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第四十一話 人間でなければ、問題ない

第四十一話 人間でなければ、問題ない


 翌朝。


 第四要塞への突入作戦が始まった。


 忌避信号によって、移動できる原生生物の大半は外へ追い出されている。


 残っているのは、信号の効かない個体と、逃げることのできない卵や固着型。


 俺たちの班は、開放された西側搬入口から要塞内部へ進入した。


「前方、反応三!」


 通路の奥から、甲殻に覆われた獣が飛び出してくる。


 兵士たちが一斉にライフルを構えた。


 銃声が重なり、一体目の頭部が砕けた。


 二体目は脚を撃ち抜かれ、三体目は飛びかかったところをバンダロに撃ち落とされる。


「前進!」


 誰も立ち止まらない。


 怪物が現れる。


 撃つ。


 倒す。


 進む。


 訓練で何百回も繰り返した動作を、班全体が一つの機械のように実行していく。


 俺が発砲するまでもない。


 別の通路には、半透明の卵が壁一面へ張りついていた。


 薄い膜の向こうで、黒い影が蠢いている。


「産卵床を確認」


「焼却する。離れろ」


 火炎放射器を背負った兵士が前へ出た。


 轟音とともに、橙色の炎が通路を埋め尽くす。


 卵の表面が焼け、次々と弾けた。


 内部にいた幼体もろとも、黒く炭化していく。


 鼻を突く悪臭が広がった。


「くさっ……」


「吸うな。肺の中で孵化するぞ」


「嘘ですよね?」


「たぶんな」


「たぶんで済ませるな!」


 戦闘というより、害獣駆除に近かった。


 仮想空間での訓練と比べれば、敵の動きは遅い。


 数も少ない。


 味方は強く、射撃も正確だった。


 正直、ここまで順調に進むとは思っていなかった。


 ◇


 第三保管区画まで進んだところで、先頭の兵士が拳を上げた。


 全員が止まる。


 通路の奥には、両腕から刃を伸ばした黒曜石の戦士たちが並んでいた。昨日、偵察中に見た個体だ。


 俺はライフルを構えたまま、小声で唱えた。


「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー」


《レベル:45》


《漆黒を纏いし終焉の暗黒騎士――ブラック・ナイト・オブ・デス》


《攻撃力:100》


《防御力:200》


《素早さ:10》


《黒き石より生まれ、深淵にまどろむ主へ仕える騎士》


《その血は地の底に燃ゆる火》


《されど堅きものほど砕けやすく、強き衝撃と急なる寒熱を忌む》


《深淵は満ちつつある》


《御方の目覚めは、すでに近い》


「…………」


 今回の説明だけ、やたら黒歴史ノートの一節みたいだった。


 しかも、妙なのは鑑定結果だけではない。


 黒い戦士たちの精神へ意識を伸ばす。


 原生生物から伝わるのは、普通なら食欲や恐怖といった単純な感情だけだ。


 だが、こいつらは祈っていた。


〈地の底にまどろみたもう、深淵の主よ〉


〈御名を、地を歩むものすべてが畏れ奉らんことを〉


〈道を拓きたまえ〉


〈門を開きたまえ〉


〈声を携え、迷える者を御許へ導きたまえ〉


 何体もの意識が、同じ祈りを繰り返している。


 意味は分かる。


 だが、何を願っているのかは分からない。


 祈りの形をしているのに、どこか壊れていた。


「どうした?」


 隣にいたバンダロが尋ねる。


「鑑定の文章も、伝わってくる思念も、いつもと違う」


「弱点は?」


「強い衝撃と、急激な温度変化」


「なら問題ない」


 バンダロが後方へ合図を送った。


「焼却班、前へ!」


 黒曜石の戦士たちが、ゆっくりこちらへ歩き出す。


 遅い。


「火炎放射!」


 炎が通路を走った。


 黒曜石の戦士たちが、橙色の火に包まれる。


 黒曜石そのものは燃えない。


 だが、表面だけを急激に熱された身体は、温度差による膨張へ耐えられなかった。


 熱膨張に耐えられず、黒い身体へ亀裂が走る。そこへ銃撃が集中し、戦士たちは崩れた石像のように砕け散った。


 最後の一体が砕ける。


 同時に、頭の中で繰り返されていた祈りも途切れた。


「弱点が分かればこんなものか」


