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深紅の瞳に囚われて  作者: Marron
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第十話:整えられる羽


一禾と遊ぶ日。

基地の外へと踏み出した、柚祈は外界の眩しさをカットする、淡いグレーのサングラスをかけていた。

服は、悠人が選んだ、無彩色のアンサンブル。

洗練された、綺麗めなカジュアルスタイル。


待ち合わせ場所にいた一禾は対照的に、オーバーサイズのパーカーにワイドパンツスタイル。

軽快な、メンズライクコーデだった。


「やっと来た!行こう、柚祈」

一禾に手を引かれ、ショッピングモールへ向かう。

その後ろを、悠人と海が、程よい距離で付いていく。


最初の目的地は、ガラス張りのセレクトショップ。

入り口で、一禾がくるりと振り返った。


「男子禁制! ここから先は、私と柚祈の時間だからね」


二人が店内に消えると、残されたガイドの間には、乾いた風だけが吹き抜けた。

広々としたベンチに隣り合って座るものの、隣の男から発せられる圧に耐えきれず、海が腰を浮かせる。


「……自分、コーヒー買ってきます。悠人さんもいりますか?」


「ありがとうございます。ブラックでお願いします」


戻ってきた海は、紙コップを悠人に手渡した。

温かな蒸気を逃がしながら、海は努めて明るい声で、世間話を振る。


「悠人さん、よくこんなにに大人しく待ってられますね」


「そうですか? 柚祈が楽しそうにしているのを眺めるのは、嫌いではありませんよ」

悠人は、店内の遠くでハンガーを手に取る柚祈の背中を見つめたまま答える。


「……柚祈ちゃんはそんなこと少なさそうだけど、振り回されるのって、疲れません? 俺なんて、たまに一人になりたいなーって思いますもん」


「一人に? ……考えたこともありませんでした。でも、柚祈が一人になりたいと望むなら、尊重しますよ」


「……ああ。それに、悠人さんって、柚祈ちゃんが何をしても怒らなさそうですよね」


「そんなことはないです。怒ることはありますよ」


海の手が、ぴたりと止まった。

冗談を言っているようには見えない、平坦な声だった。

「え、……それは、どういう時に?」


「さあ。どんな時でしょうね」

悠人は、緩やかに微笑んだ。

けれど、その視線は、海ではなく別の何かを見ているようだった。

背筋に冷たい水が走るのを感じた。


(どこまで聞いても、悠人さん本人の輪郭に触れないな)


