↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者と親友に裏切られた令嬢、2度目の人生では天才魔道具師に溺愛される  作者: 冬月子@悪役令嬢のダイエット革命2卷8/1発売!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/7

5話 手作りのサンドイッチ

密会の現場を一緒に録画すると約束した。


そして、その日取りが決まった。

とある貴族の屋敷で開かれる夜会に、一緒に参加しようとエドガーから誘われたのだ。しかも、その夜会にはセシリアも来るらしい。


前世でも、リゼットはその夜会に参加した記憶がある。

あのとき、いつの間にかエドガーとセシリアの姿が見えなくなっていた。会場中を探しても、どこにもいない。しばらくして二人が何事もなかったように戻ってきたものの、リゼットは「どこに行っていたの?」とは聞けなかった。

今思えば、あのとき二人は落ち合っていたのだろう。ならば、今度こそ確かめてみせる。


(早速、フィルと計画を練ろう。)


フィルのいる工房へと向かうその前に、リゼットは厨房へ足を運んだ。


「お嬢様? 厨房に何か御用でしょうか」


料理人が目を丸くする。

その反応に、リゼットはこてりと首を傾げた。いったい、何をそんなに驚くことがあるのだろう。


「ええ。フィルへの差し入れのお弁当を作ろうと思って」


フィルは開発に没頭するあまり、食事を疎かにしがちだった。そのため、見かねたリゼットが弁当を差し入れることもたびたびあった。

二人が言葉を交わすようになったのも、それがきっかけだった。


「また商会の工房に行かれるおつもりですか?」


料理人に驚いた顔を向けられながら、リゼットはさっそく調理に取りかかった。

まずは食パンの耳を包丁で切り落とし、薄くバターを塗っていく。そこへハムとチーズを重ね、食べやすい大きさに切り分ける。

次に、彩りを添えるための野菜を用意する。洗ったレタスの水気を切り、トマトを薄く切る。茹でた野菜も少し添えて、弁当箱に収まりのいいよう整えていく。

前世で幾度となく繰り返した作業は、身体が覚えていた。フィルの好みも、記憶の中にしっかりと残っている。


「そうよ。フィルったら、また食事を抜いて開発に没頭しているに違いないもの」


「しかし、お嬢様はご婚約が決まったので、もうお弁当などの差し入れはなさらないのかと思っておりました……」


その言葉に、リゼットは手を止めた。

言われてみれば、1度目の人生では婚約が決まってから、フィルに差し入れをすることはなくなっていた。

最期に会ったのは確か……屋敷を出て嫁ぐ前、別れを告げたときだった。あのときのフィルの言葉を、リゼットは今でも覚えている。

『お嬢様、お元気で。どうか……お幸せに』

そう告げた彼は、いつもの穏やかな笑みを浮かべようとして、うまくいっていなかった。ほんの少し眉を下げた、どこか寂しげな顔。声の端が、かすかに揺れていた気がする。

大げさだと思った。嫁いだところで、会えなくなるわけではない。里帰りすればまた顔を見られるのだからと、リゼットは軽く頷いて笑い返しただけだった。

けれど、その「いつか」は訪れなかった。実家へ戻ることはなかなか許されず、結局二度と会うことはなかった。


「……嫌ね」


リゼットは小さく笑った。

再び手を動かし、出来上がったサンドイッチを弁当箱へ詰めていく。


「フィルは大切な従業員だもの。労わってあげるのは、普通でしょう?」


さっと弁当を包むと、料理人に見送られながらリゼットは厨房を後にした。


***


工房に着くと、案の定、フィルは机に突っ伏すようにして作業に没頭していた。傍らには、冷めきったお茶の入ったカップが放置されている。


「フィルっ!」


声をかけると、彼はびくりと肩を震わせて顔を上げた。


「お、お嬢様……? また、いらしたんですか」


驚いたような、けれどどこか嬉しそうな声だった。


「差し入れよ。ちゃんとお昼は食べているの?」


リディアが布に包んだ弁当箱を差し出すと、フィルは一瞬、目を丸くした。


「そ、そんな……わざわざ、良いですのに……」


そう言いながらも、差し出された弁当から目を離せない。


「良くないわ。どうせまた、食事も摂らずに作業しているんでしょう?」


「……」


図星なのか、フィルは気まずそうに黙り込んだ。


「もう」


リゼットは呆れたように息を吐いた。

昔からそうだった。魔道具のことになると周りが見えなくなり、食事も睡眠も後回しにする。何度注意しても直らないのだから、こちらが気をつけてやるしかない。


「ほら、今日はここで食べてちょうだい」


「……はい」


フィルは弁当箱を受け取った。

その手が、ほんの少し震えていることにリゼットは気づかなかった。


「今、お茶を淹れてあげるわ」


「そ、そこまで、お嬢様にさせるのは……」


