。だから、その間に家を整えちゃおうと思うんだ」

「うん??」


悠人の言葉通り、翌日から業者が入り、リフォームが始まった。

工事の音と他人の気配が、家の中に充満する。


悠人は、最新の遮音ヘッドフォンを柚祈の耳に当てた。

「ノイズを遮ってくれるから、これをつけてて。今日はここで、ゆっくりして」

ヘッドフォンは、外界のすべてを完璧に弾き出した。

柚祈は、用意された寝室の片隅で、ただ静かに膝を抱えていた。


三日後。

リフォームは、圧倒的な資金力で完成した。

特にリビングは、以前の面影を失うほど作り変えられていた。

かつてあった畳の小上がりスペースは、跡形もなく取り払われた。

その代わりに、広々としたフローリング。

光を吸い込むようなマットな質感のラグが敷かれている。

部屋の中央には、二人が並んでも持て余すほどの大きなソファ。

その傍らには、体を包み込むような一人用の丸いソファと、足を預けるオットマンが置かれた。

「……これ、全部変えたの?」

柚祈は、新しくなったリビングを見渡し、呆然と立ち尽くした。


さらに、家電はすべて静音モデルに変わり、稼働音一つ聞こえない。

「……ここまで、しなくても」

「嫌だった?」

「……嫌じゃない。けど、……お金、すごいんじゃ」

悠人は、柚祈の不安を溶かすように、穏やかに笑った。

「気にしないで。こういう使い方ができるのが、一番嬉しいんだ」

「……」

「また倒れたら、僕が嫌だからさ。ね?」

「……そっか」

そういうものだろうか、と柚祈は思う。

思考の解像度をあえて落とし、その答えを飲み込んだ。

この静寂を享受することにした。


その夜。

かつての畳ではなく、新しくなった大きなソファで初めてのガイディングが行われた。

腰を下ろすと、体が沈み込み、吸い付くような感触に包まれる。

悠人の指が、いつものように柚祈のピアスを引き下げた。

視線を合わせ、頬に手が添えられる。

流れ込む、透明な凪。

ソファの柔らかな感触と、外界を遮断した部屋の静寂。

それらが、ガイディングの感覚をかつてないほどに増幅させる。


「……楽だね」


柚祈が、ふと小さく呟いた。

今まで一度も口にしなかった、安堵の吐露。


悠人の口元が、ほんのわずかに緩んだ。

自分が整えたこの凪の中で、柚祈が沈んでいる。

その事実に、悠人は自分でも自覚できないほどの歪な悦びを覚えていた。


ガイディングを終え、二人はそれぞれの寝室に向かう。


柚祈は、ふかふかのベッドに身を沈めた。

清潔な布団の感触に包まれながら、ここ数日の変化を思う。

(誰かが用意してくれた場所で、こんなふうに息をしていいんだ)

そう思えただけで、今は十分だった。


一方、悠人は静まり返った家を見渡した。

時計の針の音さえ聞こえない、完璧な静止。

(柚祈が息をするには、ちょうどいいだろう。僕にとっては、少し落ち着かない場所だけど)

ラックに並んだ冷たい報告書に触れ、悠人は一人、目を閉じた。

(今は、これでいい)


二人の間に流れる時間が、静かに、確実に深まっていく。


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