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第五十一話 欠点だらけのレジスタンス

第五十一話 欠点だらけのレジスタンス


「馬鹿言うな。殺すわけないだろ」


 即答した。


 勝手に感覚共有端子を埋め込まれたことには腹が立っている。


 それでも、知り合って二日目の相手を殺す手伝いなどできない


「やっぱりね」


 先代メイは、つまらなそうに頬杖をついた。


「ヘタレなあんたなら、そう言うと思った」


「じゃあ最初から頼むなよ」


「だから、本当に頼みたいのは殺しじゃないって」


「簡単な情報収集。協力してくれるなら、あんたの目的も手伝ってあげる」


「俺の目的?」


 何も話していない。


 ここへ来た理由も、学院の任務も。


 先代メイが口元を歪める。


「あんたのチップから流れてきた情報は、あたしのところにも入ってた」


「さっき遮断したんじゃないのか?」


「表のメイとは、元の神経構造がほぼ同じだからね。あいつ宛ての信号は、あたしにも聞こえる」


「じゃあ、全部知ってるのか?」


「どうかな」


 黒い瞳が俺を見据える。


「ミスターX」


「……」


ばれてる?


「あたしは元第一書記」


 先代メイは自分の胸を指した。


「この国の制度も、地下設備も、機密区画も知ってる。あんたに協力できる」


 信用はできない。


 だが、ウイルスと研究資料を探すには、共同体の内部を知るこいつらの協力が必要になる。


「情報収集なら、そこの記者に頼めばいいだろ」


 ハルトマンを見る。


「そういうわけにもいかないんだよ」


「なぜ?」


「セキュリティレベルが高すぎる。あんたもハルトマンも入るのは無理」


「生体認証を通れない。機械を送り込めば検知されるし、あたしが近づけば後継個体に感知される」


「原生生物なら侵入はできる。でも、命令を理解させられない」


 先代メイが俺を見る。


「あんた以外にはね」


 先代メイは椅子から立ち上がり、棚へ向かった。


 そこから、手のひらに収まるほどの小さな箱を持ってくる。


 中にいたのは、小さな原生生物だった。


 外見はソウル・フライに似ている。


 だが、銀色の液体を思わせるソウル・フライとは違い、全身が乳白色だった。


 半透明の翅。


 細い脚。


 尾の先には、針のような器官が伸びている。


「あんた、こいつを操れる?」


「たぶん」


 意識を集中すると、小さな原生生物の感覚が流れ込んできた。


 試しに命令を送る。


 白い虫は箱から浮かび、机の上を一周した。


「操れそうだ」


「さすが、パラサイト・ウォーリアー」


「その呼び方もやめろ」


「今から教える地点まで、こいつを誘導して」


 先代メイが端末に地図を表示する。


 中心行政区の地下。


 何層もの隔壁に囲まれた場所だった。


「そこに管理用の端末がある。こいつの尾を、端末の保守用ソケットへ接続させる。それだけ」


「接続したら?」


「必要な情報が、あたしのところへ転送される」


「何の情報だ?」


「中央府の機密情報」


「それを使って、メイを殺すのか?」


 先代メイが笑う。


「さあね」


「答えろよ」


「で、どうする?」


 こいつは信用できない。


 だが、今すぐ断るべきかも判断できなかった。


「……考えさせてくれ」


「誰かに相談するの?」


「依頼主に」


 先代メイの目が細くなる。


「どうぞ」


 余計なことを言った。


 ◇


 さらに奥。


 配管と送風機の音に囲まれた点検区画で、ソフィヤへ通信をつないだ。


 俺は耳の通信機へ意識を向けた。


「こちら、ステルス・マスターX。スパイ・キング、聞こえるか」


『ついに盗聴されない場所を見つけたか』


「ああ。それと、ちょっと信じられないものを見つけた」


『何だ?』


「レジスタンスを見つけた。五人くらい」


『組織というより集会だな』


「あと、メイの前任個体がいる」


『……待て。何だって?』


 事情と、頼まれた仕事を説明した。


『またとない機会だ』


 返答は早かった。


『指定された場所は、おそらく中央府の機密情報を保持する区域だろう。前任個体に情報が渡れば、遺伝子改変ウイルスの保管場所を特定できる可能性がある』


「でも、その情報を使って今のメイを殺すかもしれない」


『君が殺すわけではない』


「そういう問題か?」


『現時点で依頼されているのは情報収集だけだ。何を得たか確認してから、改めて判断すればいい』


『安心しろ。問題が起きたら一緒に困る』


「安心要素どこ?」


『一人で困るよりはいいだろう』


 少しだけ納得してしまった。


『頼んだぞ、ステルス・マスターX』


「その名前やめろ」


『通信終了』


「そこだけ逃げるなよ」


 ◇


 先代メイたちのいる部屋へ戻る。


「分かった。引き受ける」


「そう来なくっちゃ」


 先代メイが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、あんたは今日から、このレジスタンスの仲間ね」


