↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/83

第四十話 死なない男と、死なない怪物

第四十話 死なない男と、死なない怪物


 第四要塞の西側には、乾燥に強い低木が密集した森林地帯が広がっていた。


 先行部隊が照射設備の展開を始める。


 兵士が荷台から取り出したのは、片手で持てるほどの小さな容器だった。


 栓を外す。


 中から、銀色の泥のようなものが這い出してきた。


 地面へ落ちた銀色の塊が脈打ちながら膨らみ、枝分かれする。


 骨組み、装甲、車輪、照射塔。


 数分もしないうちに、一台の巨大な車両が完成した。


《構造流体――ストラクタ》


 同じものが、俺たちの目の前で次々と生み出されていく。


「いつ見てもすごいな……」


 思わず声が漏れた。


「あんな小さな瓶の中身が、こんなに大きくなるのか」


「俺にも詳しいことは分からん」


 隣にいた兵士が答えた。


「フラクタル構造がどうとか、多次元方向へ折り畳まれているとか、技術屋は言ってたな」


「どういう意味だ?」


「ものすごく複雑な折り紙だと思っておけばいい」


「説明を諦めただろ」


 こいつはバンダロ。


 今回、俺と一緒に行動する班の兵士だ。


 この戦いが終わったら、故郷で店を開くらしい。


 きれいに死亡フラグだった。


「あれは、俺にも使えるのか?」


「頭に制御機械が入ってないと、ただの銀色の泥だ」


「そうか……」


 ちょっと使ってみたかった。


 ◇


 完成した忌避信号照射車両は、作戦どおり第四要塞の西側へ展開された。


 複数の車両が等間隔に並ぶ。


 照射塔が持ち上がり、要塞へ向けて角度を変えた。


《照射範囲設定完了》


《出力十パーセント》


《照射開始》


 目に見える光はなかった。


 だが、要塞の中ではすぐに変化が起きた。


 要塞内部から無数の足音が響き、音が西から東へ移動していく。


《出力二十五パーセント》


 やがて東門から、数百体の怪物が溢れ出した。


「本当に出ていくんだな」


「大半はな」


 バンダロが照射車両の計器を確認する。


「信号へ逆らおうとする個体もいる。ほら、来たぞ」


 群れの一部が、不意に進路を変えた。


 逃げるのではない。


 忌避信号の発生源を破壊しようとしている。


 何体かが発生源を破壊しようとこちらへ向かってきたが、自動砲台が次々と撃ち落としていく。


 正確だった。


 狙いも、射撃の順番も、まるで一つの意思で動いている。


 そのとき、通信機から叫び声が響いた。


『ソウルだ! ソウル・フライの群れが出る!』


 銀色の波のようなものが、要塞の上空へ噴き出した。


 ソウル・フライ。


 一体一体は小さい。


 だが、あれに精神へ入り込まれれば、内側から破壊される。


「精神増幅装置を起動しろ! 火炎放射器も準備!」


 指揮官の声が通信網を駆け巡る。


「エイユ!」


 少し離れた場所にいたシアーダが、俺の名前を呼んだ。


「分かってる!」


 息を吸う。


 また、これを叫ぶのか。


「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」


 遠くにいたソウル・フライの意識が、一斉に流れ込んできた。


 数は多いが、群れ全体で意識を共有するソウル・フライなら問題ない。


 俺は意識を重ねる。


 遠くへ行け。


 ここへ戻ってくるな。


 銀色の波が空中で止まり、一斉に向きを変える。


 そのまま荒野の向こうへ飛び去っていった。


 あまりにも、あっけなかった。


「すごいな……」


 バンダロが俺を見ていた。


 さっきまでの軽い調子はなく、純粋な尊敬が目に浮かんでいる。


 ◇


 続いて、俺は一体の原生生物へ意識を接続した。


 逃げ遅れ、要塞内部を這っている小型個体。


 その視界を借りて、内部の状況を探る。


 薄暗い通路。


 床や壁には、脈打つ卵がいくつも張りついている。


 別の区画では、巨大な獣が壁へ何度も頭を打ちつけている。


 一方、さらに奥には忌避信号をものともせず徘徊する怪物や、巨大な剣を持つ黒曜石の戦士がいた。


 角を曲がる。


 広い格納庫へ出た。


 そこに、一体だけ立っているものがいた。


 人型だった。


 筋骨隆々の、頭髪のない男。


 だが、人間には見えない。


 皮膚は冷えた岩のように黒く、身体の節々に走る亀裂から、赤熱したマグマのような光が漏れている。


