第七話 女神様、やっぱりモテるスキルをください(前編)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
頭の奥で、小さな音が鳴った。
――ピコン。
《接続要求を受信しました》
「……接続要求?」
恐る恐る意識を向ける。
『あー、もしもし?』
若い女性の声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声。
「あの……女神様?」
『やっと見つけました』
声の主は、間違いなく俺をこの世界へ送り込んだ女神だった。
『目が覚めたら、あなたがどこにもいないんですから。焦りましたよ』
「目が覚めたら?」
『こちらの話です。どうやら瞬間移動したせいで、接続が切れてしまったようですね』
女神でも転送ゲートを使うと人を見失うらしい。
思ったより頼りない。
『それはさておき、着実にレベルアップしているあなたへ、おすすめの新スキルをご案内に来ました!』
急に声が明るくなった。
同時に、視界の中へ色鮮やかな文字が踊り出す。
《今だけ! 転生者応援キャンペーン実施中!》
「いらない広告が出た」
『まずはこちら! 異性からの好感度を飛躍的に上昇させる――《森羅万象の美女を虜にする王者の魔眼――オール・ガールズ・ラブ・ミー》!』
「いりません」
『人前で緊張しなくなる《千軍万馬を前に微笑む不動心――ノー・モア・アガリショー》!』
「最後だけ日本語じゃないですか」
『初対面でも会話が弾む《沈黙を打ち砕く無限話術――パーフェクト・コミュニケーション》もおすすめです』
対人関係に偏りすぎている。
『前に言いましたよね。火力より情報が大事だって』
『だから、情報収集に役立ちそうなものを考えたんですよ。格好いい名前でしょう?』
俺の発言を参考に、わざわざ新作を用意したらしい。
方向性はともかく、努力だけは認めたい。
「いや、今はいいです」
『えー。せっかく考えたのに』
「今、本当に疲れてるんで。また今度にしてください」
『仕方ありませんね……あれ?』
女神の声色が変わった。
『その服、何ですか?』
「服?」
自分の身体を見る。
荒野で着ていた汚れた服ではない。入浴後、形ばかりの入信の儀式を済ませ、ミリアから渡された生成り色の長衣を着ていた。
胸元には、《神々の僕》を示す円環状の紋章が縫いつけられている。
「ああ。入信したとき、シスターにもらったんです」
沈黙。
『……入信?』
「まあ、いろいろあって」
また沈黙。
先ほどまでの、通販番組のような明るさが消えていた。
『なにそれ。あんた、宗教入ったの?』
「そういう言い方すんな」
『異世界へ送られて、最初にやることが入信って、キモ』
「お前を信仰してるわけじゃないからな」
『別に聞いてないし』
明らかに機嫌が悪くなっている。
「何を怒ってるんですか?」
『怒ってませんけど』
「怒ってるだろ」
『それで、その“シスター”って誰?』
「なんでそこに食いつくんだよ」
『別に。会話の流れで聞いただけ』
「ミリアですよ」
『ふーん』
声の温度が、さらに下がった。
『ミリアね』
「怖い怖い。その言い方やめろ」
『別に、どうでもいいですけど』
「絶対どうでもよくないだろ」
『まあいいや。特にほしいスキルないならこれでー』
「呼んだのはそっち――」
――ブツッ。
一方的に接続を切られた。
《通信が終了しました》
しばらく天井を見つめる。
死後の世界では、神秘的で穏やかな女神に見えた。
今の会話は、どう考えても女神というより――。
「面倒くさい妹みたいになってる……」
◇
翌朝、俺はミリアに呼び出された。
連れてこられたのは、小さな礼拝室だった。
礼拝室には、俺とミリアだけ。
「いくつか、お聞きしてもよろしいですか?」
「やっぱり尋問ですか?」
「お話です」
ミリアは笑った。
これまでの経験上、その二つの違いは拘束具の有無くらいしかない。
俺は女神から与えられた能力について説明した。
正式名称を口にするのは避けた。
「昨夜は、その女神と再びお話ししました」
「昨夜?」
ミリアが身を乗り出した。
「どのようなお姿で現れたのですか?」
「姿は見てません。頭の中に声が聞こえてきて」
「神託ですね」
「力を授けると言われました」
「それはどのような?」
「異性にモテる能力です」
「…………」
ミリアの姿勢が、ゆっくりと元に戻った。
邪教か?と顔に書いてある。
「ほかには?」
「人前で緊張しなくなる能力です。初対面の相手と会話が弾む能力も」
「それは……」
ミリアは困ったように眉を寄せた。
「何のために……?」
言葉を選んでくれたらしい。
「俺も、本当に女神なのか少し怪しくなってきました」
「ですが偽物だと決めつけることもできない。最初のものはともかく、残りの力は悪しき力には思えません。」
「それにもし本物の神託を疑えば、それはまた大きな過ちになります」
「我々の信仰において、神々の御心を理解することは何より重要です」
ミリアは祭壇の円環を見上げた。
「じゃあ、俺が本当に女神と話しているなら……」
「我々が何世代にもわたって求めてきたものへ、あなたは触れていることになります」
緑色の瞳が、期待に輝いている。
だが、完全に信じているわけではなさそうだった。
神秘的な女神から選ばれた使者。
そう考えたい気持ちと、俺が頭のおかしい嘘つきかもしれないという疑い。
その両方が、彼女の中にあるように見えた。
まあ、女神から通販番組のようにスキルを勧められたと言われても、普通は信じないだろう。
◇
礼拝室を出ると、廊下の向こうから数人の審問官が歩いてきた。
二人が、一人の男を引きずっている。
男の法衣は破れ、全身が血と汚れにまみれていた。顔は腫れ上がり、指の何本かが不自然な方向へ曲がっている。
男が顔を上げた。
「どうか、お慈悲を……!」
「その者は?」
「中央聖堂設備局の技師、オルバンです」
審問官が答えた。
「頭蓋の内側から、異端の思考機械が発見されました」
先ほどまで穏やかだったミリアの表情が変わった。
怒鳴りもしない。
顔を歪めもしない。
ただ、その目から温かさだけが消えた。
「オルバン」
ミリアは静かに男の名を呼んだ。
「あなたも信徒であれば、神々から授かった人の形を、己の都合で変えることが冒涜だとご存じでしょう」
「お許しください……! 私は祈っても、学んでも、人並みにできなかった。神々は私に、あまりにも重い試練をお与えになったのです」
「ですが試練を放棄し、その代わりに神々より授かった姿を差し出した。その罪を抱えたまま、神々の庭へ至ることはできません」
「嫌だ、死にたくない……!」
「魂を清め、主の慈悲を求めなさい。そうすれば、神々の庭で再び巡り会えるでしょう」
審問官たちが男を連れていく。
助けを求める声は、廊下の向こうへ消えていった。
俺は何も言えなかった。
昨日、子供たちへ笑いかけていたミリア。
俺を守り、食事と寝床を与えてくれたミリア。
今の彼女も、同じ人間だ。
本人は残酷なことをしたつもりなどないのだろう。
むしろ、男の魂を救ったと信じている。
そう考えると、ほんの少しだけ怖かった。




