表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深紅の瞳に囚われて  作者: Marron
PR
15/20

第十三話:評価の代償


朝の光が差し込む食卓。

悠人は手際よく皿を並べ、柚祈の前に温かなスープを置いた。

「今日は柚祈が検査の後で座学。僕が講習を受けてから座学。……だったよね?」

「……ん。あってる」

「終わったら教室で合流しよう。忘れ物はない?」

悠人がいつものように穏やかに問いかけ、柚祈を送り出す。

検査会場は、体育館のように無機質で広い空間だった。

大勢のセンチネルが押し込められ、独特の静寂と緊張が漂っている。

柚祈は壁際に座り、ぼーっと視線を彷徨わせた。

一人、二人、三人と、視界に入る人間の数を数えて暇を潰す。

感情を動かさず、ただ時間をやり過ごすことだけに専念する。

名前を呼ばれ、冷たい空気の流れる小部屋へ通された。

壁一面のモニターと、五人ほどの白衣を着た担当者。

椅子に座らされると、事務的な声が降ってくる。

「本人確認のため、名前を」

「……柚祈」

「問題なし。じゃあ、眼は閉じないで」

一人が至近距離で覗き込んでくる。

「Rd、コード変更なし。測定開始」

両眼を覆うように、重苦しい機械が装着された。

「そのまま。動かないで。……C、0.12。GR、35」

数値を読み上げる声に体温はない。

機械が外され、次は採血と血圧の測定に移る。

腕に針を刺されている間、担当者たちはモニターを見つめ、ひそひそと会話を続けた。

「前回値と比較して……あー、なるほど。GRがこれだけ上がっているのに、Cが維持されている。いい傾向じゃないか」

「でも、まだGRが低すぎて先は見えませんよ」

「それならGMが80、FTはAか」

「いや、Sでもいいんじゃないか?」

「……Sに手を出すのはまだ早い。今はAに逃げたほうが。」

「……間を取って、AからSで」

記録の端に、YかZ。

そんな走り書きが付け加えられる。

柚祈には、その言葉の意味が一つも分からなかった。

身体検査を終えて待機室に戻ると、一禾が椅子に深くもたれかかっていた。

「あ、お疲れ。検査終わった? あいつらいっつも対応雑じゃない?」

一禾は腕の絆創膏を忌々しげに指差す。

「見てよこれ。採血失敗されて二箇所も刺されたんだけど!」

「……そうかな」

「そうだよ。眼を見る時もぐりぐりしてくるしさ。もっと優しく扱ってほしいよね。あ、柚祈はこれから訓練?」

「……ううん。勉強」

「そっか。私、まだ時間あるからここで時間潰してるけど、座学ならもう始まるよね。頑張って」

「……ありがと。一禾も頑張って」

「ばいばーい」

屈託なく手を振る一禾と別れ、指定された教室へ向かう。

座学用の部屋に入ると、すでに悠人が席に着いていた。

柚祈が隣に座ると、悠人はすぐにこちらの顔を覗き込んだ。

「お疲れ。疲れてない?」

「……大丈夫」

「なら良かった。……検査、どんなこと言われた?」

悠人の問いは、日常の確認のようにさりげない。

「検査中?」

「うん。眼を見られた後、その人たち何か言ってなかった?」

「……えっと。たぶん、Cが0.12? GRが30台だった。あと、SかAかで揉めてたと思う」

柚祈が記憶の断片を頼りに、断片的な数字を口にする。

「そうなんだ。ありがとう」

「……うん。……ん?」

悠人の微笑みに、柚祈は小さく首を傾げた。

検査結果は軍の最重要機密だ。

例えペアを組むガイドであっても、詳細な数値を把握することは許されていない。

だが、悠人の脳内には、かつて実家で叩き込まれた膨大な「宝石」の知識が眠っていた。

柚祈が口にした無機質な記号は、悠人の頭の中で即座に鮮明なグラフへと変換される。

(透明度が高いのは予想範囲内。……けれど、GRは思ったよりも進んでいないな。SやAは……FT、完成予測ランクの話か。……高すぎる。GRがこの値でSを出すなんて、普通はあり得ない――いや、あり得るのか?宝石としての価値しかみてないからな。奴らも判断を迷うことあるんだな)

悠人は完璧に、柚祈の「価値」を分析しきっていた。

教官の講義は、悠人の耳を素通りしていく。

先日の兄の言葉。

そして、今の検査で浮き彫りになった、柚祈への異常なまでの「期待」。

彼女は兵器としても、宝石としても、あまりにも高く評価され始めている。

悠人の胸が、鈍い痛みで締め付けられた。

隣で前を見つめる柚祈を、自由に羽ばたかせたい。

その願いは、今も嘘ではない。

けれど、周りにはその羽を強引に折り、標本にしようとする敵が多すぎる。

いつかその羽が折れるなら、最後に休む止まり木は自分でありたい。

だが、まだ今は、折らせるわけにはいかない。

座学の間、悠人は一度もノートを取らなかった。

どうすれば、外界の一方的な鑑定から柚祈を、その美しすぎる羽を守り通せるか。

それだけを、ずっと考え続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