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第四十二話 責任は仲よく半分ずつ

第四十二話 責任は仲よく半分ずつ


その後、グラディエンの兵士たちは驚くべき速度で要塞を制圧していった。


抵抗する原生生物を撃破し、産卵床を焼却する。


最後に到着したのは、屋根のない円形演習場だった。


観客席のような段差が周囲を囲み、中央には広い土の地面がある。


「ここが、最後の交戦地点だ」


第四要塞が襲撃された際、退路を断たれた兵士たちは、ここへ集結して最後まで抵抗した。


しかし、すべての認識信号がここで途絶えている。


「ここが墓なら、仇もここにいる」


バンダロがライフルを握り直す。


「今度は俺たちが終わらせる。必ずな」


 普段はくだらない死亡フラグばかり立てている男が言うと、それなりに格好よかった。


 シアーダが先頭に立ち、俺たちは演習場へ続く通路を進んだ。


「生体反応多数」


 兵士が探知装置を確認する。


「中央部に集中しています」


「数は」


「正確には測定できません。少なくとも五十以上」


 シアーダが片手を上げる。


 全員が足音を抑え、円形演習場へ入った。


 最初に聞こえたのは、湿った音だった。


 肉を噛みちぎる音。


 骨を砕く音。


 何かが大量の水をすするような音。


「なんだ……?」


 中央に、大量の人影がいた。


 青白い皮膚。


 異常に発達した筋肉。


 頭髪のない頭。


 白く濁った目。


 昨夜、俺たちを襲ったGE-0673と同じ姿だった。


 一体や二体ではない。


 数十体。


 そいつらは、倒れた原生生物へ群がっていた。


 肉を素手で引き裂き、口へ押し込んでいる。


 甲殻を噛み砕き、流れ出た体液をすすっていた。


「あいつら……何をしてるんだ」


 誰かが呟いた。


「食ってる……」


 隊員たちが言葉を失う。


 俺も、ライフルを構えることさえ忘れていた。


 怪物を食う怪物。


 その群れの奥で、巨大な何かが動いた。


 周囲のGE-0673が左右へ退く。


 姿を現したのは、同じ青白い皮膚を持つ怪物だった。


 だが、大きさが違う。


 四メートルを超える猿のような巨体。


 鋭い爪。


 腕は俺の胴体より太く、背中からは骨のような突起が何本も伸びている。


 そいつは原生生物の頭部を片手で持ち上げ、果実でもかじるように噛み砕いた。


「昨夜の再生するやつだろ……」


「あれが、こんなに」


「でかいのまでいるぞ」


 昨夜は、一体を相手にするだけで班全員が死にかけた。


 銃で身体を吹き飛ばしても再生する。


 俺の即死能力も効かない。


 シアーダが細切れにして、ようやく止められた。


 それが数十体。


 さらに、その上位個体らしきものまでいる。


「……多いな」


 シアーダが小さく言った。


 口調はいつもと変わらない。


「後退しろ」


 巨大個体がこちらを向いた。


 白い目が、俺たちを捉える。


 周囲にいたGE-0673も、次々に食事を止めた。


 百を超える白い目が、一斉にこちらを向く。


「刺激するな。ゆっくり下がれ」


 一体のGE-0673が立ち上がった。


 続いて二体目。


 三体目。


 群れ全体が、俺たちを包囲するように動き始める。


 巨大個体が口を開き、低い咆哮を上げた。


 空気が震える。


 演習場を囲む壁から、細かな砂が落ちた。


「ここは私が引き受ける」


 シアーダが巨大な個体へ向かって歩き出す。


「全員、退却しろ」


 シアーダなら、勝てるかもしれない。


 さっきも、クザンを一人で消滅させた。


 また《レッド・パージ》を使い、周囲を巻き込みかねないほどの力で、あの群れを殲滅するのだろう。


 ふと、シアーダの横顔を見た。


 表情は平静だった。


 声も震えていない。


 部下たちへ、いつもどおり指示を出している。


 だが、俺には聞こえてしまった。


 彼女の内側にある声が。


〈これは、死ぬかもしれない〉


〈まだ、死にたくない〉


「シアーダ……」


「何をしている」


 シアーダはこちらを見なかった。


「聞こえなかったか。さっさと退却しろ」


 表面の声は、普段どおりだった。


 感情の動きに、神経を集中する。


〈怖い〉


〈誰かが私を――〉


