第三十九話 死亡フラグを三つ立てて、戦場へ向かいます
第三十九話 死亡フラグを三つ立てて、戦場へ向かいます
翌朝、シアーダから指令室へ来るよう呼び出された。
訓練は終わった。
ついに、出発の日だった。
◇
指令室へ入ると、中央の作戦卓に立体地図が表示されていた。
西側には森林、東側には乾燥した荒野。
その境界に築かれた、六角形の巨大要塞だった。
外壁の一部は崩れ、内部には赤い光点が無数に浮かんでいる。
《第四要塞》
《内部生体反応:四百八十二》
《推定誤差:±百二十》
「多くないですか?」
「少ないほうだ」
作戦卓の向こうに立つシアーダが答えた。
これでも少ないらしい。
第四要塞は、原生生物の群れによって放棄された拠点だ。
地下水源と周辺一帯の監視設備を備え、北部戦線への補給路を押さえている。
地図上に、青い車列が表示された。
「第一段階では、要塞の西側へ忌避信号照射車両を展開する。周辺一帯へ、原生生物が嫌う神経波を照射し、移動可能な個体を東側から外へ追い出す」
要塞の周囲に青い波が広がる。
内部にあった赤い光点の大半が、一方向へ押し出されていった。
「逃げた個体は追わない。今回の目的は第四要塞の奪還だ。必要のない戦闘は避ける」
実に合理的だった。
「ただし、すべてが出ていくわけではない」
要塞内部に、いくつかの赤い光点が残る。
「植物型、固着型、産卵床、忌避信号への耐性を持つ個体。要塞内部へ進入後、これらを排除する」
映像が切り替わる。
壁や床へ根を張った植物型の原生生物。
通路を塞ぐ巨大な卵の塊。
複数の脚で天井に張りつく、甲殻類に似た生物。
そして、黒曜石でできた身体を持つ戦士のような生物。
できれば、実物とは会いたくない。
「今回は通常の忌避信号に加え、お前の能力も使う」
「出ていってくれって頼むんですか?」
「従わなければ、恐怖を与えろ」
頼むというより、立ち退き交渉だった。
相手は怪物だが。
「偵察にも利用する。精神反応を探り、壁や隔壁の向こうにいる個体を発見しろ」
「俺、索敵装置にもなるんですね」
「現在のお前は、索敵装置で検知できない個体を見つけうる」
「人間として褒められてる気がしない」
「戦場では有用であることが最大の賛辞だ」
シアーダは真顔だった。
作戦卓へ、要塞内部の見取り図が表示される。
侵入経路。
制圧する区画。
閉鎖する隔壁。
再起動させる電力設備。
「質問は?」
「今のところは」
「詳細は移動中に確認しろ」
説明が終わったところで、シアーダが別の端末へ目を向けた。
「その前に、お前宛ての通信が入っている」
「俺に?」
「アマラ・ヴェイルからだ」
意外な名前だった。
企業連合とは、友好関係にある一方で軍事衝突も起きる。
直接回線は使えず、今回は緊急交渉用の専用回線を経由したらしい
今回使用するのは、緊急時の交渉用に設けられた専用回線らしい。
シアーダが回線を開く。
作戦卓の上に、小型のホログラムが映し出された。
『エイユ。グラディエンでの調査は終わった?』
アマラだった。
相変わらず、一着いくらするのか想像もつかない服を着ている。
「ああ。ちょうど訓練も全部終わったところだ」
『訓練?』
画面の中で、アマラの笑顔が止まった。
『何の訓練?』
「CIPだ」
隣にいたシアーダが答えた。
「神経系の増幅、肉体の再構成、主観時間を利用した戦闘教練を実施した」
『…………』
アマラは何も言わなかった。
笑顔は残っている。
だが、目がまったく笑っていなかった。
「数値だけ見れば、かなり強くなった」
『問題は中身よ』
アマラは、映像越しに俺の顔をじっと見た。
『記憶の欠損は?』
「ない」
