第五話 聖女様に異端認定されそうです(後編)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
「女神とは、何者ですか?」
「死んだ後に会った、小柄な女性です。俺をこの世界へ送った人で……」
「先ほどソウル・フライを退けた力も、その女神から?」
三人の視線が集まる。
「たぶん、俺がやったんだと思います。でも、どうしてああなったのかは……俺にも分かりません」
ミリアは困ったように眉を下げ、しばらく俺を見つめた。
やがて護衛の一人へ、小さくうなずく。
ボアズらしき男が携帯端末を取り出し、俺の首筋や頭部へ光を当てた。
「機械式神経接続、ありません。遺伝子配列にも、既知の改変痕跡は確認できません」
「少なくとも、機械化兵や遺伝子兵ではないようですね」
ミリアの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「エイユさん。ソウル・フライがどのような存在か、ご存じですか?」
「人の精神をおかしくする、銀色の虫……ですよね」
「はい」
ミリアは、戦場に残された遺体へ目を向けた。
「この世界では、いまだ誰もソウル・フライへ有効に対処する方法を見つけていません。軍人も、科学者も、私たち神官も、その脅威から逃れる術を探し続けています」
先ほどの惨状を思い出す。
頭を掻きむしり、銃を乱射した兵士たち。
あれを防ぐ方法が、本当に存在しないのか。
「我々は、あの災害を試練と考えています」
ミリアは胸元で両手を重ねた。
「神々はソウル・フライを通じて人の傲慢を裁き、我々の信仰を試しておられるのだと」
危うい。
かわいい顔で穏やかに話しているが、思想はかなり強い。
「ですが、あなたはその試練を退けました」
ミリアが一歩、俺へ近づいた。
「かつて預言者が荒れ狂う海を退け、民のために道を開いたように。神々の言葉を聞き、その教えを人々へ伝える者には、時として試練を退ける力が授けられます」
大きな緑色の瞳が、期待を帯びて輝いている。
「私は、あれを奇跡だと思うのです」
「奇跡……」
「あなたが救世主なのか、あるいは別の何かなのかは、まだ分かりません」
ミリアは柔らかく微笑んだ。
「だからこそ、悪しき者の手に渡すわけにはいきません。エイユさん。私たちの家へ来ていただけませんか?」
宗教団体の勧誘にしては、断りづらすぎる。
だが、ほかに行く場所もない。
何より、この地獄のような荒野よりは安全そうだった。
「……お願いします」
「ありがとうございます」
ミリアがうれしそうに笑う。
護衛二人が、ようやく俺の腕を離した。
ボアズらしき男は自分の上着を脱ぐと、俺の肩へかけてくれた。
「ありがとうございます。ええと……ギデオンさん?」
「私はボアズだ」
やはり逆だった。
◇
荒野を歩きながら、俺はミリアの背中へこっそり視線を向けた。
そして、周囲に聞こえない程度の声で唱える。
「……万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー」
《ミリア》
所属:宗教組織《神々の僕》
役職:聖女
レベル:測定不能
攻撃力:100 (+96)
防御力:400 (+397)
素早さ:20 (+10)
物質の性質を変化させる《特性化学》の第一人者。
十九歳のとき、汚染された水源から有害物質のみを分離し、三万人を救った。その功績が《浄水の奇跡》として認定され、史上最年少で聖女の位を授けられる。
信徒からは慈愛深く穏やかな人物として慕われている。
好物は蜂蜜をかけた焼き菓子。
苦い薬を飲むときは、誰にも見られていないことを確認してから鼻をつまむ。
歌うことが好きだが、讃美歌の音程は不安定。
寝起きが悪く、朝の礼拝へ遅刻した記録が十二回ある。
「…………」
何となく、親しみやすい人に思えてきた。
そのとき、前を歩いていたミリアが振り返る。
「今、何かしましたか?」
「いえ、何も」
俺は即座に視線をそらした。
◇
道中、一度も怪物に襲われることはなかった。
ギデオンとボアズが持つメイスの先端から、青白い光が放たれている。
その光を浴びた怪物は、俺たちへ近づくどころか、急に方向を変えて遠ざかっていった。
「怪物を操っているんですか?」
「簡単な忌避信号を、周囲へ放射しています」
ミリアが答える。
「彼らが本能的に嫌う刺激を再現しているだけです。長く使えば慣れられてしまいますが、移動中の護身には十分でしょう」
魔法のメイスに見えたが、中身は科学技術らしい。
やはりこの世界は、どこかおかしい。
しばらく歩くと、赤い荒野が終わり、枯れ木の目立つ森へ入った。
さらに奥へ進み、木々に囲まれた小さな空き地で立ち止まる。
そこには何もない。
道も、建物も、目印すらなかった。
ギデオンとボアズが、同時にメイスを掲げる。
青白い光が空間へ伸びた。
ジジジジ……。
嫌な音がした。
何もなかった場所に、巨大な門の輪郭が浮かび上がる。
最初は半透明だった門が、少しずつ実体を持ち始めた。中央には黒い膜のようなものが揺らめき、ときおり紫色の電流が表面を走っている。
どう見ても安全な乗り物ではない。
「この転送門の存在は、ご内密にお願いします」
ミリアが人差し指を唇へ当てた。
「あの……これ、本当に通って大丈夫なんですよね?」
「もちろんです」
ミリアは、かわいらしく微笑んだ。
「あなたが善き者であれば」
最後に、いたずらっぽく付け加える。
「善くなかった場合は?」
「神々だけがご存じです」
聞かなければよかった。
俺は黒い膜の前へ立った。
中から冷たい風が吹いてくる。
生物としての本能が、一歩踏み出すなと警告していた。
だが、背後には二人のパラディン。
横には笑顔の聖女。
逃げ道はない。
「……もう、どうにでもなれ」
俺は目を閉じ、門の中へ一歩踏み出した。




