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核(コア)なき結晶と、メビウスの氷剣

そんなかえでを置いて、ジェイは「やっぱりスライムを作るには水が必要なのかな。なくても出来るのかな」と、きらきらした瞳で門の周りを歩き回り始めた。


何もない空間に手をかざす。小さな水滴が浮かんでは集まり、透明な水玉が形を成していく。


「スライムおいで!」


ジェイの言葉だけを残し、それは一瞬だけ朝日のような光を反射して、「ぱしゃん」と儚く弾けて足元を濡らした。


「なんでだろう……。魔物だからかな?」


しゃがみ込んで水跡を見つめるジェイに、不貞腐れていたはずのかえでも、つい口を挟まずにはいられなかった。


「……当たり前でしょ。ほら、剣のときは魔力で炎の魔法式を描いて、鉄をオレンジ色に染めていたじゃない」


かえでは腰に手を当て、ジト目でジェイを小さく指さした。


「スライムを『魔法』とか『剣』だと思ってイメージす・る・の!」


促されるまま、ジェイは強く念じた。


――スライムは魔法と同じ。スライムは剣と同じ。


すると今度は、水を包み込むように炎のような赤の幾何学模様が周りに広がった。もともとサラサラとした液体の水だったはずが、飴細工のように「どろり」とオレンジ色に染まって溶け合っていく。仕上げに新緑の優しい輝きを放ち、それは不思議な形となって定着した。


生み出された形は、ゲームやアニメから飛び出してきたようなお馴染みの形状だった。だからジェイにとっては、間違いなくこれがスライムなのだろう。


だが、世界のことわりを知らない彼には、その本質など判るはずもない。菌類や単細胞生物といった生温い「生物」の側面など、そこには端から存在しないのだ。この世界においてスライムとは、濃厚な魔素が変質して形を成した「魔法生物」の側面こそが本質。


そう――スライムの根源そのものは、純粋なる魔力構成体なのだから。


だけど、ジェイの頭の中にあるのは、ゲームの錬成エフェクトのように「思い描いたイメージを一瞬でそのまま形にする」ことだけだった。スライムなんてゲームで作った経験はない。けれど、かえでの『魔力を込めてイメージをすればできる』という言葉を、ジェイは真っ直ぐに信じ切っていた。


――ここに、世界のルールをすり抜けるバグが成立する。


「50ポイント」という対価を支払って得た【スライム錬成】の固有能力。それは、門から通常の手順で魔物を召喚する枠とは根本的に異なっていた。ジェイの脳内イメージをそのまま現実に出力するための、世界でただ一つの『専用システム』として上書きされていたのだ。


「知らない」という無垢さが、この世界において既存の法則を飛び越える、異常な製造方法を創り出した。


「できたぁ! 見て見て、かえで! ぷるぷるしてるよ!」


ジェイが宝物を手に入れた子供のように、嬉しそうにそれを両手で抱えてかえでの前に差し出した。

その手のひらの上でプルプルと震えているのは、宝石のように透き通った、まばゆい光を内包するスライム。


しかし、それを一歩近づいて覗き込んだかえでの表情は、一瞬で凍りついた。


「……ジェイ。これ、……魔物じゃないわよ」


かえでの震える声に、ジェイがしょんぼりと肩を落とす。

すると、手のひらの上でプルプルと震えていたスライムは、腕からこぼれ落ちてただの水跡となって消え去ってしまった。


それを見届けた瞬間――かえでは、ハッとした。


「…………ジェイ! これでいいのよ! 正解だったのよ! これなら、最高のスライムの素材を、ポイントを使わずに無限に用意できるわ!」


絶望は、一瞬にして爆発的な期待へと書き換えられた。


ジェイはすでに50ポイントを消費して【スライム錬成】の能力を解放している。能力を発動する際、新たなポイント消費は一切ない。つまり、この『意志なき魔力のスライム』は、ジェイが念じさえすれば、何もない空間からいくらでもタダで湧き出てくるのだ。


自分の不手際で失敗したと思い込んでいたジェイは、かえでの手のひら返しのような大はしゃぎっぷりに、きょとんと目を丸くしている。


「え、じゃあ……怒ってない?」


「怒るわけないじゃない! さすがは私の(マスター)よ!」


さっきまでの不安な空気はどこかへ吹き飛び、かえではジェイの頼りない肩を嬉しそうに何度も揺さぶった。包帯の隙間から覗く大きな瞳は爛々と輝き、背後のふさふさとした赤い尻尾が、これ以上ないほど激しく左右に揺れている。


「もう、びっくりさせないでよぉ!」


ようやく許されたのだと理解したジェイが、安心感からかえでにがっしりと抱きつく。


「ちょっと! いきなり抱きつかないでってば、子どもじゃないんだから……!」


かえでは恥ずかしそうに伏せ、強気な口調とは裏腹に、けれど愛おしそうに(マスター)の小さな体を優しく引き剥がした。


その瞬間、二人の間を抜けた風に乗り、門からあふれた暖かな光の粒子が、まるで祝福の桜の花びらのように、ひらひらと、まばゆく空間へ舞い散った。この世界に桜の花が咲いているわけないのに、今この二人の時間だけが、世界のどこよりも眩しく、優しく色づいているような――そんな、錯覚を覚えるほどの二度と戻らない黄金の時間だった。