『性格の変化』
「自分では分からない」
『前に私へ言ったこと、覚えている?』
「どれのことだ?」
『私を強欲だと言った』
「言ったな」
『なら、記憶は正常ね』
「確認方法が怖い」
『もう一つ。私を見て、何か思う?』
「今日も高そうな服だなと」
『……そう』
アマラは、わずかに口元を緩めた。
『人格も、おおむね正常ね』
「そんな診断方法でいいのか?」
『あなたが私の服を褒め始めたら、後遺症を疑うところだったわ』
「ひどくない?」
『次からは、私を通しなさい』
「何を?」
『死にかける前に』
一瞬、返す言葉が出なかった。
アマラはすぐにシアーダへ視線を向けた。
『それと大佐。私が目をつけた品を、勝手に軍用品へ改造しないでもらえる?』
「彼は商品ではない」
『兵器として扱った人間にだけは言われたくないわね』
「本人の同意は得ている」
『彼は企業連合が保護している重要資産よ。それに、自分の価値も分かっていない本人から許可を取って、私の許可を取らないなんて、順番が逆でしょう?』
「もしかして、心配してる?」
『私が誰だと思っているの?』
アマラは腕を組んだ。
『高価な希少品を預けたら、勝手に改造されて戻ってきた。私が怒るのは当然でしょう』
「これから第四要塞の奪還作戦に参加する」
そう伝えると、アマラは少しだけ黙った。
てっきり、また止められると思った。
『そう』
「止めないのか?」
『止めて、あなたが聞くの?』
「……たぶん、聞かない」
『なら、時間の無駄ね』
アマラは小さく息を吐いた。
『生きて帰ってきなさい』
いつものような損得の説明はなかった。
俺が返事をするより先に、アマラは続ける。
『あなた宛てに手紙が届いているわ』
「手紙?」
『神々の僕から。差出人はミリア』
胸がわずかに跳ねた。
「ミリアから?」
『ええ。間違いなく本人から。検閲済み。追跡用の信号もないわ』
シアーダが脇の保管端末を開き、一通の封筒を取り出した。
すでにグラディエン側へ輸送されていたらしい。
「預かっている」
『本当は私が直接渡すつもりだったけれど、しばらく戻れないのでしょう?』
「ああ。今から出発する」
『なら、読んでおきなさい』
アマラは少しだけ目を細めた。
『以上よ。回線使用料はそちらへ請求しておいて』
「すでに処理した」
その言葉を最後に、ホログラムが消えた。
指令室が静かになる。
「アマラから、心配されてるのか怒られてるのか分からなかった」
「両方だろう」
「そういうものですか」
「知らん」
シアーダは興味を失ったように、作戦卓へ視線を戻した。
その直後だった。
別の端末から、鋭い警告音が鳴った。
《緊急通信》
《北部監視隊》
シアーダが即座に回線を開く。
『北東監視線より報告! 大型原生生物を確認!』
「識別結果は」
『照合中……個体識別――ウル=ラグナ』
その名が告げられた瞬間、室内の空気が変わった。
隣から、焼けつくような憎悪が流れ込んできた。
俺の能力が、シアーダの感情を拾っている。
これまで、どんな状況でも冷静さを崩さなかった女。
その内側に、これほど激しい感情があるとは思わなかった。
「シアーダ?」
彼女は映像を睨んでいた。
「あり得ない」
低い声だった。
「あれは百年前に、私が倒したはずだ」
「百年前……?」
問い返した瞬間、シアーダがこちらを向いた。
先ほどまでの感情は、すでに表面から消えている。
「今は第四要塞の奪還が先だ」
「でも、あれは――」
「作戦に変更はない」
シアーダは端末を操作し、集合地点を表示した。
「南部第三搬出ゲートへ向かえ。ほかの隊員と合流しろ」
「シアーダは?」
「確認すべきことがある」
