↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者と親友に裏切られた令嬢、2度目の人生では天才魔道具師に溺愛される  作者: 冬月子@悪役令嬢のダイエット革命2卷8/1発売!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/7

6話 落馬事故

いよいよ、決行の夜が訪れた。

フィルには、すでに計画の段取りを伝えてある。記録用の魔導具を持参してもらい、会場近くの人目につかない場所で落ち合う手筈になっていた。

支度を終えたリゼットは、鏡の前で最後に身だしなみを整えると、玄関へと向かった。夜会用のドレスの裾をそっと持ち上げ、馬車が待つ車寄せへと歩を進める。


「お嬢様、馬車の用意ができております」


侍女のアメリアの声に頷き、リゼットは馬車に近づいた。だが、繋がれた馬の姿を目にした瞬間、びくりと肩が跳ねた。

心臓が早鐘を打ち、息が浅くなる。

脚がその場に縫い付けられたように、動かなくなった。


「お嬢様?」


異変に気づいたアメリアが、心配そうに顔を覗き込んでくる。リゼットは、自分でも驚くほど強張った表情をしていたのだろう。慌てて、平静を装おうとした。


「……ごめんなさい、大丈夫よ。少し、驚いただけ」


そう答えながらも、馬の姿から視線をうまく逸らせずにいた。艶やかな毛並み、小さくてつぶらな瞳、蹄が地面を踏みしめる音。そのどれもが、あの日の記憶を、否応なく呼び覚ます。


馬が驚いて棹立ちになった瞬間の、あの浮遊感。地面に叩きつけられた衝撃。視界が反転し、意識が急速に薄れていく、あの感覚。

あれ以来、リゼットは、馬という生き物そのものに、うまく向き合えなくなっていた。


「あれほどの怪我をなさったのですもの、馬をお怖がりになるのも、無理のないことです」


アメリアが、労わるような声で言った。リゼットの落馬事故のことを、彼女もよく覚えているのだろう。


「……大丈夫よ、アメリア。少し深呼吸すれば、平気だから」


リゼットは、自分に言い聞かせるように呟いた。

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。震える指先を、ドレスの上からそっと握りしめた。


馬車の御者が扉を開けた。

馬の姿を視界に入れないよう、リゼットは俯き加減のまま、素早く馬車の中に乗り込んだ。


窓の外を、ゆっくりと流れていく夜の街並みを眺めながら、リゼットは静かにあの日のことを思い出していた。


***


快晴の午後だった。セシリアが屋敷を訪ねてきて、「ねえ、今度、三人で乗馬でもしない?」といった。


「エドガーも一緒に、3人で。もう一度、セリシアに会いたいって言ってたのよ」


当時のリゼットにとって、エドガーは先の夜会で出会った、素敵な青年だった。その彼が、もう一度会いたいと言ってくれている。そう聞かされただけで、頬が緩むのを止められなかった。


「いいわね。天気もいいし」


気づけば、笑顔でそう頷いていた。


そして、後日。3人で乗馬に出掛けた。

郊外の丘陵地帯を抜けるコースを選んだのは、セシリアだった。


「この時季はこの道が一番綺麗なのよ」


その言葉に従い、リゼットたちは笑い合いながら馬を進めていった。


三人で並んで駆けるうちに、少しずつ会話が弾んでいく。エドガーは思った以上に話し上手で、他愛のない会話が時間を忘れてしまうほど楽しかった。ふとした拍子に見せる笑顔には、人を惹きつける華やかさがあった。


異変が起きたのは、林の小道に差し掛かった時だった。

何かに驚いたリゼットの馬が、突然大きく嘶いて棹立ちになる。とっさに手綱を握り直す間もなく、リゼットの体は宙に投げ出された。

視界が反転し、鈍い衝撃とともに、意識が急速に遠のいていく。


「リゼットッ……!」


セシリアの悲鳴と、エドガーが何か叫ぶ声を、最後にぼんやりと聞いた気がした。


***


次にリゼットが目を開けたのは、見知らぬ天蓋の下だった。頭に鈍い痛みが残っている。かすかに聞こえる話し声に、視線だけをそちらへ向ける.。


「リゼット!? 目が覚めたのね」


セシリアの声だった。涙ぐんだその声に応えるように、エドガーの手が、リゼットの手をそっと握った。


「リゼット、気がついたのか。……無事で、本当によかった」


心配そうに眉を寄せるエドガーの顔を、リゼットはぼんやりと見上げた。


「わたし……」


「ああ、無理をしないでいい。君は落馬したんだよ。今すぐ君のご家族と医者を呼んでくるから、そのまま休んでいてくれ」


そう言い残すと、エドガーが足早に部屋を出ていった。

入れ替わるように、セシリアが涙ぐんだ目でリゼットを覗き込む。


「本当に、良かった……治癒師の手配も間に合って」


「治癒師……?」


「ええ。貴方、顔に怪我を負ったのよ。もしかしたら傷が残ってしまうかもしれない、というくらい、大きな怪我だったの」


その言葉に、リゼットの顔から一気に血の気が引いた。


「ええ、顔に貴方怪我を負ったのよ。傷が残ってしまうんじゃないかというぐらいに、大きな怪我」


「……っ!」


それを聞いて、リゼットは声にならない悲鳴を上げた。

セシリアがくすっと笑った。宥めるように、その背中を撫でる。


「大丈夫、安心して。治癒師が来てくれたおかげで、傷はすっかり良くなったから。傷跡なんて、どこにも残っていないわ」


差し出された手鏡を覗き込むと、映っていたのは、いつもと変わらない綺麗な肌だった。怪我をしたと言われても、にわかには信じられないほどに。


けれど、治癒師なんて……。

普通の医者とは違い、魔法によって傷を癒す彼らは、治りが早く、後遺症も残さない。その代わり、数は極めて少なく、確かな伝手がなければ頼むことすら叶わない。当然、治療代も並外れて高価だった。


「もしかして、エドガー様が……治癒師の手配をしてくださったの?」


その問いに、セシリアは一瞬だけ戸惑うような表情を見せたが、すぐに頷いた。


「えっ……ええ、そうよ。エドガーがいなかったら、どうなっていたことか。貴方のこと、本当に心配していたんだから」


その言葉を、リゼットは疑うことなく受け取った。

エドガーが、自分のことを心配していた。そそれだけではなく、自分を治療するために治癒師の手配もしてくくれた。その事実だけで、胸が温かくなるのを感じていた。


「そうなの、わざわざわたしの為に……」


「もう少し、寝ていたら? まだ顔色が優れないわ。お医者さまがいらしたら、起こしてあげるから」


「そうね、ありがとう……」


そう答えた直後、リゼットの意識はまた、ゆっくりと途切れていった。

部屋の隅に、誰か別の人物がいたような気もしたが、痛みで思考がぼやけていたせいか、その姿ははっきりと思い出せなかった。

この日を境に、リゼットの中で、エドガーという青年の存在は特別なものへと変わっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。