名もなき姉弟のプロローグ
弟のレインが先に魔法に関わるお宝を見つけたことで、自分も何か見つけないと、と焦る。
お姉ちゃんとしてのプライドがある。そんなマリオンがひざをつき、必死になって水底を調べていたとき、首から下げていた許可証が水面に「ひらり」と落ちてしまう。
「あっ」
流れる水は、吹き抜けになっている中心から、大広間の外周へと向かい、壁面手前の隙間へと流れ落ちる。マリオンの学内通行許可証を乗せて、どうしようもない奥底へと向かって流れていく。
――大切な許可証が。
壁際へ必死に追いかけ、たどり着いた時には、許可証は外周と壁の隙間に流れ落ちる直前だった。マリオンは、水が激しく吸い込まれているその狭い隙間へ向かって必死に手を伸ばした。
「冷たいッ!」
水の中に手を入れた刹那、腕から全身に向かって激しい冷気が流れた。
幸運にも許可証は、冷たい水の底で静かに沈んでいた「なにか」に引っかかっている。十字架のようにも見えるどこか見覚えのある深紅の奇跡……。
慎重に、その深紅の十字架を許可証ごと手繰り寄せると、凍てついた水面から眩い新緑の生命光が放たれ、辺りは冷気を纏い美しく青白く染まっていく。マリオンは息をのみ、見つけたそれをゆっくりと地上へ露わにした。
「なにこれ……こんなの、見たことない」
マリオンの手には、一本の片手剣が握られていた。
離れた場所で夢中になって天井の幾何学的な文様を書き写していたレインも、儚く舞う氷の結晶を前に驚いて手を止め、甲冑の欠片と石を持っていたことすら忘れて、円の中心で天を仰いで立ちつくす。
三度の深い呼吸のあと、奇跡の正体をマリオンの手に見つける。
「すごい……すごいよ……」
息が白を帯びる。
「そうよね! そうよね! これで二人とも絶対に魔法学校にいけるわ!」
二人は興奮冷めやらぬ中、外周から流れ落ちる水音と、青白く降る氷結晶の幻想的な光の中で手を繋いで飛び跳ねて喜んだ。
◇
それからしばらくして、マリオンとレインは青白く光る剣と、あの構造式を刻んだ甲冑の欠片を持って、受付の部屋の戸を激しく叩いた。室内では、相変わらず本が山積みにされた机から腕だけが覗いており、「すぐに行くのでそのまま」と散らかった足元から寝ぐせの酷い先生が顔を出す。
そして、積み上がった本を「がしゃり」と盛大に崩して転倒する。
先生は自分が転んだことなど気にも留めずに、すぐさま眼鏡を「かちゃり」と掛けなおすと、マリオンが抱える片手剣に文字通り飛びついて、新緑の生命光を放つ持ち手と、青白く凍てつく刃先を前に、眼鏡の奥の目を限界まで丸くする。
「こんなこと、あり得ない……。いいからすぐ来て、ああ、でもこのままだと……!」
自分の上着を乱暴に脱ぐと、それで剣を包むようにしてマリオンに押し付け、詳しい説明もすべてほったらかしたまま、二人の手を引いて校舎を飛び出した。
中央の並木道を駆け抜け、美しく整備された石畳の区画に踏み入る。
見上げれば、魔法学校を中心に四方を囲む巨大な四つの塔のひとつが、太陽の方角に向かって要塞のように高くそびえ立っていた。
塔の長い影が伸びた先。国の中枢機関の入口で、先生は守衛に向かって高位の誰かを呼んで貰えるよう、必死の形相で頼み込んでいる。引きずられるように付いてきたマリオンとレインは、弾かれたようにその騒ぎから一歩引き、近くの木陰へと陽射しと大騒ぎから身を隠した。
「すごいことになったね、お姉ちゃん」
「二人だったから見つけられたのよ。私達の勝ちね」
二人はその暗がりのなかで、まだ激しく波打つ胸の高鳴りを感じながら、声を潜めて話し合っていた。時間の流れが心地よく、この賑やかな今に確かな冒険の軌跡が描かれた。
そんな二人の背後から、静かに、穏やかな足音が近づいてくる。
「彼の言った通りだ。今まで触れたこともない未知の魔力を帯びている。あんなに慌てて取り乱した彼を見るのは初めてだったから、少し笑ってしまったよ」
振り返れば、そこにいたのは耳の尖った美しい銀髪のエルフだった。
その背後では、寝癖の酷い髪を必死に手で撫でつけ、少しでも体裁を整えようと苦戦している姿があった。
「ちょっと見てもいいかな。僕はグラール=ハウゼン。この学校の、水の魔法院の長をしている」
マリオンは深く頷き、両手に抱えた剣を掲げて、包んでいた上着をゆっくりとほどいた。
そこから現れたのは、刃先が氷のような冷気を纏って青白く、それでいて大地の息吹のような緑の光を放つ、深紅の不思議な鉱物で鍛え上げられた片手剣。その異常な存在感が、白日の下にさらけ出される。
