第七十五話 女神様、今から会いに行きます
目的地は、東の未踏領域の中心部。
惑星の神経系が集中する、最大級の神託の石だった。
護衛には、各勢力の精鋭が集められた。
神々の僕からは、二名の上級パラディンと、その配下の騎士団。
ミリアも同行するという。
「……念のため聞くけど、上級パラディンって、ヴェレスティンじゃないよな?」
出発前、こっそり尋ねてみた。
「さすがに、そこまで無神経ではありません」
だよな。
昔、殺し合った相手に護衛されたら、一睡もできそうにない。
「ご安心ください。どちらも、ヴェレスティンに勝るとも劣らない騎士です」
……それはそれで怖いんだけど。
企業連合からは、最上位プランのハイローラーが十台。
『兄貴の護衛と聞いて、志願してきたぜ!』
「ラッツ?」
『……俺もいる』
『アタシもいるよ』
ヒマラヤとマリワナの声も続いた。
もちろん、全機AMARA BLACK。
『上の席、アタシらの分もちゃんとあったんだよ』
「じゃあ、なんで残ったんだ?」
『あんたを置いて上に行ったら、ラッツがうるさいからね』
『うるさくねえよ!』
『それと、アマラから伝言よ。生きて帰りなさい。死んだ社員に、ボーナスは振り込めないもの、だってさ』
思わず笑ってしまった。
あの女社長らしい。
グラディエンからは、シアーダと直属の精鋭部隊。
バンダロの姿もあった。
「心配すんな。俺はこの作戦が終わったら――」
「やめろ」
シアーダと俺の声が重なった。
「……まだ何も言ってねえだろ」
「最後まで言うな」
シアーダが真顔で答えた。
人民秩序共同体からは、誰も来なかった。
◇
未踏領域の中心部は、すでに人間の知る大地ではなかった。
黒曜石のような樹木が空を覆い、地面には青白い光が脈打っている。
その中心に、神託の石がそびえていた。
巨大だった。
見上げても頂上が分からない。
表面には血管のような模様が走り、ゆっくりと収縮を繰り返している。
まるで、心臓だ。
近づく前から分かった。
石は、俺たちを見ていた。
そして、憎んでいた。
グラディエンのストラクタが周囲に防壁を形成する。
ハイローラーが外周へ散開し、重火器を構えた。
パラディンたちが祈りを捧げると、野営地全体が淡い光の障壁に包まれた。
異なる文明の技術が、一つの石を守るために集まっている。
いや。
守るのは、石ではない。
そこへ入っていく、俺だ。
◇
設営が終わったころ、ソフィヤから通信が入った。
『エイユ。状況が悪化した』
声が、いつもより早い。
『ここ数時間で惑星の活動が急激に活発化している。各地の戦線が押し戻されている』
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
――悲鳴。
視界が、一瞬だけ別の場所へ切り替わる。
燃え上がる都市。
空を覆う、巨大な翼。
天使に似た輪郭を持ちながら、その身体は無数の黒い甲殻と触手で構成されている。
その怪物へ、赤い閃光が走った。
シアーダだ。
――別の戦線の、シアーダだ。
彼女の放った一撃が怪物の翼を引き裂く。
次の瞬間、視界が変わった。
炎の剣。
幾人ものパラディンが、祈りとともに巨大な原生生物へ突撃している。
さらに、青白いプラズマ砲。
ハイローラーの一斉射撃が、地平線を白く染めた。
次々に流れ込む光景。
人類の怒号。
原生生物の咆哮。
そして、そのすべての奥にある、巨大な何かの鼓動。
「ぐっ……!」
俺は頭を押さえた。
「エイユ?」
ミリアの声で、視界が元に戻る。
何だったんだ、今のは。
惑星が見ているものを、俺も見たのか。
『エイユ、聞こえているか?』
「ああ……大丈夫だ」
息を整える。
「ソフィヤは、今どこに?」
『衛星居住区だ。地下住民の移送は完了した。アマラもこちらに避難している』
空の上の、百万人分の席。
あの会議では、富める者だけの救済だと批判されていた計画。
それが今、人類最後の避難場所になろうとしている。
