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仕返しは絶対零度の微笑み

常に夕陽に照らされ続ける緑の絨毯。

その上に、ずしりとした質量を感じさせる片手剣が十本、整然と並べられていた。


残った鉄鉱石をすべて使い切り、ジェイが寝食を忘れて、ひたむきに鍛え上げた「作品」たち。

その深紅の見た目と、持ち手から漏れるかすかな緑の輝きが、それらが単なる鉄の塊ではないことを雄弁に物語っている。


「かえで、遅いなぁ。いつになったら帰ってくるかなぁ……」


陽が沈むこともなく、時を知る術もないこの場所で、ジェイはかえでの帰りを待っていた。

丁寧に並べられた十本の剣は、まるで「見て見て!」と自慢したがっている子供の心の現れのようだった。


「……よし、先にごはん食べちゃお」


ジェイが呟くと、お馴染みの学校の机と椅子がさっと現れた。

机の上には、牛乳、カボチャと豆腐の味噌汁、そしてコロッケと筑前煮が並ぶワンプレート。


「もっとポイントがあればなぁ。本物の『ダンジョンご飯』とかも作ってみたいのに」


この場所に来てから、これが何度目の食事だろうか。

昼も夜もない世界では、時間の感覚が砂のように指の間からこぼれ落ちていく。

ジェイは食事を済ませると、満腹感に身を任せて緑の絨毯に寝転がり、やがて穏やかな寝息を立て始めた。



「……ごめんなさいね、ジェイ」


彼が深い眠りに落ちたのを確認して、かえでが音もなく傍らに歩み寄った。

自分よりずっと幼く、そして誰よりも無防備な主。かえでは、ジェイの寝顔を覗き込みながら、小さく息を吐いた。


(まったく……。私が少し目を離した隙に、またこんなことを)


整然と並べられた十本の剣。それが、どれほど多くのポイントを費やして作られたものか、想像するに難くない。


(……もしあのとき、私が傍を離れなかったら)


そんな後悔を抱えながら、かえではまるで壊れやすい宝物を扱うように、寝ているジェイの頭をそっと撫でる。その手つきは、どこまでも優しかった。――そう、かえでの目元がピクついてることを除けば微笑ましい光景だろう。


それは、ダンジョンマスターの補佐という立場を超えた、深い庇護欲に近い情が混ざったものだったのかもしれない。


「……んっ、かえで?」


やがて、ジェイが目をこすりながら起き上がる。


「あ……起こしちゃった? ごめんなさい。今戻ったわ」


かえでは、さっと表情を厳しい守護者のものへと切り替える。

だが、その瞳の奥には、先ほどまでの過保護な優しさがまだ色濃く残っていた。


「この『暁の大渓谷』の端まで見てきたわ。今は平原のように見えるけれど、あなたの言葉通り、その先は気が遠くなるほど険しい渓谷になっていたわ」


「えへへ、やっぱり『大渓谷』って響き、かっこいいよね!」


二人の会話は、やはりどこか噛み合っていない。


ジェイは「渓谷」が地理的に何を意味するのか、正確には理解していないのだろう。ただ、なんとなくゲームのマップ名みたいで強そうだからそう名付けただけだった。


だが、この場所では少年のそんな「なんとなくの思いつき」が、絶対的な世界のことわりとして形を成してしまうのだ。


「それでね、大地の端はとても越えられそうにない断崖絶壁になっていたわ。どこまで行っても、見えない壁に阻まれているみたいに進めなかった。これがエイムの言っていた『ダンジョン拡張』に関係があるのか、門に聞いてもらえるかしら?」