「ふふ、気にしないで。お茶を淹れるぐらい、慣れてるもの」


そう言って、工房に備え付けられている湯沸かし用の魔導具にやかんを置く。ほどなくして、かすかな音を立てながら湯が沸き始めた。


「食べ終わったら、計画の話をしましょう。今度の夜会のこと」


「夜会、ですか……?」


「ええ。エドガー様から誘われたの。セシリアも来るそうよ」


その名前を聞いた途端、フィルの表情がわずかに曇った。


「そう、ですか」


「ええ。だから、あなたにも協力してほしいの」


「僕にできることなら、何でもします」


即答だった。


「……ありがとう。頼りにしているわ」


そう言えば、フィルの口元にかすかな笑みが浮かんだ。


「……はい」


その声は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。

フィルは弁当の包みを開けながら、少し困ったように視線を泳がせた。


「お嬢様は昔から、こうして時々、僕のことを気にかけてくださっていたので。……ようやく、恩返しが出来そうで嬉しいです」


「やだ、フィルは商会の大事な魔道具師なのよ。お弁当の差し入れで、そんな恩に着なくて良いわ」


「それでもです」


サンドイッチを一口齧ったフィルが、ぽつりと感想を零す。


「……サンドイッチ、美味しいです」


短い言葉だったが、その表情はどこか照れくさそうで、嬉しさを隠しきれていないように見えた。


リゼットは、なぜだか視線を逸らした。

1度目の人生でも、こうして彼の好みに合わせて弁当を作っていたことを思い出す。けれど、あの頃はただの気遣いだった。忙しなく働く彼を見かねて、当たり前のように差し入れをしていただけだった。


けれど――ふと、前世のある日のことを思い出す。

婚約者のエドガーと、なぜかセシリアも一緒に出かけたピクニック。リゼットが手作りの弁当を持参すると、二人は顔を見合わせて笑った。


『平民みたいに料理なんてしなくていいんだよ。料理人に任せればいい』


『そうよ。伯爵夫人はそんなことしないわ。もっとしっかりお勉強しなきゃいけないわね』


そう言って、二人は弁当には手をつけなかった。

料理人が作るものに比べれば、リゼットの料理は所詮素人の手料理だ。

食べてもらえなくても仕方がないと、自分に言い聞かせた。それでも、寂しかったのを覚えている。


けれど、今。こうして自分が作ったものを、フィルは美味しそうに食べてくれている。

フィルは大きな口を開けて、齧りついている。頬に少しだけ食べかすをつけたまま、もう次に手を伸ばしていた。ひと口食べるたびに、ほんの少しだけ目を細める。

手作りの弁当を食べてくれた、それだけのことなのに。

そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


「……あなたが、ちゃんと栄養のあるものを食べているか心配なだけよ。倒れられでもしたら、こちらが困るもの。だから、本当に気にしないで……」


わざと素っ気なく言ってみせたが、頬が熱くなるのを止められなかった。


「……はい。ちゃんと食べます」


フィルは素直にそう答え、また一口、サンドイッチを頬張った。その横顔を見つめながら、リディアはふと思う。


(……本当に美味しそうに、食べるのね。)


一度目の人生で、この男の存在を、こんなにも近くに感じたことがあっただろうか。

大きな体に似合わず不器用で、何かと手のかかる人。リゼットにとっては、まるで弟のような存在だった。少なくとも、異性として意識したことは一度もない。今だって、それは変わらない――はずだ。


けれど、なんだろう。

こうしてフィルを眺めていると、胸のあたりが少しだけ落ち着かない。


「……変なの」


嫌な感じではない。

けれど、どうしてそう思うのか、自分でもよく分からなかった。


「何がですか?」


「え?」


突然、フィルが顔を上げた。


「い、いえ。なんでもないの」


慌てて誤魔化すと、フィルは不思議そうに首を傾げた。


「それより、頬にパンくずがついてるわよ」


話題を変えるように指摘して、ハンカチを取り出す。さっと拭おうと手を伸ばした瞬間、フィルが途端に慌てだした。


「っ、自分でできます!」


その反応に、思わず口元がゆるんだ。

きっと、二度目の人生だからだ。前世では見過ごしていたことが、今はひょんなきっかけで目に飛び込んでくるようになっただけ。

そう思うことにした。


「それじゃあ、夜会の話をしましょうか」


ゼットは気持ちを切り替え、本題を切り出した。

フィルも頷き、食べかけのサンドイッチを口の中に詰め込んだ。沸かした湯で紅茶を淹れると、二人はテーブルを挟んで向かい合う。

そして、今度の夜会でエドガーとセシリアの関係を暴くための作戦会議を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。