「エイユ様々だな」


 兵士たちは再び前進を始めた。


 俺だけが、床へ散らばった黒い破片を見ていた。


 深淵の主。


 やはり、アレイシアが言っていた怪物が目覚める予兆なのだろうか。


◇


 格納庫へ続く隔壁が開いた。


 大型車両を収容できる、広大な空間。


 天井には運搬用の軌道が走り、床には放棄された装甲車が何台も並んでいる。


 その中央に、あいつはいた。


 岩を削り出したような肉体を持つ、頭髪のない男。


 冷えた岩のように黒い皮膚。


 身体の節々に走る亀裂から、赤熱したマグマのような光が漏れている。


 両手には、同じ赤い光を放つ二本の短剣。


 白く発光する目には、瞳孔すらなかった。


 地獄そのものが、人の形を借りて立ち上がったようだった。


 俺たちが入ってきても、身動き一つしない。


「目標確認」


「散開しろ」


 兵士たちが装甲車や支柱の陰へ移動する。


 俺は鑑定を発動した。


《レベル:55》


《煉獄を統べし灼熱の魔将――クザン》


《攻撃力:380》


《防御力:420》


《素早さ:300》


《灼熱の核を黒き肉体に宿す、深淵の守護者》


《その刃は肉を焼き、骨を溶かし、魂の器を灰へ還す》


《主の眠りを妨げる者に向けられた、怒りの顕現》


《外殻は損傷後、急速に再形成される》


《極端な冷却により、再形成機能の低下が見込まれる》


「攻撃力三百八十、防御力四百二十、素早さ三百!」


『弱点は』


「冷却です!」


『一斉射撃!』


 無数の銃弾がクザンへ集中した。


 黒い身体に次々と穴が開く。


 だが、数秒もしないうちに、銃撃の痕跡が消えた。


「効いてない!」


 クザンが床を蹴る。


 一瞬で兵士との距離を詰めた。


 赤熱した短剣が横へ振られる。


 兵士は身を伏せて避けた。


 刃が背後の装甲車へ触れる。


 分厚い装甲が赤く焼けながら、音もなく切断された。


 あれに触れたら、ただでは済まない。


「冷却設備は!」


『格納庫北側に消火設備がある!』


 壁に沿って走る。


 赤い操作盤を殴るように押した。


《火災抑制設備作動》


 天井の散水口が開く。


 大量の水が、格納庫へ降り注いだ。


 水がクザンの身体へ触れ、激しい音を立てて蒸発する。


 白い蒸気が一気に立ち込め、視界を覆った。


「……効いたか?」


 誰も答えない。


 耳に残っていた噴射音が消え、あたりに不気味な静寂が落ちる。


 俺は息を殺し、白く煙る向こう側へ目を凝らした。


 何も見えない。


 もう一歩、覗き込む。


 ――赤い光が、灯った。


 ひとつ。


 ふたつ。


 蒸気の奥で、人の形に沿って赤い亀裂が浮かび上がっていく。


 身体の亀裂から漏れる、マグマのような光。


「……嘘だろ」


 次の瞬間。


 白い蒸気を引き裂いて、黒い巨体が踏み出した。


「駄目だ、効いてない!」


 赤い光が急速に近づいてきた。


 クザンが蒸気を突き破る。


 俺へ向かって、一気に踏み込んできた。


 右の刃。


 間に合わない。


 赤い光が振り下ろされる。


 その直前、青い影が俺とクザンの間へ割り込んだ。


 シアーダだった。


 青く光る二本のブレードが、クザンの短剣を受け止める。


 衝突した瞬間、熱風が吹き荒れた。


「下がれ!」


 俺は床を転がり、距離を取った。


 シアーダとクザンが、目で追えない速度で斬り合う。


 青と赤の光が、格納庫を激しく交差した。


 シアーダが短剣を受けるたび、銀色のブレードは接触部分から赤熱し、溶断される。


 ならばと脇腹を切り裂いても、傷口から噴き出した熱が刃を溶かす。クザンの傷も、すぐに赤い物質で塞がっていった。


 シアーダは溶けた刃を捨て、即座に新しい刃を形成する。


 斬る。溶ける。作り直す。


 速度では、シアーダが上回っている。


 クザンの刃は彼女へ届かない。


 だが、シアーダの刃もクザンの命までは届かなかった。


 同じ攻防を続けても、先にストラクタが尽きる。


 そう判断したのか、シアーダが大きく距離を取った。


「生体区分を確定しろ。あれは人類ではない。保護対象として扱う必要もないのだな?」