『それから、もう一つ』
ソフィヤが言葉を切った。
『人民秩序共同体の首都が、壊滅した』
「……え?」
『東の旧緑環同盟領から、大量の神託の石が出現した。西側には、調査のために残していた石がある。さらに南の砂漠からも群れが押し寄せた』
包囲されたのだ。
あの国が。
あれほど強靭な肉体を持ち、どんな環境にも適応できる兵士を生み出していた国が。
――神託の石を、一つは調査させてください。
六大会議で、メイはそう言っていた。
「メイは」
喉が詰まった。
「メイは、どうなった?」
『安否は不明だ』
ソフィヤは、それ以上何も言わなかった。
あれは、俺の知っているメイではない。
俺をテロリストと呼び、引き渡しを要求した女だ。
それでも――
「エイユ」
シアーダが、俺の肩に手を置いた。
「今は、目の前のことだけを考えろ」
「……ああ」
分かっている。
ここで立ち止まれば、もっと多くのものが消える。
◇
『全員、聞いてくれ』
ソフィヤの声が、全回線に響いた。
『これより、プラネット・バスターを起動する』
野営地が静まり返る。
『全軌道兵器を最大出力で同期。目標は、エイユの侵入地点を除く、惑星神経伝達点の全域』
惑星の神経系。
神託の石を介してつながる、巨大な意識のネットワーク。
その各所へ、軌道上から膨大な信号を送り込む。
破壊するためではない。
惑星の意識を過負荷にするためだ。
その一瞬の混乱を突いて、俺の意識を惑星の内部へ送り込む。
『カウントダウンを開始する』
兵士も、騎士も、パイロットも、空を見上げた。
『十』
『九』
『八』
神託の石が脈打ち始めた。
血管のような模様が、赤く染まっていく。
地面が震えた。
石の奥から、低い唸り声のようなものが聞こえる。
惑星も、気づいている。
『三』
『二』
『一』
『照射』
何も起きなかった。
光も、音もない。
空は、さっきまでと同じ色をしていた。
ただ。
次の瞬間、野営地中の機械が一斉に悲鳴を上げた。
《警告》
《大規模情報流入を検知》
《地殻深部の信号に異常》
ハイローラーの警報が鳴り響く。
グラディエンの探知装置が次々に異常値を示した。
そして、俺の頭の中にも。
何かが、流れ込んできた。
光。
音。
数え切れないほどの命の気配。
怒り。恐怖。苦痛。
どれも人間のものではなかった。
――苦しい。
この星そのものが、悲鳴を上げている気がした。
『観測可能な全神経伝達点への照射を確認!』
ソフィヤの声が響く。
『惑星の防御反応が低下している!』
石の表面が激しく波打った。
『今だ、エイユ!』
俺は、石の前に立った。
弱っているはずだった。
それなのに、向けられる敵意は少しも変わらない。
むしろ。
この星は、俺を待っている。
そんな気がした。
怖かった。
以前、石に触れたときは、石のほうが壊れた。
今度、壊れるのは俺かもしれない。
手が震えていた。
「エイユさん」
ミリアが、隣に立った。
白い法衣が、警告灯の赤い光に照らされている。
「以前、あなたは私に言いました。必ず戻る、と」
「……ああ」
ミリアは、少しだけ微笑んだ。
「ですから、今度も必ず戻ってきてください」
反対側に、シアーダが立った。
「怖いか」
「……怖いです」
「ならば、正常だ」
シアーダは、わずかに口元を緩めた。
「恐怖を知らない者は、己の命の重さも知らない」
彼女は、腰の武器に手をかけた。
「お前には、お前にしかできないことがある」
その瞳が、青く光った。
「そして私には、私にしかできないことがある」
遠くで、砲声が響いた。
「ここは任せろ。お前は、お前の戦場へ行け」
ハイローラーが一斉に射撃を始めている。原生生物が集まってきたのだ。
「誰も、この石には近づけさせない」
俺は、うなずいた。
空の上では、ソフィヤとアマラが見ている。
俺は、ゆっくりと手を伸ばした。
指先が、表面に触れる。
その瞬間。
世界から、すべての音が消えた。