 両手には、同じ赤い光を放つ二本の刃。


 目は白く発光し、瞳孔すら見えなかった。


 そいつが、こちらを向いた。


 借り物の身体越しなのに、背筋が凍った。


 ああ。


 これ、やばいやつだ。


 原生生物の身体を操ったまま鑑定できないか試す。


 だが、意識を接続しながら別の能力を起動することはできなかった。


 その間にも、人型の怪物がゆっくり近づいてくる。


 俺は接続を切った。


 自分の身体へ意識が戻る。


「どうだった」


 シアーダが尋ねる。


 俺は要塞内部で見たものを報告した。


「赤い刃を持つ人型は、識別記録には該当しない」


 シアーダは映像資料を検索したが、同じ姿の原生生物は見つからなかった。


「突入後、発見したら鑑定しろ。能力値と特性を報告しろ」


「そのあと、どうします?」


「私が相手をする」


 頼もしい。


 あんなものと一対一で戦うと言われて、安心できる相手はシアーダくらいだった。


 ◇


 忌避信号は、原生生物が信号へ慣れる直前まで、最大出力で照射し続けることになった。


 そのため、要塞への突入は翌朝に決まった。


 夜。


 俺たちは照射車両から少し離れた場所へ簡易野営地を設けた。


 要塞の周辺には怪物が残っている可能性があるため、大きな明かりは使えない。


 防壁の陰で小さな火を囲み、班の仲間たちと携帯食を食べる。


「それで、実際どうなんだ?」


 向かいに座った兵士が、突然尋ねてきた。


「何が?」


「『パラサイトウォーリアー』だよ。お前をモデルにしたって噂の」


「俺をモデルにしたわけじゃない」


「赤髪の聖女とは、いい雰囲気になるんだろ?」


「脚色だよ」


「企業連合の女社長とも?」


「そっちも違う」


「じゃあ、誰が本命なんだ?」


「なんで誰かいる前提なんだよ」


 兵士たちが笑う。


「赤髪の聖女、大金持ちの女社長、それからグラディエンの美人軍医」


「俺なら女社長だな」


「お前は胸しか見てないだろ」


 明日には全員で怪物の巣へ入る。


 今くらいは、この程度でいいのかもしれない。


「バンダロはどうなんだ?」


 話を逸らすために尋ねた。


「故郷に女はいないのか?」


「いるぞ」


「いるのかよ」


「この戦いが終わったら結婚するんだ」


 全員が黙った。


「それ、今言って大丈夫なやつか?」


「大丈夫さ」


「誰なんだよ」


「ジェニーだよ。食堂のウエイトレスの。あいつは俺に惚れてるに違いない。帰ったら結婚申し込む」


「何も決まってないじゃないか」


「まあ、だから死亡フラグでもないな」


 理屈が強引だった。


 バンダロは笑いながら、手元の端末を確認する。


 その表情が、ふと止まった。


「あれ?」


「どうした?」


「照射車両の一つから信号が来ていない」


 野営地の外へ視線を向ける。


 暗闇の向こうには、複数の照射塔が青い光を点滅させている。


 そのうち一つだけが消えていた。


「見てくる」


 バンダロは立ち上がり、ライフルを肩へ掛けた。


「一人で?」


「すぐそこだ。壊れていたら再起動して戻る」


 そう言って、暗闇の中へ消えていった。


 十分。


 二十分。


 バンダロは戻ってこない。


 班長が通信機を手に取った。


「バンダロ、応答しろ」


 返事はない。


「照射車両の状態を報告しろ」


 雑音だけが流れた。


 俺は立ち上がった。


「様子を見てきます」


 消えた照射車両は、俺の感知範囲からそれほど離れていない。


 バンダロが怪物に襲われているなら、一秒でも早いほうがいい。


 俺は拳銃を確認し、暗い森へ入った。


 ◇


 夜の森は、昼間とは別の場所に見えた。


 暗闇の奥から、鳥の鳴き声に似たものが聞こえる。


 低い獣の唸り声。


 忌避信号で大型の原生生物は追い払われている。


 そう分かっていても、何かが背後をついてきている気がした。


「バンダロ!」


 返事はない。


 端末の位置情報を確認する。


 照射車両は、この先にあるはずだ。


 木々の間に、消灯した照射塔が見えた。


 その手前に、人影が立っている。


「バンダロ?」


 声をかける。


 人影が、ゆっくりこちらを向いた。


 違う。


 人間ではない。


 二メートルを超える大男。


 頭髪はなく、異常に発達した筋肉が青白い皮膚を押し上げている。


 白く濁った目。


 口元から垂れる、透明な液体。


 両手には、赤黒い液体がべったりと付着していた。