声は、いつもの冷静な大佐に戻っていた。
だが、俺には分かった。
その奥には、まだ先ほどの憎悪が残っている。
「了解」
気にはなった。
だが、今は命令に従うしかない。
俺はミリアからの手紙を受け取り、指令室を出た。
◇
南部第三搬出ゲートへ到着すると、そこにはシアーダがいた。
一瞬、先回りされたのかと思った。
だが、違う。
同じ顔。
同じ声。
同じ軍服。
それでも、先ほど指令室にいた個体ではない。
あの煮えたぎるような憎悪が、このシアーダからは感じられなかった。
「来たな」
「はい」
「輸送車へ乗れ。まもなく出発する」
説明はそれだけだった。
グラディエンでは、シアーダが増えることに驚いてはいけない。
俺は、停車していたホバー式輸送車両へ向かった。
装甲で覆われた荷台へ乗り込む。
中には、完全武装した兵士が数名座っていた。
全員が一度こちらを見たが、軽く顎を動かしただけで、すぐに装備の確認へ戻った。
空いていた座席へ座る。
扉が閉じ、車体がわずかに浮かび上がった。
低い駆動音とともに、輸送車が動き出す。
俺は懐から、先ほど受け取った封筒を取り出した。
白い紙。
表には、丁寧な字で俺の名前が書かれている。
封を切る。
中に入っていた便箋は、一枚だけだった。
『エイユへ。
あなたが生きていると知れて、安心しました。
約束を忘れたとは思っていません。
ですから、どうか今は戻ってこないでください。
あなたが戻れば、今度こそ私は、あなたを逃がすことができません。
私は無事です。
ここで、私にできることを続けています。
いつか本当に、自分で行き先を選べる日が来たら、そのときは私から会いに行きます。
蜂蜜菓子のお店は、まだなくなっていません。
だから、どうかあなたも生きていてください。
ミリア』
無事だと書いてある。
だが、本当に自由な状態で書いたのかは分からない。
戻ってくるな。
戻れば、今度は逃がせない。
それは警告だった。
同時にいつかまた会える可能性を残しているようにも思えた。
「恋人からか?」
隣に座っていた兵士が、手紙を覗き込んでいた。
「違います」
「そうか」
兵士は少し考えたあと、深刻そうな顔になった。
「なら、もっと悪いな」
「何が?」
「女から手紙をもらって、戦場へ向かうところだろ」
「そうですけど」
「しかも、『どうか生きていてください』」
兵士が便箋を指さす。
「死亡フラグってやつだ」
「おい、新兵を脅かしてやるな」
「いや、これはかなり強いぞ。女からの手紙、戦場、生きて帰ってきて。三つ揃ってる」
向かいの兵士が急に身を乗り出した。
「お前、今すぐ言え。『俺、この戦争が終わっても特に予定ないんだ』」
「なんでですか」
「いいから。三回」
「馬鹿馬鹿しい」
奥にいた兵士が鼻で笑った。
「そんなもので人が死ぬなら軍隊なんかやってられるか」
「お前は信じない派か」
「当たり前だ。今回の作戦なんて簡単な掃討任務だろ。敵もほとんど残ってない。昼には終わる」
車内が静まり返った。
「……何だよ」
「お前」
「なんだ」
「今の、かなり強いぞ」
「何が?」
「『簡単な任務』『敵は残ってない』『すぐ終わる』」
「三連だな」
「綺麗に入った」
「お前らな……」
迷信を笑っていた兵士が、少しだけ不安そうになった。
「……取り消したほうがいい?」
「遅い」
「おい」
車内に笑い声が広がった。
手元の便箋へ、もう一度目を落とす。
蜂蜜菓子の店は、まだなくなっていない。
なら、ミリアもまだ諦めていない。
少なくとも俺は、そう受け取ることにした。
輸送車は速度を上げ、第四要塞へ向かって荒野を走り出した。




