第十四話:成長の兆し
あの検査から一週間。
柚祈を取り巻く環境は、目に見えて色を変え始めた。
訓練カリキュラムの負荷が、一段階引き上げられた。
単なる個人訓練ではない。
他のセンチネルとの合同訓練においても、柚祈だけに「特殊条件」という名の枷が嵌められるようになった。
その余波は、ガイドである悠人の元にも届く。
これまでの週一回の定期報告に加え、訓練があった日は必ず、その後の柚祈の状態を詳細に記した報告書の提出が義務付けられた。
軍の意図は明白だ。
どのような刺激が柚祈の能力を揺さぶり、宝石化進行率(GR)を効率的に跳ね上げるのか。
そのための「研磨データ」を求めている。
悠人はその意図を正確に理解した上で、決して軍に望む正解を与えないよう、慎重に言葉を選んでいた。
連日の過酷なスケジュールは、柚祈の身体を確実に削り始めていた。
以前のように倒れるほどではないが、帰宅した柚祈はすぐにソファへ身を沈め、動かなくなる。
悠人は無言で部屋の明かりを落とし、強い刺激を嫌う柚祈のために最低限の光だけを残した。
「疲れた?」
悠人が傍らに寄り添い、低く穏やかな声で問いかける。
柚祈はクッションに顔を埋めたまま、長い沈黙の後に答えた。
「…………………たぶん」
以前なら、どんな状態でも「大丈夫」としか言わなかったはずだ。
その柚祈が、自分の内側の綻びを曖昧な言葉にして漏らした。
その小さな変化に、悠人は静かな感慨を覚える。
しかし、ガイディングは、いつもよりずっと困難を極めた。
ソファに座る悠人の前で、見上げる形になった柚祈のピアスを軽く引き、左頬に手を添えて視線を重ねる。
いつもなら数分で凪ぐはずの柚祈の内側は、二十分経っても情報の濁流が収まらない。
ようやく呼吸が整い始めた頃、柚祈が申し訳なさそうに視線を落とした。
「……悠人、ごめん。疲れるよね」
「僕は疲れてないよ。……柚祈こそ、疲れてる?」
「訓練の時の、光とか……音とか、他人の気配が、いつもより消えにくくて。……なかなか、綺麗にならない感じがある、かも」
ガイディングの心地よさに浸りながらも、柚祈の表情は固い。
自分が原因で、悠人の負担が増えること。
それだけが、今の柚祈にとっての懸念なのだ。
「僕は大丈夫だからね」
「……でも、報告書も増えたんでしょ? 私が書けたらよかったのに」
「いいよ。それも僕の仕事だ」
「でも……」
「『でも』じゃない。はい、明日も早いんだから、もう寝るよ」
悠人はそれ以上の追及を許さず、ソファから柚祈を立たせて寝室へと押し込んだ。
「……ありがと。おやすみなさい、悠人」
「うん、おやすみ」
柚祈を寝かしつけた後、悠人はリビングを片付けて自室に入った。
ノートパソコンを開き、今日の訓練記録を確認する。
災害現場を想定した救助訓練。
複数のセンチネルが連携し、一般人の気配を探り当てる――。
悠人はふと思い立ち、直近数日分の訓練内容を遡って照らし合わせた。
昨日、一昨日、そしてその前。
……点と点が、静かに繋がっていく。
単独の戦闘訓練の日と、他者との連携や不特定多数の捜索が混ざる日。
その違いと、手元に残るガイディング時間の記録が、一つの可能性を指し示している気がした。
そして、悠人は、今日の報告書の作成を開始した。
就寝時間、起床時間、食欲、疲労度。事実を淡々と記入し、最後に設けられた記入を義務付けられている『特筆事項』の欄に差し掛かる。
『他者との連携ーー』
そこまで打ち込み、悠人は動きを止めた。
……これは、まだ外に出すべき情報ではない。
悠人は静かにDeleteキーを押し、打ち込んだばかりの文字列を消し去った。
代わりに、『連日の訓練による疲労はあるが、管理可能な範囲内である』と書き直し、送信ボタンを押した。