 どう見ても、まともな生物ではなかった。


「うわああっ!」


 情けない声が出た。


「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー!」


《名称:GE-0673》


《レベル:測定不能》


《所属:不明》


《攻撃力:100(+0)》


《防御力:100(+0)》


《素早さ:100(+0)》


《解説:■■■■■■■■■■》


《生体分類:エラー》


《■■適合率:■■■》


《命令権限:接続先不明》


「なんだ、これ……」


 数値は読める。


 だが、説明だけが壊れていた。


 これまで鑑定できなかった相手とは違う。


 情報がないのではない。


 何かの情報が存在しているのに、それを正しく読むことができない。


 その事実が、妙に怖かった。


 GE-0673が地面を蹴った。


 速い。


 腰の拳銃を抜く。


 照準。


 発砲。


 頭、胸、右肩。


 訓練どおり三発とも命中する。


 だが、止まらない。


「嘘だろ!」


 拳が振り下ろされる。


 横へ飛ぶ。


 直後、地面が爆発した。


 土と石が舞い上がり、木の幹が根元からへし折れる。


 まともに食らえば、一撃で終わる。


「助けてくれ! 誰か!」


 通信機へ叫びながら、続けて引き金を引く。


 弾丸が膝を砕く。


 やつの身体が傾いた。


 だが、倒れる前に傷口が塞がっていく。


『エイユ! 聞こえるか!』


 通信機から仲間の声がした。


「照射車両の近くだ! 正体不明の敵がいる!」


 怪物が再び迫る。


 拳を避ける。


 速い。だが、見える。


 シアーダの拳に比べれば、まだ避けられる。


 訓練を受けていなければ、とっくに死んでいた。


 やがて、森の奥から複数の足音が近づいてきた。


「エイユ、大丈夫か!」


「なんだ、こいつ……!」


 駆けつけた兵士たちが、一斉にライフルを撃つ。


 銃弾が怪物の身体へ集中した。


 腕が吹き飛び、腹に穴が開く。


 それでも止まらない。肉片が蠢き、失った腕さえ再生し始めた。


「重火器を持ってこい!」


 このままでは押し切られる。


 生物なら、死はあるはずだ。


「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」


 命を終わらせる力が、相手の内側へ流れ込む。


 ――何も起こらない。


《対象の生命終端を確定できません》


「効かない……?」


 怪物がこちらを向いた。


 傷ついた口元が、不自然に開く。


 笑ったように見えた。


 やばい。


 そう思った瞬間。


 森の奥から、何かが猛烈な速度で飛び込んできた。


 青い光。


 シアーダだった。


 ストラクタによって形成された刃が、GE-0673の胴体を切り裂く。


 速すぎて、刃そのものが見えない。


 青い軌跡だけが、暗闇の中へ無数に刻まれていく。


 敵が反撃する暇もない。


 最後に、頭部が地面へ落ちる。


 それでも肉片は動こうとしていた。


 シアーダの刃が、さらに何度も振り下ろされる。


 肉片は細切れになり、やがて動かなくなった。


 静寂が戻った。


 俺は荒い呼吸を整えながら、足元の残骸を見る。


「大佐……」


「負傷は?」


「ありません」


「こいつは何なんだ?」


 俺は足元の肉片を指さした。


「鑑定では、GE-0673と出ました。原生生物なのかも分からない。即死能力も効かなかった」


 シアーダは答えなかった。


 刃の先で肉片を持ち上げ、断面を確認する。


 その顔には、かすかな警戒が浮かんでいた。


「分からん」


 シアーダが立ち上がる。


「だが、用心するに越したことはなさそうだ」


 そのとき、森の奥から枝を踏む音がした。


 全員が一斉に銃を向ける。


「待て待て! 俺だ!」


「……バンダロ?」


 暗闇から、腹を押さえたバンダロが出てきた。


「お前、どこにいたんだよ!」


「腹壊した」


「二十分も!?」


「戦場の携帯食を舐めるな」


「通信は!」


「途中で落とした」


「どこに」


バンダロが黙った。


「……聞くな」


こいつはたぶん、死なない。

文字数の都合で削りましたが、GE-0673の手についてた赤黒い液体は、大佐の好物の苺味のゼリーです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。