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第四十三話 大佐もいいけど、先生はもっと強い

第四十三話 大佐もいいけど、先生はもっと強い


 砦内の設備を再起動し、忌避信号が正常に作動するのを確認したころには、昼を過ぎていた。


 第四要塞の奪還作戦は成功した。


 俺たちは、ホバー式の輸送トラックで市街地へ戻ることになった。


 運転席に座ったのはシアーダだった。


 大佐自ら運転する必要があるのかは分からない。


 俺はシアーダに呼ばれ、その隣へ座った。


 シアーダがハンドルへ手を伸ばす。


 今は、いつもの戦闘装甲を身につけていない。


 戦闘装甲を外し、袖のない黒い軍用衣だけを身につけている。


 露出した褐色の腕は、思っていたより細かった。


 軍服越しにも分かる、無駄なく引き締まった身体。


 長い黒髪を後ろで束ねた横顔を、窓から差し込む日差しが照らしていた。


 格納庫で怪物を消し飛ばしたときとは、まるで別人に見える。


「何を見ている」


 前を向いたまま、シアーダが尋ねた。


「いや……大佐の腕、意外と細いなって」


「人工筋肉の出力は、外見上の太さに依存しない」


「そういう意味じゃなくて」


「では、どういう意味だ」


「…………」


 答えられなかった。


「試してみるか?」


「何をです?」


「力比べだ。お前の腕なら簡単にへし折れる」


「やめておきます」


 やはり、無防備に見えただけだった。


 トラックが静かに浮き上がり、要塞を離れる。


 どうしてシアーダが、そう見えるのか。


 自分でも分からなかった。


 もしかすると、演習場で彼女の心を読んでしまったからかもしれない。


 ずっと俺にとって、シアーダは無敵のヒーローだった。


 ピンチの時にはどこからともなく駆けつける。


 何が起きても動じない。


 どんな敵にも勝つ、不死身のサイボーグ。


 だが、あのとき聞こえた声は違った。


 怖い。


 まだ死にたくない。


 本当は、自分だって誰かに守ってほしかった。


 それでも彼女は、自分一人が残って、俺たちを逃がそうとした。


 俺は、ハンドルを握る細い腕をもう一度見た。


 強いから、何も感じずに戦ってきたわけではない。


 怖くても、苦しくても、この腕でずっと誰かを自分の後ろへ庇ってきたのだ。


「前を見ろ」


「大佐が運転してるんだから、俺は前を見なくてもいいでしょう」


「では、私を見るな」


「見てません」


「そうか」


 即答されると、それはそれで複雑だ。窓の外には、荒れ果てた大地が続いていた。


 ◇


 しばらく走ると、荒野の向こうに崩壊した都市が見えてきた。


 傾いた高層建築。


 砂に半分埋もれた戦車。


 脚を失った大型ロボットが、建物の壁にもたれかかるように朽ちている。


「あれも、グラディエンのものですか?」


「違う。大昔のものだ」


 シアーダが前を見たまま答える。


「グラディエンが成立する以前、この地域に存在した国家の軍用車両だ」


「大佐も、その国にいたんですか?」


「ああ」


 シアーダは前を向いたまま答えた。


 シアーダはクローンだ。


 今の個体が当時を生きていたわけではない。


 だが、歴代の個体から記憶を引き継いでいる。


 彼女にとって百年前の出来事も、自分自身の過去なのだろう。


「どんな国だったんです?」


「末期には国と呼べるものではなかった」


 トラックが、横倒しになった戦車の脇を通り過ぎる。


「他国の干渉を受けて傀儡政権が作られた。腐敗すると暴動で倒され、別の政権に置き換わる。それを何度も繰り返した」


「軍は?」


「給料を支払う者のために戦った。警察は金を持つ者を守った」


 シアーダの声に、特別な感情はなかった。


「食料を運ぶ車両は途中で奪われた。救援物資を配れば、武装集団が現れて独占した。法律も配給制度も存在していたが、それを実行する者がいなかった」


「家族は?」


 何気なく尋ねてから、踏み込みすぎたかと思った。


 だが、シアーダは表情を変えなかった。


「父がいた」


「いた?」


「些細な争いで死んだ。検問所で兵士と口論になり、撃たれた」


「……すみません」


「謝る必要はない」


 トラックは走り続ける。


「その後は、私と幼い妹が二人だけだ」


「大佐が妹さんたちを守ったんですか?」


「私しかいなかった」


 簡単なことのように言った。


 だが、当時の彼女も今の俺と大きく変わらない年齢だったはずだ。


「そこで、いくつか分かったことがある」


 シアーダは遠くの廃墟を見た。


「制度は壊れる。国家も、軍も、法律も、永遠には続かない。最後まで自分と共同体を守るのは、訓練と規律、そして武器だ」


 冷たい思想だった。


 けれど、その始まりにいたのは、銃声のする街で、幼い二人の妹を背後に隠していた少女だった。


「誰かが必ず守ってくれると思うな」


 シアーダは、そこで俺を見た。


「だが、我々は互いを守ることができる」


 それが、グラディエンという国の根底にある思想なのだろう。


 彼らは、制度が永遠に続くとは信じていない。


 善意だけで誰かを守れるとも思っていない。


 だからこそ、最後に残る人間同士が、互いの背中を守れるように鍛える。


「妹さんたちは、どうなったんですか?」


「安心しろ。二人とも年老いて死んだ」


「それ、安心していい話ですか?」


「天寿を全うした。子供も孫もいた。あの時代を考えれば、十分な幸福だったろう」

 

