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夏祭り

「ねえ、千佳ちゃん。夏祭り行かない? 四人で浴衣とか着てさ!」

 村上がそういうと、背後で中田と山下も頷いた。


 祖母に浴衣を借りに行く。それは、祖母のうちに行った言い訳として、使ったものだった。

 本当に浴衣を着ることになるとは。

 これが嘘から出たまことというやつか。なんだか感慨深い。


 夏祭りの浴衣は、祖母と一緒に選んだ。

 水色と白の縦縞に、赤の細いラインが入った、色合いも風合いもレトロな可愛い浴衣だ。

 着付けは祖母に教わって、自分でがんばった。

 髪型もハーフアップにして、色付きのリップを塗る。

 我ながら浮かれてる。


 実は、夏祭りに行くことは、仁也たちには言っていない。

 三日連続で雪永が来たので、腹が立って言いそびれた。


 一応机の上に、手紙を置いておいた。

 夏祭りに行く。というそっけない文面なのは、万が一母親が部屋に入ったときのため、メモに偽装したわけである。


 手紙には練り香水を塗ってある。


 待ち合わせは十六時なので、そろそろ出なければならない。千佳は、未練がましく窓を見た。

 なんとなく、今日に限って仁也が来るような気がした。

 浴衣を自慢したかったのに。



 小柄な村上は、紺地に金魚柄。

 山下は白地に蝶の柄で大人っぽい。

 少し遅れてやってきた中田は、なぜか男性用の甚平だった。


「ああ、これ? 弟が浴衣着てっちゃって」

「お、弟? 妹じゃなくて?」

 聞き間違いかと思って確かめると、中田はきっぱりと首を振った。


「なんかね、弟たちの間で流行ってるんだって。ひと夏の恋ごっこ」

「はい?」

「みんなクオリティ低すぎ、俺がホンモノをみせてやるぜ! とか言ってはりきって髪も伸ばしてたみたいだから、譲った」


 村上と山下は「マジか」「見たい」などとはしゃいでいるが、千佳はちょっと理解が追いつかない。

「ひとなつの、こい」

 思わずつぶやくと、山下がからかいに来た。


「お、なになに? 興味ある感じ?」

「え!? いや、そうじゃなくて。あまりに衝撃的な話だったから、驚いただけ。弟さんていくつなの?」

「十歳」


 なら、見た目だけなら仁也と同じくらいだ。

 意識がそれかけた千佳を、中田はじっと見つめて、「その浴衣可愛いね」と言った。

 着ているもののせいだろうか、やたらとカッコいい言い方だった。


「あ、ありがとう。これね、おばあちゃんのなんだ。母さんには古臭いって言われちゃったけど」

「そんなことない。めちゃめちゃセンスいいよ。おばあさん」

 と、山下もほめてくれた。

 千佳がはにかむと、慌てたように村上も千佳の手を引っ張った。


「ち、千佳ちゃん! わたしもわたしも! 千佳ちゃん可愛いって思ってたよ!!」

 ハッと気が付くと、千佳は村上の頭をなでていた。

 我に返った千佳の肩を、山下と中田が両側からぽんぽん叩く。

 妙な流れができている!


