交代制
◆
地獄に戻り、職場へ向かっていた仁也は途中、一彦と一緒になった。
「疲れておるな仁也。茶でもどうだ」
いたわるようにそう言われ、仁也は迷った末、誘いに乗ることにした。
あれから三体ほど、学校の周りで亡者を見つけた。すべて雪永に押し付けてある。
たくさん動き回ったせいで、仁也は昼前にはすでに限界だった。
だが、千佳はまだ学校だ。邪魔するわけには行かない。そこで、一度地獄に戻ることにしたのだ。
「俺のとこ、やたら亡者が来るんだよ。そっちはどう?」
みたらし団子を手に、仁也は尋ねた。
一彦はお茶を冷ましながら、少し首をひねった。
「むしろ少ないと感じるな。――お、あれは雪永か」
「!」
驚いて、危うく団子をのどに詰まらせるところだった。
「あー、一彦に仁也! 何してんのさぼり? 俺もまーぜーて!」
子供っぽい言い方で、雪永が駆け寄ってきた。
「雪永! なんでいるんだよ。アレ、預けただろう!?」
「なんでって、アレもう檻に入ってるじゃん。檻の前で、何時間も見守ってるなんて俺無理。あ、おれゴマにほーん」
「あー」
仁也は天を仰いだ。
「仁也、どういうことだ」
一彦が眉をひそめた。
「さっきもいったけど、俺の担当地区、妙に多いんだ。むやみに連れて帰るとまた壁の補修に回されそうだし、亡者を彼女に近づけたくない」
「マジ? 恋なの、仁也!」
「そうじゃなくて。俺の提供者に、亡者が興味を示すのを確認したんだ」
「あ~。あの子? にしたって、仁也ちょっと過保護なんじゃないの?」
「俺がそしりを受けて、それで彼女が守れるなら別に構わない」
「――仁也、それはっ!」
「やっぱ恋じゃないの?」
二人の反応に、仁也は驚いた。
「そんなんじゃない。責任だ。俺が巻き込んだんだから」
「真面目かよ」
ちっ、と雪永は舌打ちした。
「なんだよ、その舌打ち」
一彦は一彦で、何やら考え込んでいるし。
「え~、だってあの子結構可愛いじゃん。見た目だけなら仁也と年も近いし」
「馬鹿なこと言うなよ。彼女がおばあちゃんになったって、きっと俺まだこのままだよ。俺はそんなの嫌だ。――まあ、可愛いのは認めるけど」
仁也は、先ほどの千佳の様子を思い出し、ため息をついた。
「さっきもなー。あんなタイミングじゃなきゃな」
仁也が思わず愚痴ると、雪永が身を乗り出してきた。
「なになにどうしたの?」
「はじめて……、笑ってくれたんだよ」
「はじめて?」
と一彦が不思議そうにつぶやいた。続いて雪永も首を傾げる。
「ん? 俺この前行ったとき、すっげえいい笑顔してたけど」
「何言ってんだお前、泣かせてただろうが。もういっぺん絞めてやろうか」
「やめて~。一彦っ! 一彦はどうだった?」
「ふむ。私の時は、くすくす笑っておったな」
「ええっ!?」
なんで。どうしてだ……?