「情報収集に協力するだけだぞ。殺しは手伝わない」


「はいはい。細かい話はあとで」


「そこ、一番大事だからな」


 聞いているのか怪しい。


「せっかくだし、仲間を紹介するよ」


 先代メイがハルトマンを指す。


「こいつはハルトマン。もう知ってるよね」


「《月刊アポクリファ》の記者だろ」


「記者兼編集者です」


 ハルトマンが訂正した。


「この国の実態を外へ伝えたいんだって。思想の変わった奴」


「それは、あなたに言われたくありませんね」


「記事を書いて、この国が変わると思ってる?」


「変わりますよ」


 ハルトマンは、迷いなく答えた。


「この国では、人間から感情を削り操作することを治療と呼ぶ。それを誰もおかしいと言わない」


「外じゃ言うの?」


「言います」


 穏やかな口調だった。


 だが、その言葉には妙な確信があった。


「知られていないから、許されているだけです。外の人間が知れば、これは異常だと分かる」


「正義の記者ってやつ?」


「そう呼びたければ」


 少しだけ間を置く。


「誰かが、おかしいと言わなければならないでしょう」


 次に、先代メイが機械の男を指す。


「で、この胡散臭いロボットがMASARU。どこかの諜報員らしいけど、詳しいことは知らない」


「胡散臭いは余計だろ」


 MASARUは腰へ手を当て、ため息をついた。


「俺にも守秘義務ってもんがあるんだよ。社会人は何でもかんでも喋れねえの」


「ロボットにも社会人ってあるのか?」


「あるに決まってるだろ。経費精算も始末書もあるぞ。むしろ人間よりつらい」


 妙に生活感のある諜報ロボットだった。


「あっちにいるのが、GENE」


 巨大なGEがこちらを見る。


 頭髪はなく、青白い皮膚を異常に発達した筋肉が押し上げている。


「GE-0550だろ?」


「今はGENE」


 先代メイが訂正した。


「労働型なんだけど、ある日突然、働きたくなくなったんだって」


「労働することに幸福を感じるよう設計されてるんじゃないのか?」


「疲れた」


 GENEが答えた。


 外見に似合わず、声には力がない。


「オレ、穴掘る。埋める。また掘る。毎日」


「……それ、何の意味があるんだ?」


「知らない」


「聞かなかったのか?」


「聞いた」


「何て言われた?」


「必要だから」


「それで納得したのか?」


「最初は」


 GENEが腕を組む。


「でも、必要じゃないと思う」


 最後に、先代メイが隅で震えている男を呼ぶ。


「おい、タダシ。新人に挨拶してやれよ」


 男がゆっくり顔を上げた。


 三十代半ばくらい。


 黒い髪と黒い瞳。


「ああ……タダシです。あと一年で、再利用対象でして……」


「再利用対象?」


「この国では、一定年齢に達した肉体を構成素材へ戻します」


 ハルトマンが説明した。


「細胞、臓器、骨格、遺伝資源。利用可能なものを回収し、新たな人民の生産へ用いる」


 それで、この国には老人がいないのか。


 若い身体へ移るのではない。


 心身が劣化した人間は、材料へ戻される。


「私は、それが当然だと思っていました」


 タダシが震える声で言う。


「古くなった肉体を共同体へ返し、新しい人民の役に立つ。正しいことだと教えられてきた」


 両腕で自分の身体を抱く。


「でも、通知を受け取ったら……急に怖くなりましてね」


「逃げてきたのか?」


「はい」


 タダシは申し訳なさそうに目を伏せた。


「私は、正しい人民ではなかったようです」


「死ぬのが怖いのは、普通だろ」


「この国では、そうではありません」