 みんなでひとしきり笑って、互いにほめあって、千佳はふと考える。

 彼女たちを見ていると思う。普通の女の子って何だろう。

 以前は彼女たちを、普通の女の子の象徴のように思っていたのに。知れば知るほど、普通が分からなくなる。


 お祭りは想像よりもずっと楽しかった。出店を冷かしたり、山下が補導をするりと交わしたり、迷子になった村上を探したり。

 中田が、村上のために絆創膏からシミ抜きまで万全に準備していたのにも笑った。


 亡者も幽霊も、ちらりと見えてもすぐに人込みに紛れてしまう。ずっとはしゃぎまわっていたから、それで逃げてしまったのかもしれないとまで思った。

 笑って笑って、気づいたら千佳は口に出していた。


「ねえ、普通って何かな」

 隣にいた村上がきょとんと千佳を見上げた。

「普通?」


「うちの母親が、よくあたしに言うんだよね。普通の女の子でありなさいって」

「ええ? それおかしくない? 普通母親なら、自分の娘に特別であってほしいんじゃないの?」

 村上は額にしわを寄せた。


「それは、あすかの思う普通だね」

 と、中田が静かに言うと、

「うんうん。愛情たっぷりすくすく育ったんだねえ。そのままでいてね!」

 と山下が村上の頬を両手でもみ回す。二人の様子をちらりと見て、中田は苦笑気味に千佳に尋ねた。


「その質問を、うちらにするってことは、河原さんはうちらのことを普通って思ってたんだ」

「うっ。ごめんなさい。でも、三人とこうして話すうちに違うかなって」

 千佳が口を濁すと、すかさず山下が切り込んできた。


「われわれは普通ではないと」

「いや、そういうんじゃなくて、あの!」

 千佳は慌てて否定するが、確かに相当ひどいことを言っていると気が付いた。


「……ごめんなさい」

 嫌われたかな。ああ、もう、誘ってもらえないかもしれないな。

 ちらりと見やると、村上は首を傾げた。


「でもわたしも。千佳ちゃんて、話してみると意外と普通の女の子だなって思ったよ」

「そういえばそうだね。勝手に、もっとクールな人だと思い込んでた」

「うんうん。ミステリアスだねーって言ってた。ほらほら、霊感少女みたいな雰囲気あるし」

「うぇ!?」


 変な声が出て、千佳は慌てて口を押さえた。

 三人は声を立てて笑ったが、千佳は笑えなかった。

 どうしても、打ち明けられない秘密が千佳にはある。

 幽霊が見えること、仁也との交流。こればかりは、やはり話せることじゃない。



 帰路、楽しかったという思い出と、変なことを口走った後悔と、ないまぜになって千佳は落ち着かなかった。

 バスの窓にこつんと自分の頭をぶつけて、外の景色を眺めていた。


 最寄りのバス停で降りて、のろのろと歩く。

 足元が下駄でなければ、急に走り出したりしたかもしれない。そのくらい気持ちがごちゃごちゃだった。

 うつむいて歩いていたら、不意に横から声をかけられた。


「あれ? 河原さん?」

「う、わ! 渡辺くん!? 何、ストーカー!?」

「失礼だな。塾の帰りだよ」

 と、渡辺は建物の脇にある階段を示した。

 確かに、塾の看板が出ていて、生徒らしき男女が出入りしていた。


「でも、ちょうどいいや。いつも上中下トリオに邪魔されて、話もできないもんな。少し話そうよ。そこのスーパーにイートインがあるだろ?」

 千佳が迷いをみせると、渡辺はからかうように微笑んだ。

人気ひとけのない場所の方が良かった?」

「……スーパーで」

 仕方ない。いずれは向き合わなければならない相手だ。


 渡辺はあまり物音を立てなかった。自販機で買った紙コップのココアを千佳の方に、自分の手元にはコーラを寄せる。

 渡辺がそれに口をつけるのを、何となく視界に入れながら、千佳は自分の手を温めた。

 渡辺は、話したいと言った割に黙り込んだままで、頬杖をついてどこか遠くを見ている。


 仕方ないので千佳はココアを飲み、間を持たせようとする。

 あまりに彼がしゃべらないので、彼の視線の先をたどったら、そこに幽霊がいた。

 千佳は平静を装って目をそらしたが、彼はそちらを見つめたままだ。


「僕にだって見えるのに……」

 渡辺はぽつりとつぶやいた。

「どうして彼らは、君にだけ寄ってくるのかな」

「さあ、前髪が邪魔なんじゃない」

 投げやりに答えてしまった。


 渡辺は頬杖を外して、千佳の方を向いた。

 そして髪をかき上げて、瞳を晒して、幽霊の方をじっと見た。

 しばらくそうしてから、渡辺は髪をかき上げたまま、きっと千佳を睨んだ。


「だめじゃないか」


 不覚にも、千佳はふきだしてしまった。

 おかげで、渡辺は急に不機嫌になった。


「笑わないで」

「ごめん」


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