そりゃ確かに、最初に契約を結ぶときは、ちょっと強引だったかもしれない。あとになって反省もした。
けれど最近は、結構いい関係を築けているのではないかと思っていた。
それなのに。
俺は嫌われているのか? いや、だったら今朝のあの笑顔は何だったんだ。
仁也がうなっていると、横で一彦がふきだした。
「ふっ、そう悩むな仁也。おぬしのことを話しておったのだ」
「え?」
「あー、そういえば、俺の時も、仁也の名前呼んでたな。間違えたんだな。仁也と」
「な、なんだよそれ……」
仁也はがっくりとうなだれた。
嬉しいような、悔しいような複雑な気分だった。とりあえず、しばらく顔は上げられない。
かなり顔が熱かった。
◇
コンコンコン、と窓を叩く音がする。振り向いて千佳は驚いた。
「一彦さん?」
「千佳、入っても良いか」
穏やかに尋ねられたので、千佳は部屋に一彦を招き入れた。この間の変な人と違って、一彦さんなら変なことはしないだろう。
「少し話をしても良いだろうか」
「はい。大丈夫です」
千佳は結構緊張した。一彦は大変な色男なのだ。
派手な着物を着流して、笠を取る動作一つとっても、妙に色っぽい。
いたたまれなくなって、千佳はちょっと視線を外した。
一彦は、窓際の入ってすぐのところで床に座った。
何となく、千佳も正座をしてしまう。
「この地区に亡者が多いということ、仁也から聞いておるか?」
「え? いいえ。最近忙しそうだな、とは思ってましたけど」
「うむ。今のままでは仁也の負担が大きすぎるのだ」
「仁也の負担……。あ、あたしにできることありますか。その、引っ越すとかは、ちょっとできないけど」
千佳がしょんぼりすると、一彦は目じりを下げた。
「これは、地獄の問題だ。千佳の生活を変えろとは言わぬ。ただ、この地区はもはや、仁也だけでは賄えぬ。これからは交代制になることを許してほしい」
「交代制? つまり、一彦さんもあたしの香りを食べに来るってことですか?」
「そうなる。私と、仁也。そして雪永が尋ねることとなるだろう」
「ゆっ、雪永ってあの人ですか! あ、あたしあの人は嫌です」
「雪永の無礼は私からも深く詫びる。本当にすまなかった。この通りだ」
と、一彦はいきなり頭を下げた。
「ちょっ、やめてくださいっ! 一彦さんに謝ってもらうことじゃないです。心臓に悪いっ!」
「……心臓に悪い?」
一彦はきょとんとした様子で顔を上げた。
まともに目が合ってしまった。千佳はそっと目を伏せ、頷いた。
正面から見ると破壊力がすごい。麗しすぎる。いや、でも待てよ。
あれを、一彦さんとするの?
仁也がいつもやっているように、手首に塗り付けた香りを、一彦さんが食べると!
「よく考えたら、一彦さんもだめです!」
「千佳?」
「だめです! 無理!」
千佳が手首を押さえてわなわな震えていると、一彦はちょっと顔をしかめた。
「仁也は何を……」
呆れたようにつぶやいた一彦の声で、千佳はハッとした。
そういえば、一彦は祖母のうちで、線香の香りを食べていた。それなら平気だ。
「せ、線香っ! 線香買ってきます! いますぐ!」
「まあそう急くな千佳。。とりあえず座りなさい」
一彦の声は静かだったが、有無を言わさぬものだった。
千佳は元の位置に戻り、ぺたんと座りこんだ。
「仁也はいつも何を食べておる?」
「練り香水です。手首に付けて……」
「ああ。では、紙か何かに塗って、それを渡してくれれば良い」
千佳は少し考えて、机の中からきれいな便箋を取り出して、端の方に塗った。
「こんな感じですか?」
「うん。充分だ。――いただいても?」
「あ、はい。どうぞ」
千佳がうなずくと、一彦はどこからともなく透明な板を取り出した。
部屋の中が薄暗くなり、空中に文字が浮かぶ。柔らかく丁寧な筆致で、仁也のものよりも幾分読みやすい。
約定の文字、今日の日付、それに練り香水とも読める。そして千佳の名前と一彦の名前も。
「河原千佳、立花一彦。双方の合意に基づいて、――あなたの香りいただきます」
目を伏せ、便箋に唇を寄せる一彦の様子をちらりと盗み見て、千佳はほっと胸をなでおろした。
次の日。やってきたのは雪永だった。千佳は彼に、窓枠から決して下りないように言い、メモ帳を破って練り香水を付けた。
教科書の上にそれを乗せ、腕をギリギリまで伸ばして、なるべく雪永に近づかないようにして渡す。
「なんか俺の扱いひどくない!?」
「ひどくない!」




