第七十四話 人類は、弱くありませんでした
六大会議から、一か月が過ぎた。
都市周辺の神託の石は、各勢力の手で次々と破壊されていった。
グラディエンの爆撃機が、空から。
企業連合のハイローラーが、地上から。
神々の僕の騎士団が、祈りとともに。
石が砕けるたびに、原生生物の群れは統率を失い、散り散りになった。
東の未踏領域と深海を除き、確認された神託の石はほぼ駆逐された。
報告書の数字だけを見れば、作戦は順調だった。
それでも。
《エイユ》
《レベル:77》
俺のレベルは、上がり続けていた。
石を破壊しても、惑星の目覚めは止まらない。
むしろ、近づいている。
『正直、もう目覚めは止められないと思う』
セレスタの館で聞いた、あの声を思い出す。
「アレイシア」
呼んでみた。
返事はなかった。
◇
異変は、東の未踏領域から始まった。
神託の石が、一晩で三つ出現した。
翌日には十二。
さらに翌日には、観測が追いつかなくなった。
そして、地平線が黒く膨らんだ。
それは無数の原生生物だった。
甲殻。牙。翅。黒曜石の肌。
その隙間を、青白い光の群れが漂っている。
ソウル・フライ。
群れの先頭が企業連合の採掘拠点を呑み込んだとき、ようやく警報が鳴った。
◇
最初に反撃したのは、グラディエンだった。
敵の群れに向かって機甲部隊がまっすぐに進軍し、爆炎と赤い雷光が東の空を埋め尽くした。
幾人ものシアーダが部隊を率い、原生生物の群れを殲滅していく。
クローン兵士たちは撤退するたびに学び、補充され、戦うたびに強くなっていった。
連戦連勝。
それは、軍事国家が積み上げてきた強さそのものだった。
◇
それに続いたのは、企業連合だった。
メディアは原生生物との戦いを、誰もが熱狂する一大エンターテインメントへと変えた。
ヴェイル・グループは『プラズマ盛りすぎチャレンジ』を開催。ハイローラーの全契約者を対象に、期間限定プラン『撃ちホーダイMAX』を、全契約者へ無償開放した。
撃破数に応じた特別手当も支給され、労働者たちの士気は最高潮に達した。
無数のミサイルとプラズマ砲が、惜しげもなく投入され、敵を破壊していく。
企業連合は、金の力で戦場そのものを買い取っていた。
◇
人民秩序共同体の戦いは、さらに異質だった。
彼らは戦闘型GEを大量生産した。
毒の霧が立ち込める湿地には、耐性のある個体を。
人間が一歩も踏み込めない汚染地帯には、その環境に最適化された肉体を。
青白い兵士たちは、恐れず、ひるまず、不満も漏らさず。
原生生物を喰らい、駆逐していった。
◇
神々の僕は、当初、戦いに加わらなかった。
原生生物もまた、神の造りたもうた命だったからだ。
しかし、東の地にある信徒の集落が原生生物に襲われたことで、その方針は覆された。
礼拝堂は崩れ、祭壇は砕かれ、祈りを捧げていた人々は誰一人として戻らなかった。
ミリアは、長い時間祈り続けたという。
そして翌朝。
神々の僕は、聖戦を宣言した。
幾人もの上級パラディンが、炎の剣を携えて東へ旅立った。
◇
学院では、軌道上の観測網が原生生物の動きを解析し、その活動情報を各国へと提供していた。
そして今日もまた、ARIAが軌道兵器を操作している。
画面上を動き回る原生生物を次々と捕捉し、レーザーで焼き払っていく。
標的が消えるたび、撃破数が加算されていった。
生態系への影響を最小限に抑えるため、攻撃対象は慎重に選定されていた。
その一方で、ARIAはパズルを解くようにスコアを更新し続けていた。
原生生物の命は、生態系への影響を示すパラメータとして管理され、許容値を超えない限り、容赦なく消されていった。
◇
人類は、弱くなかった。
山を崩し、森を焼き、押し寄せる命を砕いた。
グラディエンは、規律と経験で。
企業連合は、金と機械で。
人民秩序共同体は、作り替えた肉体で。
神々の僕は、祈りと信仰で。
学院は、知識と科学で。
思想も、歴史も、信じるものも違う。
昨日まで互いを敵と呼んでいた者たちが、今は同じ地平線へ砲口を向けていた。
誰も、滅びるつもりなどなかった。
この星が人類を恐れる理由が、少しだけ分かった。
もし俺が、この星だったら。
自分の身体を掘り返し、焼き払い、作り替えていく存在を、どう思うだろう。
そこまで考えて、やめた。
俺は、人間だ。
少なくとも、今は。
◇
だが、戦争は終わらなかった。
ソウル・フライは、いくら焼いても湧き続けた。
時折現れる強力な個体は、一体で一個大隊を壊滅させた。
新たな神託の石が現れるたびに、原生生物は再び統率を取り戻した。
倒しても。
倒しても。
次の群れが、地平線の向こうから現れる。
勝利の報告は、毎日届いた。
救援要請は、それより多く届いた。
人類は、多くの戦場で勝ち続けていた。
そして、少しずつ滅びに近づいていた。
◇
ある夜、ソフィヤから通信が入った。
『エイユ。軌道兵器の最終調整が終わった』
画面の向こうで、ソフィヤは疲れ切った顔をしていた。
『各勢力も、接続地点を確保する部隊を出す。グラディエン、企業連合、人民秩序共同体、神々の僕。全員が合意した』
「そうか」
『ただし、これが最後の機会になる』
ソフィヤは、戦況図を表示した。
赤く染まった大陸。
その中に、わずかに残された人類の領域。
『これ以上待てば、接続地点まで部隊を送り込む余力もなくなる』
画面が消えた。
俺は、しばらく暗い窓の外を眺めていた。
どこか遠くで、砲声が響いている。
「アレイシア」
もう一度、呼んでみた。
やはり、返事はなかった。
この星が目覚めようとしている。
人類は、それを止めようとしている。
そして俺は、そのどちらでもある。
通信機が、再び鳴った。
『準備はいいな、エイユ』
「ああ」
俺は答えた。
「行こう。終わらせるんだ」
今度こそ、この星の戦いを。