 その一言が、妙に重かった。


 ◇


「というわけで、新しい仲間が増えたことだし」


 先代メイが、医療用エタノールを人数分の容器へ注いだ。


「乾杯しよう」


「俺は飲まないぞ」


「薄めれば平気」


「何で薄めた?」


「消毒用の精製水」


「余計に嫌だ」


 結局、俺だけ配給所から持ち込まれた果汁飲料になった。


 ハルトマンは少量。


 MASARUは飲めないため、空の容器を持つ。


 GENEはエタノールをそのまま飲もうとして止められた。


「では、ミスターXの加入に」


「その名前で乾杯するのやめてくれ」


「乾杯」


 容器がぶつかる。


 小さな音が、地下の隠れ家へ響いた。


 先代メイは酒を一気に飲み干す。


 すでに酔っていたはずなのに、さらに俺との距離を詰めてきた。


「なあ」


「何?」


「あんたさっき、あたしのこと見てたよね」


「そりゃ、話してたからな」


「どっちがオリジナルっぽい?」


 いきなり面倒な質問が来た。


「どっちって……」


「あたしと、あの女」


 黒い瞳が、答えを逃がさないように俺を見ている。


「お前、表のメイとは全然違うよな」


「……そう?」


 先代メイの口元が、ほんの少し緩んだ。


 明らかに機嫌がよくなった。


「まず、喋り方」


「ほかは?」


「酒を飲むかどうか」


「ほか」


「笑い方」


「へえ」


「姿勢。表のメイはいつも背筋が伸びてるけど、お前はだらしない」


「あ?」


「聞いたのはお前だろ」


「……ほかは?」


「興味ないふりして、めちゃくちゃ聞いてくるな」


「別に。参考までに聞いてるだけ」


 容器の縁へ口をつけながら、こちらを見ている。


「それから?」


「まだあるのかよ」


「全然違うんでしょ? 全然って言ったじゃん」


「表のメイは落ち着いてて、大人っぽいというか」


 先代メイの目が据わった。


「あたしも大人なんだけど」


「そういう意味じゃなくて」


「あいつのほうが上品って言いたいわけ?」


「言ってないだろ」


「あいつのほうがいい?」


 声が急に低くなる。


 完全に地雷を踏んだらしい。


「お前のほうが考えてることが、だいたい顔に出る。人間っぽい」


 メイは口元を押さえた。


「ふうん」


「何で笑うんだよ」


「笑ってないし」


 褒め方を間違えると殺されそうだが、正解だったらしい。


 人民秩序共同体へ入ってから、不気味な入国審査、監視された部屋、意味の分からない怪談と、緊張が続いていた。


 この地下室は狭く、汚く、集まっている人間も怪しい。


 それでも、初めて少しだけ気を抜けた。


 誰も模範的な人民ではない。


 死ぬのが怖い男。


 働きたくない労働個体。


 やたらとおっさん味のある機械。


 酒に逃げる元第一書記。


 欠点だらけだからこそ、ここでは自分も普通でいられる気がした。


 けれど、ふと。


 今のメイと歩いたときのことを思い出した。


 花が綺麗だと言ったこと。


 公園を流れていた蛍。


 月を見上げた、あの横顔。


 あれはあれで、悪い時間ではなかった。


「何?」


 先代メイがこちらを見る。


「今、あいつのこと考えた?」


「……考えてない」


「嘘」


 メイは俺の肩へ頭を預けた。


 甘えるような仕草なのに、声はひどく冷たかった。


「せっかくあたしの隣にいるのに、なんであいつのこと考えるの?」


※活動報告に、ユートピア国家編のイメージ画像をアップしました。よかったらどうぞ。

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