「見つけた時の話を聞かせて貰えるかい」
マリオンは頷いて、遺跡の中で体験したことを話した。
◇
すべてを聞き終えて、グラール院長の美しい唇から、感嘆の笑みがこぼれた。
「僕はずっと、こんな日が来ることを願っていたんだ。『聖樹へ至る精霊水脈』と呼ばれていたあの頃に戻れたのなら。そして、あの失われた迷宮の奥底に、四大元素を越えた『未知の属性』へと続く深淵が広がっていたら、どんなに良かっただろう……」
どこか遠い目をして、青い空を見上げる。
ふたりは息をのんで続く言葉を待った。グラール院長の時間が人の持つ人生よりも長いものであることが、切実なまでの願いや成就の喜びその感情の濁流から伝わってくる。
ハッと我に返ったように、グラールが二人へと優しい視線を戻す。
「学校の地下にある『遺跡』がすべての魔法の始まりってことは聞いたかい?」
グラールは語りかける。それは、戻ることのない失われた時間。
「魔力や魔法といった技術のすべては、あのダンジョンでしか見つかってないものなんだ。だから、ダンジョンを踏破すれば、そのすべてのが手に入ると誰もが信じていた。でも、違っていたんだ」
遠いあの日、グラールたち学者は、開かない門を前にすべてを知り絶望した。門の先にあったはずの『失われた深淵』は、もう誰にも手が届かないのだと。
穏やかな声音に滲む歴史の重みを残したまま、グラールは目の前に佇む二人の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「だけど、今日……信じられないことが起きた。マリオン、君がその剣を水底から引き上げた瞬間――あの死に絶えたはずの遺跡に、新たな属性を見つけ出した。世界で初の氷属性の顕現だよ」
二人は人生で初めて味わう濃密で、圧倒的な時間の奔流の中にいた。まだ夢が覚めぬように、互いに目をきらきらと輝かせながら。
「ヴェルク……慌てて連れてきたのでしょう。ふたりの『神儀盤』への登録を手助けしてあげなさい」
「はい」
名前を呼ばれて、恭しく指示を承る。
子供たちが未来への希望を胸に、嬉しそうに去っていく。足音が完全に消え去り、静寂が戻ったその瞬間、グラール院長の顔から先ほどまでの穏やかな笑みが一瞬で消え失せた。
「最奥の門に新たなエレメントが刻み込まれた?……あり得ない。僕達が何度調べたと思っているんだ」
ぽつりと溢れた声は、わなわなと懐疑に震えていた。
あの場所は、とっくの昔に調査し尽くされている。そんなエレメントはどこにも描かれていなかった。灯りが灯っていた事実も、ここが『遺跡』と成り下がってからは絶対に存在しない。そもそもこの試験自体が体よく平民の入学を阻止するものなのだったのだから。
この日、魔法の歴史に新たな、そして最も偉大な一ページが加わることとなった。
少女が遺跡の底で見つけた一振りの剣は、この世界に「氷属性」の魔力構造式が構築可能であることを、絶対的な事実として証明した。
そして、少年が見つけたあの魔方式もまた、のちに『二重構造式』として歴史に深く刻まれることとなる。
構造式を三次元の空間へと分割展開することで形状や性質を劇的に変化させられるというその画期的な理論は、後世、魔法学校の教科書に必ず載る絶対的な基礎知識となった。
その後、レインは、それがきっかけで塔の最高研究機関の門を叩き、真理を追究する大賢者への道を進んだ。マリオンは、国からの近衛騎士への栄えある誘いをきっぱりと断り、いつしか「氷の微笑」と呼ばれる、世界にその名を轟かせる伝説の冒険者になったのだという。
あの日、魔法と生活が密接に溶け合う古き街の中央で、好奇心のままに暗い水路を潜り抜けた、名もなき姉弟の物語。
大人の優しい嘘を背負って歩き出した二人の旅路は、こうして、世界の理を書き換える不滅の伝説へと変わっていった。二人の冒険はこれから始まるのだ。
ご一読いただき、本当にありがとうございました!
ついにマリオンとレインの「外界編」が、一つの大きな節目を迎えました。
世界の理を書き換える不滅の伝説へと歩み出した姉弟。そして、そんなことは露知らず、ダンジョン運営を続ける全能の怪物。
二つの世界が交錯し、物語の歯車はここからさらに加速していきます!面白いと思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、執筆の最高のエネルギーになります!
次回からは、いよいよ第14話の開幕です。どうぞお楽しみに!