 シアーダだけが、若い姿のまま残った。


 妹を守るためなら怪物にだってなった。


 でも、本当はあの頃からずっと怖かった。


 妹たちが大人になったあとも、彼女は国を、同胞を守り続けた。


 守る対象が変わっても、自分だけは後ろへ下がれなかった。


 誰にも助けてと言えなかった。


 この身体で、ずっと守ってきたんだ。


『ちょっと待って』


 アレイシアの声がした。


『昨日まで、先生、先生って言ってなかった?』


「何の話だよ」


 思わず声に出してしまった。


『今、大佐もありかもって思ったでしょ』


「思ってない」


『じゃあ、なんでさっきからずっと見てるの?』


「誰と話している」


 シアーダが尋ねた。


「誰とも」


 ◇


 トラックは、やがてグラディエンの市街地へ入った。


 道路の両側には、大勢の市民が集まっていた。


 旗を振る者。


 兵士たちの名前を叫ぶ者。


 子供を肩車し、通過する車両を見せている者。


 第四要塞を奪還した兵士たちを、市民が英雄として迎えている。


「すごいな……」


「第四要塞が戻れば、北部の集落へ物資を送れるようになる。それだけ多くの人間が助かるということだ」


 シアーダは声援へ応えることなく、一定の速度でトラックを走らせた。


「それで、お前はソフィヤとともに人民秩序共同体へ向かうのだな」


「ああ。そのつもりです」


「学院が軌道兵器を使用するとは、少し前まで想像できなかった」


「俺もです」


「学院が半壊してから、ソフィヤは変わった。禁忌技術の使用に、以前ほど躊躇しなくなっている」


 俺の頭に、ARIAの姿が浮かんだ。


 ソフィヤが専門用語を並べすぎれば、横から話を止める。


 危険な実験を始めようとすれば、規則や倫理を理由に警告する。


 それでもソフィヤが聞かなければ、呆れながら代案を出す。


 もしかするとARIAは、ソフィヤのブレーキ役だったのだろうか。


 俺がセキュリティを解除したせいで、ARIAは損傷した。


 その結果、ソフィヤを止める存在がいなくなったのだとしたら。


「俺が、学院を壊したからかな」


「可能性はある」


 シアーダは、慰めるようなことを言わなかった。


「だが、ソフィヤの決定はソフィヤの責任だ。すべてを自分の責任にするな」


「はい」


「それと、すまないが」


 シアーダが前を向いたまま言った。


「ここから先、グラディエンとしてお前に協力することはできない」


「人民秩序共同体は他国だから?」


「ウル=ラグナに対処しなければならない」


 百年前に倒したはずの原生生物。


 その名を口にしたシアーダの声が、わずかに硬くなった。


「構いません」


「そうか」


「ここまで、ありがとうございました」


 シアーダは答えなかった。


 ただ、ほんの少しだけ速度を落とし、窓の外で手を振る市民へ視線を向けた。


 しばらくして、彼女が口を開く。


「エイユ。一つ確認する」


「何です?」


「お前の遺伝情報と神経構造データを、複製用途で恒久保存しても構わないか?」


「俺のクローンを作るってこと?」


「スキルを再現可能になった場合、お前を複製する」


「駄目に決まってるだろ」


「そうか」


 シアーダは端末を操作し、あっさり申請を閉じた。


「……それだけ?」


「本人が拒否した。ならば作らない」


「いや、別に説得してほしいわけじゃないけど」


「この登録を提案されるのは、能力や実績を後世へ残す価値があると認められた者だけだ」


「つまり、俺を評価してる?」


「そう言っている」


「…………」


「なぜ少し嬉しそうなんだ?」


「嬉しくない」


「そうか」


 自分と同じ顔をした人間が、培養槽へ何人も並んでいる。


 想像するだけで気味が悪い。


 絶対に嫌だった。


 ただ、自分が後世へ残す価値のある人間だと認められたことだけは、ほんの少し悪くなかった。


 ◇


 出発前、最後に医療区画へ寄った。


 リーネはいつものように俺を椅子へ座らせ、瞳孔、脈拍、筋肉の反応を一つずつ確認していく。


「異常なし。神経系も安定してる」


 端末へ最後の記録を入力し、リーネは顔を上げた。


「もう私の出番もおしまいね」


 その言葉が、思ったより寂しく聞こえた。


「……それ、先生に言われると困るな」


「どうして?」


「もう会いに来る理由がなくなるじゃないですか」


 リーネの手が止まった。


 ほんの一瞬だけ、俺を見つめる。


 言ってから急に恥ずかしくなった。


「理由がなくても、会いに来ればいいでしょう?」


リーネは柔らかく笑った。


「…………」


「どうしたの?」


「何でもないです」


リーネは不思議そうに首を傾げた。


それから、いつも診察の終わりにそうしていたように、俺の肩へ手を置く。


「元気でね、エイユ」


返事をしようとしたのに、うまく声が出なかった。


『あーあ』


 頭の中で、アレイシアが呆れたように言った。


『やっぱり先生のほうが強いじゃん』


 何の勝負だよ。


 そう返す余裕は、しばらく戻ってこなかった。

グラディエン編、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


訓練、クローン技術、要塞奪還、シアーダやリーネとの交流……書きたい場面を詰め込んでいたら、当初の予定よりずいぶん長い章になりました。


次章の舞台は、人民秩序共同体。

争いも貧困も少なく、人々が穏やかに暮らす、とても平和な国です。


そして指導者は、黒髪の美しい第一書記・メイ。

武芸、医学、心理学、詩や書画にも通じた、穏やかで教養のある女性です。


たぶん今回は安心ですね。


エイユには学院から送り込まれたスパイとして、その内側へ潜入してもらいます。


次章もお付き合いいただければ嬉しいです。

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