第八話:奇襲
夜。
外にいる。
外にいるから、月が見える。
満月でも新月でもない。
だが、それでも月はわざわざ上を向いて見る価値があると思わせるくらいに綺麗に光っている。
今日は明るい夜だ。
月の下では、建物が燃えている。
最初に燃えたのは、俺の泊まっている宿屋だった。
奇襲である。
奇襲。
奇襲なのだ。
そこから、次々に火がつけられる。
用意は完璧だったようだ。
全ての家に細工があらかじめしてあり、そこに魔法で火をつけた。
魔法自体の威力は低かった。
だが、細工のおかげで家を燃やすには低い威力でも十分なのであった。
逃げる人々に関しては、邪魔にならない者ならば燃やされずに済んだ。
要するに、彼らは標的ではないのだ。
では、なぜ無差別に放火されたのか?
その答えはそのうち明らかになることだろう。
俺はやるべきことをやらなければ。
死なないように、細心の注意を払う。
彼女はそろそろ来るだろうか。
自分の感覚をフル稼働させて、彼女の魔力を感じようとするが、できない。
まだ来ていないのだろう。
「さて、と」
俺は炎を眺めるのをやめて、ユミがいる病院へと歩く。
そちらの方向はまだ燃やされていない。
行く途中で多くの家がまた燃えた。
人はあまり燃えなかった。
みんな逃げるので、燃やす必要がないのだ。
結構時間がかかったものの、病院に着いた。
病院周辺は無事である。
途中で、火を鎮圧させようとした集団がいたが、みんな死んでしまった。
斬殺である。
それなりに豊富な戦闘経験により、楽勝と歌いながら殺せるほどであった。
俺は無事であった。
数人がかりであっても負けなかったことは自分のことながら評価できると思う。
「狂ってやがる」
呟く。
わざわざこんなわけのわからないことをする必要もなかろうに。
狂っているからこそ、そういうことができるのか。
よくわからない。
町はよく燃えている。
辺り一面炎である。
「お」
恐ろしい気配をまとった人影を発見。
魔女である。
手を大きく振る。
すると、こちらへ走ってきた。
「敵は?」
「いない」
「こちらも敵には誰一人として遭遇しなかったのだけれど」
「まあ、とりあえずここが無事でなにより、か。きっとここも細工されてる」
「そうね。ここで待ち伏せするのも手かもしれないわ」
辺りを見回すが、誰も来る気配がない。
「それにしても、ここまで魔法でできてしまうとは」
「攻撃の意思が強ければ、町一つ燃やせてしまうわ。けれど……」
「けれど?」
「細工がしてあったとはいえ、相当な魔力が必要よ」
「さいですか」
きょろきょろ敵を探しながら話す。
炎と星と月が綺麗である。
しかし、少し暑い。
炎のせいだな、と思う。
「ところで、頼みたいことがあるんだが」
「こんなときに、何?」
「あんた、魔法で移動できるだろ。なんていうか、ワープ、みたいな」
「ええ、できるわ」
「あれって、誰か連れてできるのか?」
「一応、できることにはできるわ。けれど、あなたの場合は命の保証ができないわね」
魔法の源が俺への拒絶だからか。
「じゃあ、ユミなら大丈夫か」
「ええ。大丈夫よ」
よかった。
ここで駄目だったら非常に困るところであった。
駄目でも続きの内容が変わるだけで、頼みたいことがあるのには変わりないのだけれど。
「図書館、あるだろ。前にあんたが言った、一番大きい図書館ってやつ」
「ええ、あるわね」
「あそこまでユミを連れて行ってほしい」
「……何を言いたいのかわからないわね」
「あそこまでユミをワープさせてほしいんだ」
「なぜ?」
「たぶん、必要なことだから。それに、あの状態で普通に移動するわけにはいかないだろ」
そう言って、魔女の方を見る。
どういう返答をしてくるだろうか。
町がこの有様ならばオーケーを出すか?
それとも、そんなことは関係ないか?
そうならばそうで別にいい。
俺にとっても、町の被害なんて関係ないからな。
「訂正する」
向こうの返事を待たずに言う。
いや、返事をされる前に、言う。
「本当のところ、頼みでもお願いでもない。脅迫だ。ユミをそこまで連れて行け」
俺は病院の方へ手を向ける。
魔力を炎へと変える。
これで、いつでも病院を燃やすことができる。
「連れて行かないと、ユミを殺す」
「あなた……」
驚いた目で俺の見ている。
ここまで彼女の目を見開かせたやつはそうそういないだろう、と確信を持てるくらいだ。
「あなたが、犯人だったのね」
「ああ」
「こうするためだけに?」
「ああ」
理解が早くて助かる。
相手の解釈とのずれを埋めるために、ネタばらしをする。
「さっきも言ったように、ユミが移動するにはあんたにワープさせてもらうのが一番いい。でも、あんたはなかなか出てこないし、前に会った以上、ここにいる限り会う可能性はゼロに近い。けれど、一つだけ、あんたがほぼ確実に来てくれるミラクルなイベントがあるんだ」
「……奇襲で、あなたたちの命が危ないとき」
「そう。奇襲。けれど、そんなのが起きてくれることを祈っても仕方がない。だから、自分で奇襲をしたんだ。あんたが絶対に来るような、そんな派手なやつを」
念入りに準備をした。
魔法の威力をなるべく高くするために、自分の意志のコントロールに力を入れた。
そして、それらが実を結んで計画は見事に成功した。
「あんたの言う通り、真相を知れば負担が和らぐのであるなら、ユミに必要なのはそれが見つけ出せる環境だ。そして、その図書館がその環境なんだろう?」
「……」
魔女は黙っていた。
しばらくして、ふう、と溜め息をついた。
「わかったわ」
俺は安心した。
脅迫したとはいえ、彼女に被害があるわけではない。
だから、断られる可能性があったのだ。
「でも、あなたはどうするの?」
「そのうち合流するよ」
「そう」
魔女は簡単な返事をするなり病院の中へ入るべく歩き出した。
そして、ドアの手前で立ち止まり、こちらを振り返る。
「次会うときも、面白く成長していることを期待しているわ」
「次会うときは、落ち着いてセクハラできることを期待する」
それに対する返事はなかった。
さて、一人旅。
がんばるか。