ひとしきり和やかな時間を過ごして落ち着いた二人は、残された二十一ポイントを使い、新たな属性剣の錬成に取り掛かることにした。


「火、水、土、風の次は……光にしようかな?」


「ちょっとストップ、待ちなさいジェイ! あの時、何でもは無理って言わなかった!?」


かえでは驚きのあまり、背後のふさふさした赤い尻尾を逆立たせる。天敵である【光】すらおもちゃ感覚で扱おうとする(マスター)に、彼女はそわそわと気が気でなくなっていた。


だが、当のジェイはといえば、きょとんとした顔で首を傾げるだけだった。


「え? 無理って言ったのは、材料(素材)がなくて作れないものがあるって意味で、属性を付与するだけならなんでもできるよ」


「…………」


かえではあまりの頭痛に、左手でこめかみを強く押さえた。

全属性を使えるなど、歴史に名を残すダンジョンマスターすら成し得るかどうかという全能の領域だ。


「全属性が、普通……。あなた本当に、なにもかも破綻しているわね……ッ!」


かえでは両腕をぎゅっと組み、不機嫌そのものといったジト目でジェイを睨みつけた。左手でこめかみを抑えたときに、髪の隙間から見えた小さな泣きぼくろが、彼女の睨みをいっそう際立たせていた。


絶望的な温度差を噛み締めながら、かえでは深く溜息を吐いた。


「分かったわ。言い方を変えるわね」


かえではフイッと顔を背けて髪を整えてから、優しく言い聞かせるように説明する。


「その『光』って属性は、今の段階ではまずいわ。そんなレアな属性、この迷宮が狙われる引き金になりかねないじゃない」


かえではあえて、【光】の属性が魔物にとっての天敵であることを伏せた。何か良くないことが起こる、第六感じみた直感がよぎったのだ。


そして二人の妥協案として、次に込める属性は『氷』に決まった。


ジェイが錬成のイメージを膨らませる傍らで、かえでの背筋を、名状しがたい寒気が駆け抜けた。


ジェイが念じて生み出したスライムには、本来魔物としてあるべきの「(コア)」も意志もそこには存在しなかった。スライムをより根源である「魔力構成体」に近い「純粋な魔力の結晶」という素材へと変質させていた。


この世界において『(コア)』とは、魔物の魂であり、生命として生きている証そのものにほかならない。その大切な核すら持たない、純粋な魔力の素材として、剣の錬成に使われていくスライムの形をした()()()


世界の法則を根底から捻じ曲げ、『魔物』を都合よく書き換えてしまった完全なる『異物』となったスライム。


この名状しがたい違和感が、降りやまない雨と、濡れた衣服が冷たく素肌に張り付くように、かえでの中にいつまでもいつまでも残り続けた。


「……なんて大きな魔法式」


かえでが唖然として見上げるなか、黒鉄(くろがね)の鉱石を包み込むように展開された、炎のような赤の幾何学模様。

そこへ、ジェイが先ほど生み出した宝石のように透き通ったスライムが、形を失いながら『溶解』していく。ジェイが意図せず生み出した「純粋な魔力の結晶」という素材へと変質したスライムが、魔法式の媒介として機能していた。


――世界の法則が壊れていく。


赤を補助するオレンジの魔光が、大渓谷の辺り一面を夕焼けのように赤々と照らし、幾重にも幾何学模様の魔法陣が広がる。たった一本を鍛え上げるだけで、ジェイの幼い額にじんわりと汗がにじむほどの、濃密すぎる魔力の奔流の中で、今までとは明らかに違う剣が造られていく。


完成した瞬間、大地へ向かって新緑の生命光が激しく放たれた。

同時に、鍛え上がった刃先は目に見えるほどの冷気を纏い、美しく青白く染まっていく。


「……ふぅ。できたぁ~!!」


呆然と立ち尽くすかえでの前で、ジェイは「聞いてる?」と手をぶんぶん振ってアピールしていた。


世界を照らす門『暁の地溝』が生まれたように。

その、誰も見たことのない世界初の『氷剣』もまた、これから外の世界へと放たれようとしていた。


根源的なことわりが捻じれていく奇妙で曖昧な後味が、剣という分かりやすい形になり、メビウスの輪のように一周回って元の鞘に収まったかのような。


そんな、不気味な違和感だけがこの空間を支配していた。

第10話をお読みいただき、ありがとうございました!


この話の修正、難しかったぁ。ほぼプロットをそのままに描いてただけだったから大変でした。


次回、物語の歴史がまた一歩動き出します。楽しんでいただけましたら、ぜひポイントや感想などで応援をよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しくみさせてもらってます [一言] ダンジョン系が好きなのでこれからも応援してます。
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