その心を知ってが知らずか悠人が言う。

「海さんのところは、賑やかでいいですね」

悠人の声は、どこまでも穏やかで。

だからこそ、鋭い刃のように海の喉元に突き刺さった。


海はそれ以上、踏み込むことができなかった。




一方店内の柚祈は、戸惑いの中にいた。

悠人が選ぶ「王道」とは違う、エッジの効いたデザイン。

複雑なカッティングのシャツ。

独創的なシルエットのボトムス。


「これとかどう? 柚祈、こっちの方が絶対いいって!」


「……うん。全部、いいと思う」


「全部『いい』ってしか言わないじゃん! 今日は、柚祈の『好き』を買うんだよ?」


一禾の言葉に、柚祈はハッとして、申し訳なさそうに視線を落とした。


「……ごめん、なさい。……好きを、考えたことがないから」


一禾は息を吐き、直感的に察したような顔で柚祈の肩を叩いた。

「あーもう! 柚祈は考えるタイプじゃないんだからさ。着たいか、着たくないか。今日はそれだけで決めなよ」


「……着たいか、どうか」


それなら、分かる気がした。

二人はそこから、順調に服を選んでいった。


会計の時になって、二人とも財布を持っていないことに気づき、外の二人を呼びに行く。


「海、財布忘れたー!お金出してー!」

「えー、マジかよ」


渋る海を余所に、悠人は迷いなくカードを取り出した。

「僕が払うよ。一禾さんの分も一緒に」

スマートに支払いを終える、悠人。

海から見れば、それは「親切」を通り越した、得体の知れない余裕に見えた。


新しく買った服に、着替えた二人。

一禾は白いニットに、チェックのスカート。

柚祈は、一禾と色違いの、淡いベージュのニット。

よく見れば合わせて買ったことがわかる、シミラーコーデ。

「「似合ってるね」」

悠人も、海も、口にする。


けれど海は、その悠人の声に、ゾッとするような執着を感じた。


そして、悠人は、当たり前のように柚祈の荷物をすべて持った。

柚祈も、それを当たり前のように受け入れている。

対照的に、一禾は「はいっ」と海に大きな紙袋を押し付けた。

海が「重いって!」と笑いながら受け取る。

二つのペアは、同じ場所にいながら、同じ種類の関係ではなかった。


セレクトショップを後にし、昼食を食べにカフェに向かう4人。

柚祈と一禾がきたがっていたカフェは陽光が差し込むテラス席があるカフェだった。


メニューを開き、一禾と海は、ハンバーガーに決めたようだ。

悠人は、当然のように柚祈の顔を見なが注文する。

「柚祈、今日はデリプレートにしたら?君の好きそうな野菜が多いよ」

「……うん。そうする」

そして、悠人自身が選んだのは、柚祈もシェアできる、シンプルなパスタ。


料理が届くと、悠人は当然のように、自分のパスタを柚祈の皿へ分けた。


「これ、柚祈も好きだろう?」

「……うん?あ、おいしいね」

確信を持って分け与える、悠人。

疑いなく受け入れる、柚祈。


海は、思わず背中のシャツを引いた



食後のデザートを決めるため、またメニューを開く。

柚祈が、眉間に少しだけ皺を寄せた。

「ガトーショコラがある。でも、ベリーのムースも、……」

「柚祈、迷っているなら、半分こにしようか」

柚祈は小さく「……うん」と頷く。

そのやり取りを見て、一禾の眉が動いた。


デザートを待つ間、柚祈がお手洗いのために席を外す。

柚祈がいなくなっただけでテーブルは急激に冷え込む。

一禾は海と視線を交わし、意を決して切り込んだ。


「悠人って、柚祈をどうしたいの?」


海が冷や汗を流し、フォークを置く。

悠人は、ゆっくりと顔を上げた。


「どう、とは?」


「そのまんまの意味。自由にしたいのか、管理したいのか分かんない。さっきだって、柚祈がデザートを迷ってたら、すぐに『半分こしよう』って言ったでしょ?本人は何も言ってないのに。選択肢を渡しているようで、奪ってる。そんな関係は変じゃない?」

「変? ……そう、柚祈が言った?」

悠人の声から、温度が消えた。


「言ってないよね。それに、僕は彼女を管理したいなんて思ってないよ。……彼女が望むものを、先に準備しているだけ」

「でも!」

「でも? なに? 外部の君たちが、僕たちの何を知っているの?」


一禾は海を見るが、海は静かに視線を逸らす。

(これ以上は、ダメだ。踏み込んだら戻れない)

海は、一禾の手をテーブルの下で握り、一禾を守るため沈黙を選んだ。


柚祈が戻ってくると、空気は一変していた。

「……悠人、何かあった?」

「何もないよ。デザート、届いたから食べよう」




帰り道、一禾と海は、悠人の底知れない怖さに引き気味だった。

けれど、柚祈にとっては、

友達と笑い合った、初めての、眩い記憶だった。



部屋に戻ると、悠人が静かに荷物を置いた。


「……今日楽しかった?」

「うん。……これ、買ったやつ。見て」

柚祈が広げたのは、複雑なカッティングの黒のワンピース。

機能美の尖った、グレーのトレーニングウェア。


悠人が作り上げた"柚祈のための部屋"に入り込んだ明確な異物だった。

悠人は、そのエッジの効いた布地を見つめると拒絶反応が出そうになる。

丹念に塗り固めた凪が、他人の感性に汚されていく。


「……悠人。これ、私に似合うかな?」

真っ直ぐに自分を見つめる、柚祈の瞳。

悠人はその「異物感」を心の奥底に沈め、優しく微笑んだ。

「……うん。よく似合うよ、柚祈」


自分以外の色が混じっても。

この羽を休める場所が自分である限り、それでいい。

悠人はそう自分に言い聞かせ、色が増えても、羽の形だけは崩れないように。


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