「はい。鑑定では《深淵の守護者》。人類ではありません」


「そうか」


 シアーダの声が低くなる。


「なら、問題ない」


 彼女は通信回線を全隊へ接続した。


「全員、格納庫から退避しろ」


『大佐は?』


「私が処理する。レッド・パージだ」


 その言葉を聞いた兵士たちの顔色が変わった。


「赤い閃光だ!」


「巻き込まれるぞ、気合で走れ!」


 負傷者を抱え、全員が格納庫の出口へ向かう。


「エイユ、何してる! お前も退避しろ!」


 俺も走った。


 だが、途中で振り返ってしまった。


 シアーダが一人、クザンと向かい合っている。


 クザンは二本の短剣を構え、低く腰を落とした。


 シアーダが短く告げる。


「コール、《対生体災害殲滅規定――レッド・パージ》」


《生体識別を開始》


《対象:非人類》


《周辺人員の退避を確認》


《対人安全制約を解除》


《レッド・パージ実行承認》


 シアーダの目から、青い光が消えた。


 代わりに、赤紫の光が灯る。


 表情まで変わったように見えた。


 冷静で、無駄のなかった戦い方。


 最短の手順で無力化する兵士の顔。


 それが消えていた。


「――クソ害獣。人間の形なんてしやがって」


 シアーダの声は、いつもより低く、荒い。


「兵士の真似事まで始めたか」


 赤紫の光が、彼女の両腕へ集まる。


 ストラクタが大きく形を変えた。


 細身のブレードではない。


 巨大生物の骨格ごと断ち切るための、分厚く長い二本の刃。


 どう見ても、人間相手に振るう武器ではなかった。


「出来損ないが。設計者を呼べ――私が返品してやる」


 シアーダが刃を大きく後ろへ引いた。


 長い溜め。


 対人戦なら、その間に何度も攻撃されている。


 クザンが床を蹴る。


 だが、シアーダへ到達するより早く、赤紫の光が弾けた。


 稲妻が床と壁を這う。


 軽い音ではない。


 空気そのものが破裂した。


 耳を直接殴られたような衝撃。


 一瞬遅れて、腹の底まで揺さぶる轟音が届く。


 クザンが二本の短剣を交差させた。


 シアーダの一撃が、その上から叩きつけられる。


 赤熱した刃が砕けた。


 黒い両腕が、肩から千切れ飛ぶ。


 シアーダは止まらない。


 床を踏み砕き、さらに一歩踏み込む。


 二撃目。


 巨大な刃が、クザンの胴体へ深く食い込んだ。


 これまで傷を塞いでいた赤い物質が、再生を始める。


 その内側へ、赤紫の雷光が流れ込んだ。


 クザンの全身に亀裂が走る。


 内側から光が膨れ上がった。


 そして――破裂した。


 黒い外殻も。


 赤熱した核も。


 再生しようと蠢く破片も。


 赤紫の閃光に呑み込まれ、跡形もなく消滅する。


 衝撃波が格納庫を駆け抜けた。


 放置されていた装甲車が横転し、天井の軌道が歪む。


 俺は隔壁の陰へ身を隠した。


 やがて、音が消えた。


 顔を出す。


 格納庫の中央には、半球状にえぐれた床だけが残っている。


 クザンの姿はなかった。


 シアーダがこちらを向いた。


 赤紫の瞳が俺を捉える。


 手には、まだ巨大な刃が握られている。


《生体反応を検知》


《識別中》


 巨大な刃の切っ先が、わずかにこちらへ動いた。


 「ひっ」


 殺気までこちらへ向けられた気がして、身体が跳ねた。


《友軍識別完了》


 次の瞬間、シアーダの目から赤い光が消えた。


 いつもの青い瞳へ戻る。


 巨大な刃も銀色の泥へ崩れ、両腕の装甲へ吸収されていった。


 シアーダは俺の全身を確認する。


「負傷は?」


「ありません」


「そうか」


 口調も表情も、いつものシアーダだった。


 だが、先ほど聞いた罵声が耳に残っている。


 あれが、対生体災害用の殲滅規定。


 ――非人類。たった三文字で、人間を守るための制約がすべて消える。


 古代人で、異質な能力を持つ俺が、彼らの定める「人類」から外れていたら。


 今ごろ俺も、跡形なく消えていたのかもしれない。

※大佐の《レッド・パージ》のイメージを活動報告に載せています。興味のある方はどうぞ。

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