第六話 異世界の町は、思ったより暗黒時代だった(後半)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
大通りの先に、巨大な建物が見えてきた。
町を見下ろす大聖堂。
白と黒の石を幾何学模様に組み合わせた外壁の上に、赤褐色の巨大な丸屋根がそびえている。
その横には天を突くような鐘楼。
建物というより、一つの山のようだった。
「あれが、我々《神々の僕》の中央聖堂です」
ミリアが言った。
「あなたには、しばらくあちらで過ごしていただきます」
中へ入ると、施設の管理責任者らしい痩せた男が駆け寄ってきた。
「聖女様。ご帰還をお待ちしておりました」
「突然で申し訳ありません」
ミリアは俺を振り返る。
「こちらは私の客人、エイユです。事情があり、しばらく人目につかない部屋を用意していただけますか?」
「承知いたしました。北棟の客室を整えます」
「できれば、出入りの少ない部屋を」
「それでしたら、旧写本庫の隣が空いております」
◇
部屋の準備が整うまで、ミリアが聖堂の中を案内してくれた。
花と薬草が植えられた中庭。
白い柱が並ぶ回廊。
天井まで書棚が続く図書館。
巨大な礼拝堂からは、何十人もの信徒が歌う荘厳な賛歌が流れていた。
建物の見た目は古い。
しかし、壁には空中へ文字を投影する端末が埋め込まれ、礼拝堂の照明も人工的な光で制御されている。
やがて俺たちは、中央棟から離れた古い回廊へ入った。
窓は小さく、昼間なのに薄暗い。
壁には歴代聖職者の肖像画が並び、どの顔もこちらを監視しているように見える。
人の気配がほとんどない場所だった。
曲がり角へ差しかかったとき、男たちの話し声が聞こえた。
赤い法衣をまとった老齢の聖職者と、豪華な服を着た太った男が、廊下の陰で向かい合っている。
裕福そうな男が、小さな箱を聖職者へ差し出した。
「どうか、寛大なご判断を。あれは若さゆえの過ちでございます」
「異端の疑いを軽々しく扱うわけにはまいりません」
そう言いながら、聖職者は箱を法衣の中へ収めた。
「ですが、告発状の取り扱いには慎重を期しましょう」
その男がこちらを見る。
ミリアに気づいた瞬間、露骨に表情をこわばらせた。
「で、では、私はこれで」
足早に立ち去っていく。
赤い法衣の聖職者は何事もなかったように微笑み、両手を広げた。
「シスター・ミリア!」
「枢機卿猊下」
ミリアは丁寧に頭を下げた。
「ご無事のお戻り、何よりです。遠征地でソウル・フライが現れたと聞き、案じておりました」
「神々のお導きにより、こうして戻ることができました」
枢機卿の視線が俺に移る。
「そちらの方は?」
「私の客人、エイユです。しばらくこちらに滞在することになりました」
「ど、どうも」
俺は慌てて頭を下げた。
「エイユさん。こちらはセヴェリン枢機卿。この聖堂をお預かりになる方です」
「ミリアの客人ならば、我らの家族も同然です」
セヴェリン枢機卿は穏やかに笑い、俺の肩へ手を置いた。
「どうぞ心安らかにお過ごしください。ただし、神々はいつも我々の行いをご覧になっています。それをお忘れなく」
歓迎されているのか、警告されているのか分からなかった。
しばらく当たり障りのない会話をしていると、回廊の奥から重い足音が聞こえてきた。
赤い甲冑をまとった大男が近づいてくる。
大きい。
身長は二メートルを超えているだろう。
肩幅は俺の倍近くあり、腰には幅広の大剣を差している。甲冑の表面には無数の傷があり、その一つひとつが、実戦を生き延びてきた証のように見えた。
「猊下。そろそろお時間です」
男の声は低く、腹の底まで響いた。
「もうそのような時刻ですか」
セヴェリン枢機卿は、ミリアへ手を差し出した。
「では、シスター。神々の庭へ至る道が、あなたの前に開かれんことを」
赤い甲冑の男が俺の横を通る。
一瞬だけ、その目がこちらへ向いた。
背筋が凍った。
あれが本物の《キング・オブ・プレッシャー》か。
たぶん、あの男なら技名を叫ばなくても発動できる。
そして、必要なら躊躇なく人を殺せる。
そう直感した。
◇
「ミリア!」
今度は若い女の声が聞こえた。
ミリアの表情が明るくなる。
駆け寄ってきた女性と、姉妹のように両手を取り合った。
二人は同じ教区で育ち、同じ神学校で学んだらしい。
中央聖堂には同年代の神官が少ないため、互いに気を許せる数少ない相手なのだという。
「それで、そちらは?」
女性が俺を見る。
「エイユさん。遠縁の親族で、しばらく私の監督下で過ごしていただくことになりました」
ほんの一瞬。
女性の表情が消え、視線が、俺とミリアの間を往復した。
だが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「まあ、ミリアのご親族でしたか。私はシスター・ナディアです。分からないことがあれば、何でもお尋ねくださいね」
「ありがとうございます」
「ミリアは昔から、困っている方を放っておけませんから」
優しい言葉だった。
なぜか、その声には少しだけ引っ掛かりを感じた。
スキルを使ってみようかと思ったが、やめた。
人間関係へ無遠慮に踏み込むと、ろくなことにならない。
たぶん。
◇
一通りの案内を終える頃には、部屋の準備が整っていた。
質素ではあるが、家具は丁寧に手入れされている。
窓には厚いカーテン。
部屋の奥には、真っ白なシーツをかけたベッドがあった。
ふかふかの、本物のベッドだ。
「明日から、我々の信仰と、この世界で暮らすために必要なことを学んでいただきます」
ミリアが説明する。
「町へは?」
「当分の間、一人では出ないでください」
やはり半分くらい軟禁だった。
それでも、怪物だらけの荒野や軍の尋問室よりは、はるかにましだ。
「何から何まで、ありがとうございます」
「いいえ。私も、あなたについて知りたいことがたくさんありますから」
ミリアはそう言って笑い、扉の前で一礼した。
扉が閉まる。
一人になった。
俺はベッドへ近づき、恐る恐る手で押してみた。
柔らかい。
怪物でも、拘束具でも、尋問用の椅子でもない。
ただのベッドだ。
そのまま倒れ込む。
身体が柔らかな布団へ沈んだ。
温かい。
安全だ。
「……ああ、よかったぁ……」
深いため息とともに、全身から力が抜ける。
こうして俺は異世界へ来て初めて、屋根と食事と寝床を手に入れた。
ただし、ここが本当に安全なのかについては――。
考えるのを、明日まで先延ばしにすることにした。
そのとき、頭の奥で小さな音がした。
――ピコン。
《魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ》
《接続要求を受信しました》
「……接続要求?」
俺はゆっくりと目を開けた。