「うん、わかった。聞いてみる!」


かえでが傍にいてくれることが何より嬉しいのか、ジェイはかえでに促されるまま素直に門へと声をかけた。


「ねぇ、見えない壁の先について教えてよ!」


主の言葉に応じ、門の上空にまるで光る炎で描かれたような文字がゆらりと躍り出た。


『ダンジョンポイントを消費することで、領地を拡張可能です。次区画への拡張には、1,000ポイントを消費します』


「ダンジョンを大きくすれば、ポイントも増えるのかな?」


しばしの沈黙。

ジェイとかえでは、固唾をのんで門の文字を見つめた。だが、門はそれ以上の理を語ろうとはせず、炎の文字は静かに消えていく。


「……やってみる価値はありそうね。ねぇジェイ、ポイントはまだ残ってるわよね?」


包帯に隠された表情は読めない。

だが、かえでは無造作に並べられた剣の一本を右手で掴み上げると、それを横に寝かせた状態で軽く振り、手のひらへ刀身の腹を『パシ、パシ』とリズミカルに打ち当ててみせた。


途端、ジェイはバツが悪そうに視線を泳がせ、消え入りそうな声で――。


「……はひ。あと……たくさんポイント、ございます」


そのあまりの怪しさに、かえでは確実に何かを察していた。笑顔の奥から、絶対零度の声色が漏れ出す。


「……え? なんて言ったの? よく聞こえなかったんだけど」


心なしか、手のひらに当てていた『パシ、パシ』というのどかな音も、いつの間にか空気を切り裂く『ビュン、ビュン!』という命の危険を感じる風切り音に変わっていた。


「ふふーん……なるほどね。きっと私を驚かせたいのね? 帰りが遅かったことへの仕返しかな。でも、そんな下手な嘘には騙されてあげないわよ」


かえでの歩みが、一歩、また一歩とジェイに近づく。


「さあ。門に残りのダンジョンポイントを聞いていただけますよね? ご・しゅ・じ・ん・さ・まッ!」


怒れるお母さんのようなかえでを前に、ジェイは子鹿のようにプルプルと震えていた。

頭をフル回転させてこの場をやり過ごそうとしているのだろうが、もう逃げ場はない。


やがて、彼は握りしめた拳をそっと開き、だらりと肩を落として、ゆっくりと、恐る恐る顔を上げた。


「い、い……い、いまのっ……ダンジョンポイントを……教えてください……っ!」


絞り出した声は裏返り、顔面は蒼白。

焦りと後悔が入り混じった表情で、ジェイは門へと言葉を紡いだ。


主の必死な問いかけに応じるように、門の上空に、無慈悲に輝く鮮やかな炎の文字が浮かび上がる。


『現在のダンジョンポイントは60です』


「あれ!?増えてる」

「え……? どうやって……どうやって増やすことができたの、ジェイ!?」


ポイントが「60」まで激減している事実など、驚きのあまりどこかへ吹き飛んでしまったようだ。

かえでは身を乗り出し、背後のふさふさとした赤い尻尾を激しく左右に揺らしている。


「僕が作った剣を、冒険者のいるところへ送ったんだよ」

「…………そっか」


少しの沈黙の後、かえでが言葉をゆっくりと続ける。

「ジェイは、ジェイなりの『答え』見つけたんだね」


一瞬、かえでは悲しそうに俯いた。

けれど、すぐに首を振ると、はにかむような気配を見せてジェイに笑いかけた。


彼女は呪われている。【幼体化】と【進化阻害の呪い】のせいで成長することもなく、その素肌は白い包帯に阻まれ、この暖かい日差しも頬を撫でる風も、直接感じることは叶わない。彼女自身もまた、その過酷な未来をジェイに委ね、すべてを預けていた。


「ねっ! なんとかなるでしょ?」

ジェイの明るい声と屈託のない笑顔。


ジェイの紡ぐ言葉だけは、彼女の心に真っ直ぐに届いていた。

それは、この暁の大渓谷を染める夕日のように、そして黄金に輝く緑の草木のように、かえでの心を温める唯一の光だったに違いない。


「あっ、そうだ! さっそく残りの十本も、冒険者のところへ送っちゃおうよ!」

「そうね。……ええ、そうしましょう!」


二人の呼吸が、初めて完璧に噛み合った瞬間だった。

左手の手のひらに剣を『パシ、パシ』と打ち当てるかえでちゃん、怒った姿も可愛かったですね。

「この二人のコンビが好き!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、

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第7話もお楽しみに!

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