 そこで、声は途切れた。


 最後まで助けを求めることさえできない。


 自分より弱い誰かを守るために、ずっと恐怖を押し殺してきた人間の声だった。


 ミリアが最後に、自分を送り出したときの光景が頭をよぎった。


 声を上げずに耐えて、まるで一人で地獄に残ろうとしている姿。


「大佐――」


 俺だって怖い。でも、彼女を一人にしておくことなんて出来なかった。


「俺も戦います」


「必要ない」


「でも――」


「お前はクローンではない」


 シアーダが俺を睨む。


「私は死んでも、記憶を引き継ぐ個体が残る。だが、お前は死ねば終わりだ」


 それは、死ぬ覚悟がある者の言葉ではない。


 死にたくない人間が、自分より他人を優先しているだけだった。


「あなたは、俺を守ってくれました」


「何?」


「神々の僕に追われたときも。訓練から帰れなくなったときも」


 俺はライフルを構え、シアーダの隣へ立った。


「だから今度は、俺が守ります」


「命令違反だぞ」


「あとで処罰してください」


 シアーダは何も言わなかった。


 俺を見つめる。


 その表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 呆れているようにも見えた。


 それでも、どこか嬉しそうだった。


「俺も残ります」


 後ろから声がした。


 バンダロだった。


「大丈夫だ。俺たちは死なない」


「おい、それ……!」


すると、別の兵士がバンダロの隣へ並ぶ。


「意外と大したことないですよ、あいつら」


「お前まで重ねるな!」


「次の休暇、奢ってくださいよ」


「帰ったら自慢できますね」


「俺、この戦いが終わったら――」


「それ以上は言うな」


 誰かが笑った。


 一人。


 また一人。


 兵士たちが退却をやめ、武器を構えた。


 さっきまでの恐怖が消えたわけではない。


 勝算が増えたわけでもない。


 それでも、士気だけは熱気となって膨張していく。


「……馬鹿な奴らだ。死ぬつもりの者は、一人もいないらしい」


 シアーダが呟いた。


 そして部隊全体を見渡す。


 シアーダは、残った兵士たちへ向き直る。


「いいか、壁に囲まれているのは我々じゃない。やつらだ」


 彼女の目が青く光る。


「――一匹も逃がすな」


 兵士たちが一斉に武器を構えた。


「イエッサー!」


 GE-0673の群れがゆっくりと近づいてくる。


 そのとき、シアーダの端末へ秘匿通信が入った。


 腕を横にまっすぐ伸ばし、兵士たちを制止する。


 彼女は、表示された情報を数秒だけ確認する。


「攻撃範囲は」


『円形演習場の内部全域』


「味方識別は可能か」


『可能です。照準は完了しています』


「実行を許可する」


「何を――」


 尋ねるより早く、シアーダが叫んだ。


「上空から援護射撃! 全員伏せろ」


 その瞬間。


 夜明けの空から、一本の白い光が降ってきた。


 音はなかった。


 細い光の柱が、円形演習場の中央へ突き刺さる。


 次の瞬間、視界が真っ白になった。


 光が一気に広がる。


 GE-0673の群れが、声を上げる暇もなく白い光へ呑み込まれた。


 身体が焼けるのでも、砕けるのでもない。


 光へ触れた場所から、輪郭そのものが消えていく。


 昨夜、何度撃っても再生した肉体が、一瞬で分解されていった。


 巨大個体が光の中で立ち上がる。


 両腕を空へ伸ばし、何かをつかもうとした。


 だが、その身体も内側から白く染まり、崩れていく。


 数秒後。


 光が消えた。


 光はGEだけを選んで消し去り、足元の原生生物の死骸には焦げ跡一つ残していなかった。


「…………」


 誰も動けなかった。


 シアーダが通信機を取る。


「支援に感謝する。ソフィヤ」


『どういたしまして』


 聞き覚えのある女性の声が流れた。


『間に合ってよかった。新型兵器を、生体目標へ照射できる機会は貴重だからね』


「それは、どういう意味だ?」


『救援と試験を両立しただけだ』


 アカデミア統合理院の学院長、ソフィヤだった。


「エイユ」


 シアーダが通信機を差し出した。


「ソフィヤがお前と話したいそうだ」


「俺と?」


 通信機を受け取る。


 複雑な気分だった。


 俺を学院から追放した相手。


