第七話 女神様、やっぱりモテるスキルをください(後編)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
昼食を取ろうと食堂へ向かうと、入口でナディアに出会った。
「まあ、エイユさん。お一人ですか?」
「はい。とりあえず自由にしていいと言われたので」
「でしたら、ご一緒しませんか?」
断る理由もない。
俺たちは向かい合って座り、豆のスープと硬いパンを食べた。
「私は毎日、礼拝の準備をして、お掃除をして、巡礼者のお世話をして……同じことの繰り返しなんです」
ナディアが退屈そうにパンをちぎる。
「だから、遠い土地から来た方のお話には興味があって」
「そうなんですね」
「ロア・アーグは、どのような場所ですか?」
いきなり急所を突かれた。
「ええと……自然が豊かなところです」
だいたいの土地に使える回答を選んだ。
「北方なのに?」
「寒さに強い自然が」
「名物は?」
「……パン?」
食堂のパンを見ながら答えた。
「どのようなパンですか?」
「硬いやつです」
今、食べているパンだった。
ナディアが首を傾げる。
「巡礼では、何か興味深い経験を?」
「カニに追いかけられました」
「カニ?」
「とても大きな」
嘘ではない。
ただし、巡礼ではない。
「不思議ですね」
ナディアは頬へ指を当て、微笑んだ。
「ミリアとは長い付き合いですが、ロア・アーグに親族がいるという話は、一度も聞いたことがありませんでした」
「あー……遠縁なので」
「ずいぶん遠いご親戚なのですね」
笑顔なのに、目が笑っていない。
ミリア。
この設定、すでに崩れかけているぞ。
◇
食事を終えると、ナディアが「好きな場所がある」と言って、俺を中庭へ案内した。
建物の奥に隠された、小さな庭だった。
夕暮れの光が、回廊の隙間から細く差し込んでいる。
中央には古い噴水。
白い花が風に揺れ、水面に赤い空が映っていた。
「私、ここが好きなんです」
ナディアが噴水の縁へ腰かける。
「静かで、誰も来ないから」
俺も少し離れて座った。
「中央聖堂には、同じ年頃の人がほとんどいません。ミリアも忙しくなって、昔のようには話せなくなりました」
寂しそうな横顔だった。
「だから、エイユさんと話せて楽しかったです」
「ほとんどカニとパンの話しかしてませんけど」
ナディアがくすりと笑う。
「それでもです」
彼女が少しだけ、こちらへ身体を寄せた。
肩が触れる。
衣越しに伝わる体温。
ナディアの口元には、小さなほくろがあった。
近くで見ると、それが妙に色っぽい。
「でも、二人きりでいるところを見られたら、変な噂が立ってしまいますね」
「じゃあ、離れた方が」
「嫌ですか?」
さらに近づいてくる。
女神が勧めてきた《森羅万象の美女を虜にする王者の魔眼――オール・ガールズ・ラブ・ミー》。
あんなもの、いらなかった。
俺の異世界生活、ついに始まった。
「手を握ってもいいですか?」
ナディアの指が、俺の手へ伸びる。
その瞬間。
目の奥が、顔が熱くなった。頭に何かがざわつくような感じがして。
身体が先に反応した。
「すみません!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「え?」
「急に用事を思い出しました!」
「どのような?」
「まだ決めてません!」
最低の返事を残し、庭から逃げ出す。
後ろから、ナディアの声が聞こえた。
「こちらこそ、急にごめんなさい!」
俺は振り返らず、回廊を走った。
何をしているんだ。
彼女はきっと、勇気を出して好意を示してくれたのだ。
それなのに、手が触れそうになった瞬間、逃げ出してしまった。
自分でも理由は分からない。
ただ、あの瞬間だけは――どうしようもなく、ここから離れなければならない気がした。
しばらく歩いて気持ちが落ち着くと、今度は別の考えが浮かんできた。
《森羅万象の美女を虜にする王者の魔眼――オール・ガールズ・ラブ・ミー》
名前は死ぬほどダサい。
だが、効果は悪くないかも。
俺は緩みそうになる頬を押さえながら、少しだけ鼻の下を伸ばした。
◇
エイユの足音が遠ざかる。
笑顔で見送っていたナディアは、やがて静かに手を下ろした。
その顔から、親しげな表情が消える。
夕暮れに沈む中庭で、一人つぶやいた。
「勘のいい男」