 今さら何の用だという思いがある。


 同時に、俺が学院を半壊させたことへの罪悪感も残っていた。


『久しぶり、エイユ』


「ソフィヤ……」


『君が学院のセキュリティを解除した際、人民秩序共同体が侵入したことは覚えているか』


「……ああ」


 俺が封鎖を解除したことで、立入禁止だった研究区画まで開放された。


 混乱に乗じて、人民秩序共同体の工作員が研究資料を盗み出したと聞いている。


「あのときのことは、すまなかった」


『その話は今はいい』


 短く切られた。


『君が先ほど対峙した怪物。あれはこの環境固有の原生生物ではない』


「え?」


『多くは人間だ』


 俺は演習場へ視線を戻した。


 光に消された青白い怪物たち。


「人間……?」


『正確には、人間だったものだ。遺伝子改変ウイルスによって、肉体を作り替えられている』


「じゃあ、ここにいたやつらは全員……」


『人民秩序共同体が作った強化個体だ』


 数週間前。


 ここで、第四要塞の兵士たちの認識信号が消えた。


 逃げ遅れ、最後まで抵抗した兵士たち。


 その死体は見つかっていない。


「まさか……」


 喉が乾く。


「どうして学院に分かる?」


 俺が尋ねると、短い沈黙があった。


『そのウイルスを作ったのが、我々だからだ』


「…………」


『第二研究所で研究していた禁忌技術。それが、自己増殖型遺伝子改変ウイルスだ』


 ソフィヤは淡々と説明を続ける。


『感染した細胞へ新しい遺伝情報を送り込み、肉体を作り替える。筋肉、骨、臓器――設計次第では神経までね』


「記憶や人格も?」


『理論上は。そして、ウイルスは感染者の体内で自己増殖する。だから禁忌指定された』


 学院がそんなものを作っていたことも怖い。


 それを外へ持ち出させた原因の一つが、自分であることはもっと怖かった。


『人民秩序共同体は、その技術を完成させようとしている。外部から集めた人間や、国民を使ってね』


『そして、誘拐以外で、領域内へ入れるのは特別に許可された者だけだ』


 嫌な予感がした。


『君には招待が届いているそうだね』


「俺に潜入しろって?」


『正確には、盗まれた研究データとウイルス株を回収してほしい。可能なら、製造設備も破壊してくれ』


「それ、追放した人間への頼み事じゃないだろ」


『ARIAの件について、君へ下した処分を撤回するつもりはない』


「じゃあ、なんで俺なんだよ」


『学院は危険なものを作った。君は、それを保管していた区画のセキュリティを解除した』


「…………」


『責任は半分ずつだ』


「もし、俺が断ったら?」


『別の人間を送る』


「入れる人間がいるのか?」


『探す。ただ、君ほど都合のいい人間はいない』


「なぜ?」


『彼らは、“人民の一体化”に利用できる君の能力へ興味を持っている。客人として招かれる君なら、学院の工作員より自由に動ける』


 仲直りをしたわけではない。


 ソフィヤを許したわけでも、向こうが俺を許したわけでもない。


 それでも、あの技術を放置すれば、さらに多くの人間がGEへ作り替えられる。


「半分って言ったな。学院は何をしてくれる?」


 ソフィヤは、すぐに答えた。


『学院は、GEの再生を阻害する装備、感染初期の治療薬、潜入中の遠隔支援を提供する』


「失敗したら?」


『学院の戦力で救出する』


「入国できないんじゃなかったのか?」


『救出作戦なら、許可を求める段階は過ぎている。戦争だ』


『それから、君が追っている異常個体と、“目覚める怪物”についても、統合理院の最優先研究対象へ指定する』


「本当に?」


『発見、解析、封印、あるいは討伐。必要な技術と人員は学院が提供する』


 俺一人では、目覚める怪物が何なのかさえ分からない。


 アレイシアも、詳しいことはわからない。


 学院が本気で調査へ加わるなら、大きな助けになる。


 俺は、演習場を見渡した。


 GEに食い荒らされた原生生物の死骸。


 元は人間だった怪物たち。


 俺が開けた扉から流出した技術が、この光景を生んだのかもしれない。


「分かった」


 通信機を握り直す。


「やる。人民秩序共同体へ行く」


『交渉成立だ』


 ソフィヤの声は、最後まで淡々としていた。


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